79:【閑話】ヴィオラの気持ち3
けれどプリムローズから感じた第一印象は、「生命力」でした。
たくましさと言ってもいいでしょう。
彼女は生きようとする意志に満ちている。
そういう子供は嫌いじゃありません。
(おや。シルヴァはまた子供を拾ったのですね。彼のお人好しにも困ったものです)
私は彼女をそう品定めしたのですが、シルヴァは違うと言います。
それからは驚きの連続でした。
かつての私が何度言っても治らなかった、シルヴァの散らかし癖が治っている。
まだ幼いプリムローズが、とても美味しい料理を作る。
極めつけはドラゴンの話です。
最初は冗談としか思えませんでした。
ところが岩山へ行ってみると、本当に氷漬けのドラゴンの死体があるではありませんか!
なるべく平静を装ったものの、内心は天地がひっくり返ったのと同じくらい驚いていました。
さらにプリムローズは、この肉を使って商売がしたいと言い出しました。
それも貴族や金持ちに対しての商売ではなく、このドラゴンの肉を――幻と言っていいくらいの貴重な肉を! 貧しい農民に配ると言うのです。
『与えられた金貨は、使ってしまえばそれで終わり』。
私はあの格言を思い出しました。
ドラゴン肉という破格の金貨をもらっても、どうせ農民たちは食い潰して終わるでしょう。
……そう思っていたのに。
プリムローズはじゃがいもを作ると言い始めました。
何でも彼女には前世の記憶があり(これも驚きでしたが、ドラゴンのおかげで驚きが飽和していたので意外にすんなり信じられました)、その前世ではじゃがいもは優良作物だったというのです。
当面の飢えをドラゴン肉でしのぎ、温存した体力でじゃがいも作りに励む。
彼女は金貨をただ与えるのではなく、農民たちの血肉にしようと考えていました。
もしも彼女の考えが実現すれば、飢える農民はいなくなるかもしれない。
子を捨てる親はいなくなるかもしれない……。
そう考えてもなお、私は言いました。
ドラゴン肉という特別な商材を農民に売るのはあまりに惜しい、と。
プリムローズは答えます。
「じゃあ、こうしない? 貴族と平民、どちらにも売るの」
私は虚を突かれました。
彼女は理想だけでなく、地に足がついた現実もきちんと見ていました。
まだまだ甘いところもあるけれど、私は次第にプリムローズの理想に惹かれていきました。
それに、何よりも。
彼女は親を許せない幼稚な私を、そのままでいいと言ってくれた。
前世の立場から、許してもらえないのも分かると。
プリムローズの子供たちは、彼女を恨んでいないでしょう。
ただ別れを悲しみ悼んでいるだけのはずです。
苦労が降り掛かったとしても、恨むとは思えない。プリムローズを見ていれば分かることです。
そしてふと思い出したのです。
両親が私を森に捨てた時、最後に強く抱きしめてくれたことを。
両親は言いました。
『……ごめんね、ヴィオラ。謝っても許されないのは分かってる』
『俺たちは死ねば地獄行きだ。お前はどうか、せめて、天国で安らかにしていてくれ』
父も母も悲しみと罪悪感に満ちていました。
彼らとて子供を捨てたくなかった。
でもそうしなければ、彼ら自身と村が助からない。
……父と母の別れ際の姿など、長らく忘れていたのに。
プリムローズはこの環境そのものを変えると言っている。
金貨をただ与えるのではなく、彼ら自身が自分の力で歩いてくための糧にすると。
――私の心は決まりました。
かつて誰にも助けられなかった幼い頃の私を、私のような子供たちを、大人になった私が助けるのです。
そうすれば寒さに凍えていたかつての私の救済になるでしょう。
遠いあの日に座り込んでいた小さな私が、本当の意味で立ち上がることができる……。
(プリムローズは本当に心優しく、賢い人です。けれど気がついていない部分もある)
農民たちの環境を変えるということは、貴族の政治に手を突っ込むということです。
上手に立ち回らなければ彼らのプライドを刺激して、罰せられかねません。
ただでさえプリムローズとシルヴァには秘密がある。
彼らの安全を確保しながら、この理想を叶えなければならない。
(であれば私の役目は、彼らの手が行き届かない場所のサポートをすることですね)
幸い私は領主の奥方をはじめとした貴族との伝手があり、行商人としての人脈があります。冒険者ギルドにも顔が利く。
私の力を全力で使って、プリムローズの支援をしたい。
そう決意しました。
――人間をおそろかにしては、商売は成り立たんよ。
ふと、パルムの言葉が胸に蘇ります。
今回手掛ける商売は、たくさんの人を巻き込むもの。
ただ物を売るだけだった今までとは違います。
パルムの……師匠の言う通り、人との縁を大事にしながら進めなければなりません。
私は今になって、彼の言葉を実感していました。
◇
ご領主様と当面の話をつけて、ラウルを仲間に迎えました。
ここまでは成功です。
ここから先はプリムローズの出番。
前世とやらで培った農業の知識を、シルヴァを隠れみのにして振るう予定です。
もしもじゃがいもが本当にたくさん採れるようになったら。
次の冬からはもう、飢えに怯える必要はなくなる。
生まれた子らは親元で育って、人並みの幸せを手に入れる。
そうなれば、どんなにか……嬉しいことでしょう。
厄介事も心配事も多いけれど、私も力を尽くしましょう。
かつて森で一人震えていた昔の私が、ようやく立ち上がれそうな気がしました。
願わくばこの理想が、商いが、多くの人にとっての未来につながりますように。
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番外編はもう1つだけ投稿して第二部完了です。




