77:【閑話】ヴィオラの気持ち1
初めてプリムローズと出会ったのは、シルヴァの小屋の前でした。
見た目はとても美しい少女なのに、美しさよりも活発さが印象に残ったものです。
私はてっきり、シルヴァがまたお節介を発揮して子供を拾ったのだと思っていました。
彼は口こそ悪いけれど、かなりのお人好しです。
十七年前、森で死にかけていた五歳の私を引き取った時もそうでした。
あの時のことは今でもよく覚えています。
冬の森は寒くて、誰もいなくて、お腹がぐうぐう鳴って。
木の根元にうずくまっていたら、凍えるような冷気が体を包んでいきました。
幼いながらに命が奪われていると感じたものです。
たった一人、寒さと寂しさと空腹で泣くことすらできなかった私を、彼は見つけてくれた。
「なんだ、お前は。ここはお前みたいなチビがいる場所じゃない。さっさと家に帰れ」
不機嫌そうに言っていたっけ。
「おうちには、かえれない。かえってくるなって言われた」
私がそう答えたら、シルヴァはますます嫌そうな顔をしました。
「あー、今年は飢饉だったからな……。チッ、仕方ない。とりあえず僕の家に来い」
そうしてあの小屋での生活が始まったのです。
森での生活は案外楽しくて、私はすぐに馴染みました。
畑は小さいけれどよく手入れされていて、きちんと実る。
「ふしぎね。村の畑より、いいさくもつがとれるよ」
「そりゃあそうだろ。ここの土は定期的に森の腐葉土を入れている。栄養たっぷりだからな」
シルヴァは長生きしているだけあって、森の様々なことに詳しい人でした。
私は彼に連れられて森を歩き、薬草の種類と効能を教えてもらいました。
それが今の化粧品の商売に繋がっているものですから、彼には感謝するばかりです。
◇
森での生活が何年も続いたある時、森の小屋に一人の男性が訪れました。
私よりも十五歳ほど年上の人物で、パルムと名乗りました。
パルムは行商人で、数カ月に一度小屋を訪れては、必要な物資と薬草を交換していたのです。今の私と同じ立ち位置ですね。
「ようシルヴァ、今回も来てやったぞ」
「ふん。小僧っ子が偉くなったもんだ」
「おいおい、小僧はもうよしてくれ。俺は二十五を過ぎたのに」
苦笑するパルムに、シルヴァは鼻を鳴らしました。
「僕から見ればいつまでも小僧だ。森で迷子になって、仕方なく小屋に泊めてやったらおねしょしたこと。まだ覚えているからな」
「いや、もう忘れてくれよ。いつの話だよ、それ」
パルムは近くの村の出身。
わんぱくな子供時代、森へ探検に出かけたら迷ってしまったのだそうです。で、シルヴァが助けた。
この当時、既にシルヴァは四十代でした。
二十五歳のパルムとは二十歳も年が離れています。年齢差だけ見たら親子ですね。
「やあヴィオラ、しばらく見ないうちにまた背が伸びたな。ほら、お土産をやろう。領都で流行っている髪飾りだよ」
「ありがとう、パルムさん」
この時もらったお土産は、木彫りの花のついた髪飾りでした。
森には本物の花がたくさん咲いています。
どうして木彫りで偽物の花を作るのか、私は不思議でした。
私の疑問を聞いたパルムは、いかにも面白そうに笑いました。
「いい発想だ、ヴィオラ。領都は大きな町だから、森のように花は咲いていない。生花は日持ちがしないから、むしろ高級品になる。そんなわけで安い木切れで花を作って楽しむんだよ」
「へえ?」
「ある場所でありふれたものが、別の場所では価値があったりする。俺のような行商人は価値が低いものを安く買って、高く売れる場所まで持っていく。その差額で利益を出すのさ」
パルムの話はシルヴァとは違った方向で面白く、彼が小屋を訪れた際は、いつも話をねだったものでした。
◇
「ヴィオラ。お前、そろそろここを出ていけ」
私が十五歳になる年の初め、シルヴァは言いました。
「え。どうして?」
私は少々のショックを受けたけれど、同時にどこか納得もしていました。
「お前も今年で十五だろう。いつまでも人里離れた森にいてどうする。さっさと自立して、何なら恋人の一人でも見つけるといい」
言いながら、シルヴァはこちらを見ようとしません。
「パルムに話をつけておいた。あいつに弟子入りして、行商人になるのが手っ取り早い。……もちろん商人じゃなくてもいい。女一人で身を立てるのは大変だろうが、お前は若い。頭もいい。きっと何でもできる」
「そうですね。今までお世話になりました」
私が言うと、彼はびっくりしたように私を見ました。
「何か?」
「いや、あっさりしすぎだろ。僕はこの話をどう切り出すか、何日も悩んだんだぞ」
「知っています」
「えっ」
「パルムさんと話していたのも聞きました。商人、いいじゃないですか。領都や他の場所をいっぱい旅して、大儲けするんです」
「ええっ」
シルヴァがパルムに私の身柄を預けようとしていたのは、もう一年以上も前からです。
私もいつまでもここにいられないのは分かっていました。
商人。お金儲け。いい響きです。
お金さえあれば、もう飢えることはないでしょう。
五歳だった私が捨てられたのは、貧しいからでした。
食べるものを買うだけのお金があれば、あんなことにはならなかった。
であれば、私はお金を稼ぐ。
たくさんお金を稼いで、二度とひもじい思いをしないで済むようにする。
稼いだお金は、シルヴァとパルムには分け与えましょう。
でも他の人は駄目です。
特に私を捨てた親は、絶対に許さない。
彼らはお金を稼ぐ努力もせず、血の繋がった我が子を森に捨てた。
助けてくれたのは、他人だったはずのシルヴァでした。
だから絶対に許さないし、許せない。
この気持ちはきっと、未来永劫変わらない。
この時の私は、確かにそう思っていました。




