75:問題の村
「まさか、農村とはここまで貧しいものだったとは」
村を出てしばし。
雪の中を歩いていると、ラウルが呟いた。
「俺も王都でスラム街へ行く機会があった。あそこもひどいものだったが、農村はまた違った貧しさがある。俺はてっきり、農業地帯であれば最低限の食べ物は困らないと思っていた。だが……」
彼は頭を振る。ちらちらと降っていた雪が茶色の髪の先から落ちた。
「モノがあるだけ都会の方がマシだな。麦の作り手は彼らであるというのに、彼ら自身の腹を満たすことがないとは」
「ほとんど全て取り上げられますから。手元に残らないのですよ」
ヴィオラが答えた。
私も言う。
「それでも今回は、前回よりみんな元気そうだったよね。肉を食べたお陰かも」
「あれで元気なのか? みんなやせ細って、とても農作業などできそうもないが」
ラウルはショックを受けたようだ。
「だからじゃがいもを作るのよ。あれは栄養たっぷりの良い野菜だから」
「……俺は何も見えていなかったのだな。いや、『何も見ようとしていなかった』、か」
それきり彼はうつむいて黙ってしまった。
声をかけたのは、意外にもシルヴァだった。
「あまり落ち込むな。我が身の至らなさを実感するのはいいが、そこまでにしておけ。見ていなかったのなら、今度から目を見開いて見ればいいだけだろう」
「…………」
「僕もこの年まで森暮らしで、人間の事情に疎い。まあ正直、人間がいくら飢えようが知ったことじゃないが、プリムローズは助けたちと言う。だからこの年になって新しい環境に身を置いている」
「この年って……シルヴァはいくつなんだ?」
「六十二だが?」
「ぶはっ」
ラウルは噴き出した。まじまじと相手を見ている。
「いや、どう見ても十三か十四だろう。ハーフエルフはそれで普通なのかい?」
「さあ? 僕は僕以外のハーフエルフを見たことがない。エルフの父が言うには、エルフという種族はおよそ八十歳から百歳で成人するそうだが」
「すごいな……。それだけの時間があれば、一体どれほどのことをなし得るやら」
シルヴァは肩をすくめた。
「そうだな、長い時間があるおかげで思う存分研究に打ち込める。その点は感謝しているよ」
「研究?」
魔族の技術について、ラウルに打ち明けるつもりはない。シルヴァは再び肩をすくめて話をそらした。
「お前は人間だが、それでもまだ若い。これからいくらでも何かを成したり、物事を見たりできる。せいぜい励め」
ラウルはしばらくシルヴァを見つめた。
それからふっと笑う。吹っ切れたような笑顔だった。
「ははっ。年配の君が言うと説得力があるね。……ああ、分かった。これからしっかりとやるさ」
シルヴァはラウルを警戒していたはずだけど、結局のところ世話好きでお人好しである。
私は男子の友情(?)の芽生えにほっこりしつつ、深い雪を踏んで歩き続けた。
◇
四つの村を順に巡っていく。
最後の村は、例の問題の村だった。ドラゴンの肉を強奪しようと農具で襲ってきた男たちの村だ。
「さて、反省しているといいけど」
少しの緊張感と共に村に入ると、外で遊んでいた子供たちが一斉にこちらを見た。
「あっ! お肉の商人さんだ!」
そんなことを叫んで家へ戻っていく。
ほどなくぞろぞろと村人たちが出てきた。ほとんど総出と思われる人数だ。
ヴィオラがさりげなく剣の柄に手を伸ばす。ラウルも息を吸い込んで、いつでも魔法を使えるよう準備している。
私も万が一のため、背中の魔道具と霊珠に魔力を流した。
と。
「すみませんでしたぁっ!」
先頭に立った村長が、雪の上で土下座した。
他の村人たち、子供たちまで雪に膝をついている。
「つい出来心で! 肉さえあれば、この村が助かると思ったものですから。浅はかだったと悔いております、二度としません、どうかお許しを!」
「ごめんなさい!」
「許してください!」
口々に言われて、私は居心地が悪くなった。
というかこの国にも土下座文化があったのだなあなどと、ちょっと現実逃避をしてしまった。
「もういいですよ、反省してくれたみたいだし。肉は今回も持ってきました。だから頭を上げて?」
村長の肩をちょっと触ると、彼はものすごくビクッとした。
ヴィオラの脅しが相当効いている。
「はい、農具も返しますね。春になったらしっかり働いてもらうから」
「……許してもらえるのですか?」
村長はビクビクと怯えている。そんなに怖がるなら襲う真似をしなきゃいいのに。
「悪いと思っているなら、今はしっかり体力を温存してください。で、春になったら農作業を頑張る。それで手打ちにしましょう」
「なんと寛大な……」
村長以下の村人たちに感動されて、私はますます居心地が悪くなった。
と、八歳くらいの女の子が恐る恐る近づいてきた。
「商人さん、うちのお父ちゃんがごめんなさい。お父ちゃんはいつも、人を殴ったり盗んだりするのは駄目だって言ってるのに。自分がやるなんて、信じられない」
女の子は泣きそうな顔になっている。
何と返せばいいか分からず、私は言い淀んだ。
(根が善良な人であっても、家族や自分が飢えていれば凶行に走る時もある、か)
むしろあの男たちは、身内を守ろうと必死だったのかもしれない。あまりにも考えが足りなかったけど。
男たちを見ると、みなうなだれていた。
当然だろう。悪いと分かっていてやった上に失敗し、村全体、子供たちにまで所業がバレたのだから。
刃物で襲ってきたのは明らかにやりすぎだが、被害は出なかった。
謝罪と反省は本気みたいなので、これ以上追求するつもりはない。
ここで下手に村人処刑とかしたところで、働き手が減る上に恨まれるだけだ。
それなら感謝の気持ちを農作業の頑張りに変えてもらった方がずっといい。
何より彼らは子供たちの父親だ。だから許してやろうと思う。
私が女の子に笑いかけようとしたら、母親らしき女性が走ってきて娘の手を取った。
「こらお前、やめなさい! 商人さん、本当にすみません。罰を受けて当然なのに、許してくださるなんて……」
「本当にもういいです。責任を感じるなら、農作業に精を出してください」
「もちろんです」
男たちが答える。
「納屋も直しておきました。種芋は数は多くないけど、腐らせずに取っておいてあります。春から精一杯頑張りますとも」
「ええ、そうしてください。私はじゃがいもがいっぱい欲しいの。期待していますね」
あえて厳しい声を出してみせると、村人たちはまた雪の上で土下座した。
いや、そんなつもりじゃなかったんだけど。難しい。




