74:二度目の訪問
翌日から私とシルヴァは、岩山へ行ってドラゴン肉の料理をしまくった。
焼肉と角煮の手順はもう慣れたもの。
加えてシルヴァが火起こしや食器洗い用の水出し、暖を取るための魔法を使ってくれるので、とても便利である。
前回よりもかなり効率的に、何百人前もの料理を作ることができた。
ヴィオラと落ち合う予定の場所は、例の丘の中腹に作った倉庫。
ラウルを信用しないわけじゃないが、シルヴァの小屋の位置はまだ教えないでおく。
早めにしっかりと作った料理を運び込んで、彼らを待った。
そうして十日後。
雪の降り積もる丘のふもとに、二人の人影が現れた。ヴィオラとラウルだった。
「おかえり、ヴィオラ。いらっしゃい、ラウル。領主様との話し合いは上手くいった?」
私が尋ねると、ヴィオラは微笑んだ。
「ええ、あれ以上おかしなことは言われませんでしたよ。ドラゴンのウロコも引き渡しました」
「俺の同行も許可された。半分以上、厄介払いのようだったが」
ラウルは苦笑している。
「少なくとも建前上、じゃがいも栽培は領主の事業ということになった。麦の税の免除はないし、予算もないが、邪魔はされないで済む」
「とりあえずそれで十分よ。……あ、紹介するね。彼がシルヴァ」
「シルヴァだ。薬師をやっている。植物に詳しい……という『シナリオ』だな」
シルヴァはむすっとした顔のまま答えた。
アドリブで役割を押し付けたのを根に持っているようだ。
「実際詳しいじゃない」
「お前の押し付けた話ほどじゃない。じゃがいものことは知らん」
言い返してからシルヴァはラウルを見た。
「一応、言っておこう。僕はハーフエルフだ」
帽子を脱ぐと、少し尖った耳があらわになった。
「混血に対して差別が根強いのは知っている。『じゃがいもに詳しい薬師』の役を演じるために、僕は耳を隠すつもりだ。お前もそのつもりでいてくれ」
「ああ、分かった」
ラウルは自然体だ。
ハーフエルフを前に眉をひそめることも、「打ち明けてくれてありがとう」と言うこともない。
シルヴァは鼻を鳴らして帽子を被り直した。
「ミャー?」
コタローが顔を出して、知らない人を興味深そうに見上げた。
「おっと、いけない。この子も紹介しないとね。名前はコタロー。スノータイガーの子供なの」
「スノータイガー!? すごく希少で強い魔獣じゃないか。一体どうして」
「えーっと、岩山近くで迷子になっていたのを保護したの。親はいないみたいで」
ドラゴンの話はまだできない。嘘をつくのは心苦しいが、仕方なかった。
コタローはそうっとラウルに近づいて、匂いを嗅いだりしている。
「肉料理の在庫は十分のようですね。それでは行きましょうか」
ヴィオラが言って、皆が頷く。
一つの村用の肉をロバそりに詰め込み、まずは最初の村へ向かった。
◇
「おお、ヴィオラさん。待っておったよ」
最初の村に着くと、村長以下村人たちが出迎えてくれた。
一ヶ月前に訪れた時は警戒されてばかりだったのに、今の彼らには笑顔が見える。
心なしか顔色も良くなっているようだ。
村長の孫が近づいて来て、私に話しかけた。まだ十歳にもなっていない小さい男の子だ。
「お姉ちゃん、あの肉、また持ってきてくれたの? あれを食べると力が出るんだ。冬は毎年ひもじくて、つらくて、嫌な季節だったのに。今年はへっちゃらだよ」
「そう、それは良かった。もちろん今回も持ってきたよ。今度は前にもらったお野菜入りでね」
「え?」
村長が戸惑った顔になる。
「野菜は肉の代金代わりだったんじゃないかね? それをもらってしまったら、払えるものがない」
「あー」
私は目をぐるっと回してみせた。
「大丈夫です。私が本当に欲しいのは、たくさんのじゃがいもなんですよ。春になったらキリキリ働いてもらうから、それでチャラってことで」
「しかし……」
まだ困っている村長を遮るように、ヴィオラが言う。
「それで村長。頼んでおいた納屋はどうなりました?」
倉庫というか納屋があんまりボロボロだったので、肉の代金の一環で建て直しを頼んでいたのだ。
じゃがいもは湿気と日光に弱い。
種芋の時点できちんと保存するため、納屋の建て直しは必須だった。
「それならやったよ。肉料理のお陰で体力に余裕があったからな」
村長の息子が進み出た。
「これで問題ないか、見ておいてくれ」
案内された先の納屋は、確かにしっかりと作り直されていた。
穴だらけの屋根は塞がれて、日光が入り込むことはない。
隙間風の吹く壁も修理され、これなら納屋として安心だ。
「ええ、大丈夫です。あとは湿気に注意しながら、種芋を保管してください」
「分かった。腐ったのは選り分けて捨てておいたから。春になったら植えるだけだ」
「畑の場所も目星をつけておいたよ。去年植えた場所は、続けて使うと病が起きやすい。少し離れた場所だ」
村長と息子が口々に言う。
確かにじゃがいもは輪作障害が強く出る。別の場所に用意してくれるならありがたい。
「それじゃ、こちらが今回のお肉です」
ロバそりから冷凍された状態の肉を渡すと、村長ら村人たちは笑顔になった。
「またあの美味しい肉が食べられるなんて、本当に嬉しいわ」
村人の女性が、大事そうに料理の包みを抱えている。
「私は今年の秋に出産したの。冬は食べ物がないせいで、お乳の出が悪くなって、赤ちゃんにひもじい思いをさせてしまうと覚悟していたんだけど。お肉を食べたら、豊作の年と変わらないくらい元気になったわ」
「……赤ん坊は飢えると簡単に死ぬ。体力が戻っていない母親も同じですよ。本当に助かりました」
村長の妻が呟くように言って、頭を下げた。
「この前は疑ってすみませんでした。この肉のお陰で、村は救われた」
「そんな、大げさですよ。頭を上げてください」
私は慌てて彼女の手を取る。
「春になるまでもう少し。来月もお肉を持ってきますから。それでしっかり体力つけて、春から働いてくださいね?」
「そういうことです。肉は決してタダではなく、施しでもないと忘れないでください」
ヴィオラが少しだけ厳しい声を出した。
村長が眉尻を下げた。
「ああ、分かってる。今は皆で冬を無事に乗り切るよ。……で、今回も野菜とチーズやミルクは要るかい?」
「はい、もちろん」
乳製品は色んな料理で使う。貴族用レシピ開発に欠かせない。
村の様子を見ながら、もらいすぎにならないよう気をつけつつ対価をもらった。
「そうそう、肉とじゃがいもの件はご領主様に話を通して、許可をもらったから。安心してくださいね」
「良かった。貴重な肉を私らが食べてお叱りを受けないか、心配だったんですよ」
村長の妻がほっとしたように笑顔を見せる。
こうして二度目の取引は和気あいあいとした雰囲気で終わった。
その間、ラウルはずっと黙ったままでいた。




