78:【閑話】ヴィオラの気持ち2
そんな内心は口に出さず、私は今後の意気込みを語ってみせました。
「行商人として、必ず大成してみせます。実は前から考えていた商売があるんです」
「ほう、何だ?」
「化粧品です。パルムが言うには、都会の女性たちは美容に熱心なのだとか。シルヴァが教えてくれた薬草の中には、肌にいいものもありますよね?」
シルヴァは頷きました。
「ああ、ヤケドの保養や怪我の傷口の保護にいいものはいくつかある。手荒れのアカギレ対策もな」
「それらを配合すれば、別にヤケドや傷がない肌も健やかに保てると思うんです。試作品は上手にできました」
「え、いつの間に」
私が容器に入れたクリームを出してみせると、シルヴァは驚いていました。
「私の肌が最近、調子がいいと思いませんでした?」
「いや、まったく分からん」
長生きしているくせに女心の分からない人です。
まあ、この時の私は十四歳だったので、何もせずとも若々しい肌でしたが。
「パルムさんと一緒にここを出る日まで、薬草のことをもっと教えてください。都会の女性、特にお金持ちの貴族に気に入られれば大儲け間違いなしですから」
「お、おう」
私がぐっと体を乗り出すと、彼はその分だけ後ずさりました。失礼な人です。
この頃の私は背がぐんと伸びて、シルヴァを追い越していました。
昔はずっと上に見上げていた人が、今は同じ位置の目線になっている。不思議なものだと思ったのを覚えています。
シルヴァは咳払いして、もっともらしく言いました。
「ま、まあ、それだけの意気込みがあれば上手くいくだろう。次にパルムが来るのは春になってからだ。旅をするにはいい季節だよ」
シルヴァもかつて、ご両親と一緒に広く旅をしたのだそうです。
遠い王都の話もしてくれました。
ハーフエルフの出自のおかげで、かなり差別を受けたようですが、その辺りの話は詳しくしてくれませんでした。
こうして私の旅立ちは決まり、最後の冬を薬草の再勉強に費やしたのでした。
◇
そうして春がやってきて、私はパルムとともに森を旅立ちました。
五歳でシルヴァに拾われてからちょうど十年。私が人生のほとんどを過ごした場所です。
名残り惜しくないと言えば嘘だったけれど、私はそれ以上にお金儲けの意欲を燃やしていました。
「パルムさん。私は女性向けの化粧品を扱おうと思うんです。シルヴァから薬草について学んだので」
「ほう、化粧品か。単価が高い割にかさばらないし、いいんじゃないか」
ただし、と彼は言いました。
「まずは商売の基礎を学ぶんだ。どんな商売も人と人との付き合いだからな。仕入元、販売先、その他の関わる人々。人間をおそろかにしては、商売は成り立たんよ」
この時の私は、彼の言い分をよく理解できていませんでした。
良い品を欲しがる人に持っていけば、それでいいと考えていたのです。
パルムに連れられ、私はあちこちを旅しました。
彼は個人の行商人としてはかなり手広く商いを行っており、北の領地だけでなく少し南の方まで足を伸ばしました。
南の土地は雪が少なく春の訪れが早く、畑の作物も違う。
場所が違うだけでこんなにも違うのかと、驚いたものです。
それだけに北の土地の貧しさが際立ちました。
特に森に近い農村は、生きるか死ぬかの瀬戸際の人が多い。
実際、私も死にかけた一人です。
パルムは行商人として成功していた人ですが、冬が近くなると必ず森の農村へ商いに行きました。
大した儲けも出ないのに、格安で食料や生活必需品を売り歩くのです。
私はそれが不満でした。
「パルムさん、どうして毎年ここへ来るんです? シルヴァの様子を見に行くのはいいですが、農村の商売は赤字でしょう」
「ここは俺の故郷だからな。見捨てたら後味が悪いだろ」
「でもあの人たち、大して感謝はしていませんよ。当たり前という顔で」
「『与えられた金貨は使ってしまえば終わり』、か」
パルムは苦笑しました。
彼の言った格言は、ただの施しは相手の力にならないという意味です。
私もそう思います。与えられただけのものは、その価値さえ理解されない。だからろくに感謝しないし、有用に使われることもない。
「だが俺は人に与える程度の余裕がある。それでわずかなりとも助かる人がいるなら、そうしようと思っただけさ」
「……パルムさんは親に捨てられていないから、そう言えるんです」
言いながら私は少し後悔しました。
パルムは自分自身の力で今の地位を築いた人です。そして私は彼の弟子という立場で恩恵にあずかっているのに。
けれど彼は笑って言いました。
「ま、そうだな。俺は親も、ここの村人のことも恨んでいない。お前とは違う。だからお前に同じようにやれとは言わんよ」
「…………」
そうではないと分かっていても、いつまでも残る親への恨みを責められたようで、忸怩たる思いになったものです。
◇
それから三年ほどかけてパルムに学び、十八歳になった私は独立をしました。
彼は自分の人脈をたくさん紹介してくれて、おかげで独り立ちしたばかりの私の商売は順調でした。
最初は裕福な商家や下級の貴族夫人から伝手を作り、目標だった化粧品の販売を始めます。
やがてご領主様の奥方にも気に入られて、化粧品の商売は安定した利益を上げました。
(これだけのお金があれば、私とシルヴァが飢えることはない。でももっと稼ごう。お金持ちになろう)
思えばこの頃の私は、お金ばかりに目を奪われて、他のことが見えていなかったのかもしれません。
お金を稼いでどうするのか、それを考えたことがありませんでした。
そしてある年、いつものようにシルヴァの小屋を訪れた時のことです。
小屋の前に見知らぬ少女がいました。
長く伸ばした銀髪がきらきらと輝くようで、紫色の瞳は神秘的。着飾っていればお人形のように美しい子に見えたことでしょう。
でも、その子から受けた印象は人形とは程遠いものでした。




