76:春に向けて
「肉を配りますね。今回も野菜やミルクが対価です」
ヴィオラが言ってロバそりから荷を下ろした。
村人たちは恐縮しながら受け取っている。
見渡せば他の村と同じように、前回よりも全体的に顔色が良くなっている。
「このお肉、鍋で煮溶かしたり焼いたりするだけで食べられて、助かっています」
年配の女性が言った。
「冬は薪も少なく、火の無駄遣いはできませんから。囲炉裏にかけてある鍋で料理ができて、便利ですねえ」
「それはよかった。複雑な料理は大変ですからね。そういうのはお貴族様に任せて、皆さんには手軽でお腹いっぱいになってほしくて」
冗談めかして言えば、村人たちはやっと笑ってくれた。
「冬の季節に腹が膨れるなど、今までない幸せでした。今年は全員無事に乗り切れそうです」
村長が頭を下げる。
「このご恩は、おっしゃるとおり働いて返します。どうぞ何でも命令してください」
「命令というか……私たちも頑張るので、一緒に働きましょう」
上から目線で命令するつもりはない。
けれど役人にこき使われ慣れている村人たちはピンとこないようで、首を傾げていた。
まあ、少しずつ分かってもらえればいいか。
こうして最後の村の商売もきちんと終わり、私たちは引き上げた。
◇
丘の中腹に掘った倉庫は、またもや空っぽになっている。
冬はもう後半だけど、ドラゴン肉の配布はあと二ヶ月程度は必要だろう。
二ヶ月経てば森で山菜が採れるようになる。それ以降は徐々に早生の作物も収穫できる。
支援はするが、あまり手厚すぎると農民たちの自立の力を奪ってしまうかもしれない。
塩梅が難しいところだ。
「それじゃあ私は次の料理の補充を……」
言いかけて気づいた。
今回からはラウルがいる。
今までのように気兼ねなく霊珠の力は使えない。
「あー、えーと、ラウルはどこに住んでもらおうか?」
シルヴァの小屋に連れていくのはできない。あそこは魔族の技術の資料がたくさんある。
ラウルは軽く腕を組んだ。
「領都まで戻るのは時間がかかりすぎるからね。この近くに滞在できるといいのだが。プリムローズたちの家にお邪魔するのは、難しそうかい?」
「ええ。あそこは狭くて、全員が寝泊まりするのは無理ね」
それ以上に色々表に出せないものが転がっているし、と心の中で付け加えた。
「それなら、この倉庫で暮らそうかな」
ラウルは空っぽの倉庫を覗き込んでいる。
彼は貴族で魔法が使えるから、温熱の魔法があれば凍えることはないだろう。
でも、それはそれで困る。
なぜならここは、霊珠の『飛行』でドラゴン料理を運び込むからだ。
翼を広げて飛んでくるところを見られるわけにはいかない。
「倉庫はさすがに寒いから。近くの村で下宿するのはどう?」
シルヴァとヴィオラと目配せして、私は続けた。
ラウルは顔を曇らせた。
「俺のような人間を泊めてくれるだろうか?」
確かに彼は身なりがいいし、農民や、何なら私たちとも雰囲気が違う。
「領主の息子とは言わない方がいいですね。遠慮されます」
と、ヴィオラ。
「私たちの仲間とだけ言って、ドラゴン肉を多目に渡せば大丈夫でしょう」
「なら、最初に行った村の村長に頼んだらどうだ。あそこは一番協力的だし、村長の家は広かった」
シルヴァも言う。
「分かった。頼んでみよう」
ラウルは頷いた。
ヴィオラと一緒に行って、冬の間の滞在を頼むことにした。
農村の家は貴族の館とは比べ物にならない粗末さだけど、まあ大丈夫だろう。
その程度で音を上げるほど根性なしには見えない。
「肉料理は僕とプリムローズでやる。ヴィオラは連絡役を頼む」
「分かりました」
話はまとまった。
私たちは二手に別れることになった。
コタローは私とシルヴァが連れていく。
ロバはヴィオラについていった。
どうも空を飛ぶのがトラウマのようで、私を怖がるようになってしまったのだ。ひどい話である。
◇
森を覆う雪はまだ深くて、春の訪れは遠い。
それでも日々を過ごしていると、ほんのわずか、陽が長くなってきているのに気づいた。
「あのラウルとかいう奴。青二才だが、見どころはありそうだ」
岩山で大量の料理をしている最中、ふとシルヴァが言った。
「急に環境が変わったのに、ちゃんと受け入れている。あそこで騒ぐようなら、見限っていたんだが」
「あら珍しい。シルヴァが人を褒めるなんて」
私がからかう口調で言うと、彼は口を尖らせた。
「別に褒めてない。ただ……僕も久々に森を出て、驚きの連続だったからな。エルフの父は悠々と生きていたし、人間の母も魔力持ちの貴族だった。土と格闘する人間の生き様は初めて見たんだよ」
私は聞きながら肉を焼く。ジュウッと美味しそうな音がする。
「僕一人では決して見ようとしなかった光景だ。これから春になってどう変わっていくのか、楽しみでもあり怖くもある。……プリムローズ、もしもじゃがいもの栽培が失敗したらどうするつもりだ?」
「失敗しないよう力を尽くすけど、それでも駄目だったら、そうねえ」
私は焼き上がった肉を葉っぱのお皿に移した。
コタローが食べたそうに顔を寄せてくるので、頭を撫でてやる。
「次の手を考える。飢饉対策の作物は、じゃがいもだけじゃないし。豆とかもいいね。あ、いっそじゃがいもと豆を両方栽培すればいいんじゃない?」
豆はいいぞ。栄養豊富でお腹がいっぱいになる。
大豆とかあれば最高だね。肉がなくてもタンパク質が摂れる。
前世、豆腐ともやし(もやしは豆の苗だ)にどれだけお世話になったことか。
もやし、なんであんなに安いんだろうね。農家なり工場なりの収入が心配になるレベル。
シルヴァはしばらく私の顔を眺めて、やがて笑い始めた。
「くくくっ、お前らしいな。しぶとくて図々しくて、諦めが悪い」
「何よ急に」
「褒めているんだよ。行き詰まった状況を変えるには、そのくらいじゃないと」
何だかよく分からないが、褒められたらしい。
「まあ、とにかくやってみないと。農民たちを助けたいし、私もじゃがいも料理をお腹いっぱい食べたい。ポテサラ、ポテトグラタン、ジャーマンポテトにポテトチップス。コロッケもいいな。何を作ろうか、今から迷ってるくらいよ」
「それは楽しみだ」
失敗のリスクは考えるべきだが、悲観しすぎても意味がない。
やるからには楽しい未来を思い浮かべた方が、やる気が出るというものだ。
見上げた空には、冬の太陽が輝いている。
まだ寒い中だけど、少しずつ金色の色が濃くなっている。
「さ、今は料理作りを頑張りましょう。うかうかしていたら春になっちゃうからね」
「ああ」
春はもう少し先。でも確実に近づいている。
何かが変わる予感を感じながら、私たちは今の仕事をこなしていった。
+++
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ちょっと中途半端ですが、ここで第二部完です。
あとは閑話を2~3投稿したら、ちょうど書き溜めも尽きるので、しばらくお休みします。
今後の展開としましては。
・じゃがいも栽培成功
・しかし欲をかいた領主がじゃがいもを税で取り上げようとして農民と衝突
・領主出兵、内乱へ
・プリムローズが霊珠の力で領主軍を制圧するも、異端の力があちこちにバレる
・各神殿の神殿騎士が討伐に来る。神殿騎士は各神の力を使いこなす一種の異能者→異能バトルへ
というのを想定しています。
プリムローズの対軍制圧と異能バトルが一番書きたかったパートなのですが、そこまで遠い……!
異能は伝令神メルクリウスの神殿騎士=超加速と瞬間移動。
鍛冶神ウゥルカーヌス=炎と鉄を操る。
愛と美の女神ウェヌス=魅了と洗脳。
天空の主神ユピテル=飛行と電撃を使いこなす。
とか、古代ローマの神々ベースに能力と戦いをあれこれ考えています。考えるの楽しい。
これに加えて霊珠の背景である魔王の力とか、なんで神殿が異端を敵視するのかとか、アイディアだけはあるのですがまだちょっとまとまっていなくて。
最後までプロット固めないと書けないタイプなものですから、まずはそこから頑張ります。
それでは、あとは閑話ととりあえずここまで。
お待ちくださいとは言いません。しばらく忘れてくださると助かります(笑)
最後に。もしよければブックマークや評価(★5で満点)で応援してやってくださいね。何よりの励みになります。




