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幕間 ~スターライン航法~

 時は少し遡り、デュークらが超空間航路にて、緊張感が皆無な航海(withゴルフ大会)を続けていた時の事です。


 艦内モニタのひとつで――


「ドクトルとニャンコの、“メチャンコ不思議”な、科学のおはなし!」


 たいそう丸っこい文字が浮かび上がり、


 ♪ふしぎ ふしぎ うちゅうはふしぎ

 ♪きいてびっくり みてびっくり

 ♪わからなくても だいじょうぶ

 ♪さいごは なんとか なるでしょう


 などと言う、必要以上に楽しげな歌と音楽が鳴り響きました。


 そして――

 

「やぁみんな、ねこです」


 画面の真ん中で、一匹のネコが、こちらを見つめてきます。


「ボク、よくわからないことがあるんだにゃ。

 たくさん、たくさんわからないことがあるんだにゃ」


 ネコは、実に素朴な表情で、首を傾げました。


 すると――


「ウハハハハハッハ!」


 ……どこからともなく黒い影が現れました。


 白衣を纏い、眼鏡をかけた初老の男性が、高らかな笑みを浮かべています。


「ワシに何でも聞くがいい!」


「わーい、狂気の科学者——ドクトルだにゃ!

 科学に魂を売ったマッドサイエンティストだにゃ!」


「ふっ、魂どころか、霊体やら思念体やらまで担保に入れておるわっ!」


「たんぽって湯たんぽ? さっぱり意味が分からないけど、すごいにゃ!」


 ネコが歓声をあげると、ドクトルは「キャハハハハ! もっと褒めてよいぞ! もっと褒めるが良い!」などと呵々大笑しつつ、眼鏡をくい、と持ち上げました。実にマッド様子が板についている人物です。


「よろしい、ネコよ。では本日の授業を始めるぞい」


「やったにゃ!」


「それで、きょうは何がわからんのだ?」


 ネコは、ぴんと尻尾を立てました。


「フネって、どうやって動いてるにゃ?」


「ふむ! じつによい質問だ、ネコよ!」


 ドクトルが杖をひと振りすると、画面のなかに、白い装甲を持った可愛らしい宇宙船のデフォルメが、ぽん、と浮かび上がりました。ついでに、なぜか背景には星やら原子模型やら謎の数式やらが、きらきらと舞い始めます。たぶん雰囲気作りなのでしょう。


「まず、いちばん簡単なのは通常航法だな。

 後ろに噴いて、前に進む!」


「凄いシンプルだにゃ!」


 すると、どしゅうううっ! と、宇宙船の後ろから勢いよく噴流が吹き出しました。


「これはなんとなくわかるにゃ!

 おならをして、前にとぶにゃ!」


「おならとは良い例えだ、ネコよ!

 そう、宇宙空間で、尻から屁をした分だけ進む。実に健全、実に爽快!」


 そう言ったドクトルは、バフンとおならをするのです。


「臭いニャ、ドクトル!」


「すまんすまん、しかし――ちなみに、おならを我慢するとカラダに悪いのは科学的に実証されておる」


「テレビの前のみんなも、気を付けるにゃ!」


 なんとも締まらない話ですが、番組は続きます。


 そしてドクトルは、ふっと眼鏡を光らせました。


「だがな、ネコよ。ただ屁をこくだけでは、宇宙はあまりに広い」


「たしかににゃ! 目的地につく前に、おなかがへるにゃ!」


「うむ。そこで登場するのが――スターライン航法だ!」


 ばばーん! と、必要以上に派手な効果音が鳴り響き、画面いっぱいに細い光の筋が何本も走りました。それはまるで、星と星のあいだにだけ見える、見えない光の川のようでした。


「きれいだにゃ~」


「これはな、星と星のあいだにある“通りやすい道”なのだ。

 普通のフネは、自分の力だけでえっちらおっちら進む。

 だが、スターライン航法を使うフネは少し違う」


 そう言うと、先ほどの白い宇宙船の胸のあたりが、どくん、どくん、と光り始めました。艦尾には青白い噴流が集まり、ただの炎とは違う、妙にお行儀のよい輝きを見せています。


「縮退炉心の位相、Qプラズマの揃い具合、そしてスターラインの機嫌――この三つがぴたりとかみ合うと、押した力は、ただ前へ進むだけの力ではなくなるっ!」


「おならが変身するにゃ?」


「まぁ、乱暴だが、間違ってはおらん。

 星と星の間の力によって——

 量子力学(すげぇ不思議)的な、おならになるのだからな」


「すごいにゃ!」


 ネコが素直に感心しているあいだに、宇宙船が噴いた力は、ただ後ろへ逃げるのではなく、光の筋へ、すうっと流れ込んでいきました。


「見よ! 押した力が、“遠くへ届く力”へと再配分された!

 これがスターライン航法だ!」


 次の瞬間、宇宙船はびゅんと飛んだのではなく、するりと位置を変えました。まるで、無理やり宇宙をねじ伏せたのではなく、もともとそこへ行くことを、宇宙のほうが許していたかのように。


「わああっ! なんか、ものすごく進んだにゃ!」


「そうだ」


「もしかして、ずるしてるのかにゃ?」


「ずるくはない。数学的詐術の極み、とどのつまりは科学の勝利である。

 詳しくはこれを見よ!」


 ドクトルは何かの論文の束を突きつけました。

 

 ※Xへのリンク:https://x.com/IrondukeJp/status/2043247676247167390


「す、すごい複雑だにゃ~!?」


 そこにはなにやら、複雑怪奇な数式が躍り、量子力学やら時空への詐術と言ったものすごい言葉が走っていて、物凄い超科学を前提としたことトンデモ理論な事は分かるのですが、ネコにはさっぱりわかりませんし、これを書いた張本人も、多分よくわかっているのかどうか、実に怪しい代物——


「ふはは、科学を褒めよ、讃えろ、膝まずけぇっ!」


 ですが、狂気に満ちたドクトルは自信満々に胸を張るのです。だから、ネコは「なるほどにゃ、良くわからないけど、すごいことだけは、わかったにゃ~」と、たいへん子ども向け番組らしい理解の仕方をするほかありません。


 ドクトルは満足げにうなずき、さらに杖を持ち上げました。


「では最後に、超空間航法についてだが――

 ふん、こいつは、上代人の考えることだからな。大よそ――」


 そこで、こんこん、と、画面の外から妙に固い音がしました。


 ドクトルがぴたりと止まります。


「……おや、こんな時間に誰か来たようだな」


 次の瞬間、画面の端から、無表情な軍服の人物たちが、ぬっ、と現れました。


「グラヴィティ博士」


「なんだね君たちは。見ての通り、教育の最中だぞ。収録中だぞ」


「関係ありません、その先は軍事機密です」


「ええと、子ども向け番組なのだが?」


「なおさらです」


「えええ……比喩表現でいくのはだめか?」


「だめです」


「じゃぁ、擬音なら?」


「だめです」


「あれだ、後でピー音いれるとかでは?」


「だめです」


「融通が利かんなぁ!」


 そう言う間にも、軍服の人物たちは、ドクトルの両脇をがっしり固められ――


「来週は、超古代文明が残した軍事要塞マザ(ピ―――――――――)」


 何やら危ないことを言おうとしたため、音声をかぶせられたまま、ドクトルはズルズルと画面の外へしょっ引かれていったのです。


 そして、画面の中には、取り残されたネコだけがぽつんと座り、ぱちくりと二、三度まばたきをすると、こちらを見て、実に真面目な顔で言いました。


「ええと……つまり、ふつうのフネは、屁をこいて進むにゃ。

 スターラインのフネは、ズルして進むにゃ。

 超空間のフネは(ピ―――――――――)」


 ザッ! としたノイズがテレビ画面を一瞬覆ってから――


 ♪ふしぎ ふしぎ うちゅうはふしぎ

 ♪しればしるほど わからない

 ♪きいてびっくり みてびっくり

 ♪だけど だいたいなんとか なるでしょう


 妙に明るい締めの音楽とともに、番組のメインテーマがリフレインして、ビン! とした効果音が鳴ると「提供:共生宇宙軍の広報部」というテロップが映し出されたのです。


 そうして番組が終わり、艦内モニタの光が少しだけ暗くなると、しばし妙な沈黙が流れました。


 最初に口を開いたのは、デュークでした。


「ねぇ、あのネコってニャルだよね? というか、あれ、ドクトル・グラヴィティじゃないか」


 食堂の隅で、何食わぬ顔をして毛づくろいしていた当のニャルが、ぴたりと動きを止めます。


「(しらないにゃ)」


「いや、今の声も顔も仕草も、どう見てもそうだったよ?」


「(たぶん、よく似たべつネコにゃ)」


「そ、そうなんだね……」


 特に詮索しても意味がないので、デュークは「まぁいいか」と思うことにしました。その方が精神衛生上たいへんよろしいでしょう。


「ほっほほほ、わらわも出演したいのじゃ」


 と、キョウカが感心したように言いました。


「広報……これも何かのプロパガンダ……なのか……?」


 ゴローロがぶっとい首を大きく傾げながら、言いました。


「(ねむいにゃ)」


 ニャルはそう言うと、くるりと背を向け、いかにも会話は終わったと言わんばかりに、食堂の隅の土鍋へ向かって歩いていったのです。

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