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【第二部完結】転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第5章

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80:【閑話】世界を超える焼肉定食


「母さん、本当に死んじゃったんだね」


 母の葬儀が終わったある日、中学生の弟が言った。

 狭い自宅、仏壇代わりの戸棚に飾られている遺影は、姉と弟と一緒に写したもの。母の写真は全て子供たちと一緒に写っていて、一人のものが一枚もなかったのだ。


「あんたは何も心配しなくていいよ。お姉ちゃんに全部任せて」


 大学生の姉が言う。


「バイト掛け持ちでもなんでもやって、生活費はきっちり稼ぐから」

「できるの? 学費の支払いだって途中なんだろ。三年生になったらゼミと就活で忙しくなるって言ってたじゃん。俺、やっぱり父さんを頼った方が……」

「駄目! あんなモラハラDV野郎を頼ったら、あんたが壊される!」


 姉は強い口調で返した。弟は下を向く。

 姉弟は両親の離婚原因をよく知っていた。父のモラハラが酷くなって、とうとう暴力を振るうようになってしまった。だから母は子供たちを抱えて逃げ出したのだ。


 父はろくに養育費を払わず、面会も求めない。

 辛うじて父方の祖父母が声をかけてくるが、孫可愛さというよりも孫を手元に置いて母に復讐したいように見えた。嫁姑仲も最悪だったのだ。


 一方で、母方の祖父母はもう亡くなっている。姉弟に頼れる大人はいない。


(私が大学を退学して働くしかないかも)


 姉はそう覚悟している。そうなるとせっかく取った給付型奨学金の違反になってしまい、返済がのしかかってくるが。


(お母さん……どうして死んじゃったの。ベビーカーを庇うなんて、お母さんらしすぎるよ)


 姉の瞳にじわりと涙が盛り上がる。


 と。


 ぐうううっ、と弟のお腹が遠慮のない音を立てた。

 成長期の弟は顔を赤らめている。


「ちょっと早いけど、夕ご飯作ろうか。冷蔵庫に何かあったかな……」


 姉弟二人で冷蔵庫を見るが、ほとんど空っぽだった。


「あー。何か買ってこないと」

「お金ある? 大丈夫?」

「そのくらいなら大丈夫だって」


 財布の中身は心許なかったが、姉は空元気で笑ってみせた。


 と、そこへ玄関チャイムの音が鳴った。

 古いアパートにはモニタがない。


「はい。どちらさま?」

「ニューバーイーツです。お届けに上がりました」

「えっ。頼んでないけど?」

「え? でも決済済みですし、住所もここですよ」


 配達員が告げた名前は、確かに姉弟のもので間違いない。


「受け取ってもらえないと、僕が困ります。それじゃ」


 配達員は包みを強引に渡すと、さっさと行ってしまった。


「姉ちゃん、なにそれ?」

「なんか、お弁当みたい」


 姉は包みを開いてみた。

 出てきたのは、『焼肉定食』だった。


 ツヤツヤの炊きたてご飯が湯気を立てている。

 お醤油の照り焼きにした焼肉は艶があり、いかにも美味しそうな匂い。

 付け合せの漬物まで輝いて見える。


 弟はごくりと唾を飲み込んだ。


「食べていいの、これ?」

「うーん……。レシートもくれたし、普通の配達の人だったし、変なものではないと思うんだけど……」


 とはいえ、送り主が分からないのは不気味だ。

 姉が悩んでいると、弟はさっさと器のふたを開けて食べ始めた。

 器はプラスチックではなく、木製のお弁当のような容器だった。


「いただきます」

「あっ、こら」


 弟はもぐもぐと食べて、ふと動きを止めた。


「姉ちゃん」

「どうしたの?」

「これ、母さんの味だよ……!」


 弟の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「肉の味、ショウガをちょっと入れているとことか、母さんのレシピ通りだ。漬物も同じ味がする。懐かしい味!」


 姉も箸をつけて、思わず固まった。


「本当だ。お母さんの味、そのもの」


 ただの家庭料理といえばそうかもしれない。けれどここまで彼女の味を再現できるとは、姉弟には信じられなかった。


「……あれ。これ、何だ」


 弟が、焼肉定食が入っていた袋に手を突っ込んだ。

 袋は何故かビニールではなく、布製だった。その袋に何かが入っている。


「ビー玉? 字が書いてある」


 それはいくつものビー玉のような小さい珠だった。一つにつき一つ、漢字が浮き上がっている。


『異』『世』『界』『転』『移』『地』『球』『日』『本』……他はこのアパートの住所だ。


「何だろう、これ」

「分からない」


 ビー玉を手に取りながら、姉弟は食事を続ける。

 美味しくて懐かしくて、涙をこぼしながら。


 そうしてすっかり食べ終わった時。


「え……」


 焼肉定食は器ごと、ふいっと消えてしまった。

 同時にビー玉は静かに砕けて砂になり、消えた。

 まるで魔法のようだった。


「異世界転移……」


 姉が呟いた。


「今のまさか、お母さん?」

「ええ?」


 弟が目を見開く。

 姉は興奮気味に口を開いた。


「ほら、アニメで異世界転生ってあるじゃない! トラックに轢かれて死んで、生まれ変わるやつ。それですごい魔法使いになったりするやつ! 今のお弁当は、きっと魔法使いになったお母さんが送ってくれたんだよ!」

「姉ちゃん、落ち着けよ。そんなの現実にあるわけないだろ」

「でもあんたも見たでしょ! お弁当、消えたのよ。それにあの味!」

「それは……」


 弟も考え込んだ。


(母さんは俺らを育てるのに手一杯で、自分のことは何にもしていなかった。でも本当にどこかで生まれ変わって、魔法使いになっているなら……)


 もしそうであれば、どんなに救われるだろう。

 姉も弟も、母自身も。


「姉ちゃん。生まれ変わり、信じてみようか」


 弟の言葉に姉は頷いた。


「うん。その方がずっといい。お母さんはどこかで生きていて、私たちを気にかけてくれているって」

「そうだよな。……ねえ、姉ちゃん。ネットで調べたんだけど、今の俺たちのこと、お役所に相談するといいかもしれない」

「お役所? そうね……。他に頼れる人もいないし、一度行ってみようか」

「うん。今より悪くはならないよ。やってみよう」


 空腹が温かく満たされて、心に余裕ができている。

 何よりも母がどこかで幸せにしているかもしれないと思うと、自分たちも頑張ろうと思えた。


 悲しみはまだ心に根付いていたが、若い姉弟は少しずつ前進を始めようとしていた。



+++



シルヴァ「プリムローズ。そんなに山ほど霊珠を用意して何をするつもりだ?」


プリムローズ「世紀の大魔法。これだけは絶対にやらないといけない」


ヴィオラ「醤油というのも霊珠で出せたのですね。万能」


シルヴァ「何でもありすぎるよな、こいつの魔法」


コタロー「ミャオ!」


世界の壁を超えて送り込まれる焼肉定食でした。

なんで◯ーバーイーツ経由になったのかはちょっと謎。


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