72:趣味?
「ラウルには、このじゃがいも事業を領主お墨付きとして保証してほしい」
「なるほど。税制に組み込むか、公的な支援をどこまで行うか。そういった背景をしっかり決めておいた方が、農民たちもやりやすいだろう」
おお、さすが。飲み込みが早い。
「俺は父や兄と不仲だが……。まあ、そこはプリムローズとヴィオラが既に許可を取った範囲でもある。君たちへの監視を兼ねてとでも言って、なるべく有利な条件をもぎ取るよう交渉してみるさ」
「助かります。ご領主様はたぶん私たちを信用していないので。監視するというのは有効な言い方でしょうね」
「はは。俺も信用されていないんだけどね。あとは、春になったら母上とカミラの住居を移す。これは父ではなく奥方に訴える方がいいかもしれないな」
奥方はラウルの母を憎んでいる。追い出せるとなれば喜んで協力しそうだ。
「あとはできれば、ラウルに冬の農村を見てもらいたいですね。貧しさというものがどういうものなのか、実感できると思うので」
ヴィオラが言って、ラウルは頷いた。
「分かった。次のドラゴン肉の商売の時に同行するよ」
言われて気づいた。
私たちは領都まで霊珠の力で飛んできたのだった。
飛べば一日の距離だが、徒歩なら七日はかかる。帰宅予定が大幅に遅れれば、シルヴァとコタローが心配してしまう。料理する時間も足りなくなる。
どうしよう!?
「ヴィオラ、ヴィオラ! どうしようか」
私は再びヴィオラと部屋の隅に行って、コソコソと相談をした。
二度目なので何だか視線が痛い。申し訳ない。
「プリムローズが先に戻るしかないのでは? 村へ持っていく料理も不足していますし」
「そうだよね。じゃあ別行動するということで」
くるりと振り返り、咳払いを一つ。
「ラウル、悪いんだけど、私は先に村へ行くよ。あなたはご領主様と話をつけてから、ヴィオラと一緒に来てくれる?」
「ああ、分かった」
ラウルは私の挙動不審を見て、苦笑した。
ヴィオラも言う。
「ドラゴンのウロコの取引も、まだまとまっていませんからね。プリムローズは先に帰って次の商売の準備をお願いします」
「うん」
その後は簡単に打ち合わせをした。
ラウルが言う。
「プリムローズ。実家との関係は理解したが、祖父母殿とアレクトには無事を知らせておくべきではないか?」
「そうですね……」
仮に手紙などで無事を知らせたら、どうなるだろうか。
たぶん祖父母が激怒して父に制裁を加える気がする。
アレクトについては私はよく分からないが……?
「祖父母は父に対してかなり怒ると思います。私的な制裁を行った場合、祖父母が不利にならないでしょうか。あとはアレクト兄様は
何か動くでしょうか」
「祖父母殿は仮にも高位貴族だ。自分たちの不利になるようなやり方はしないさ。アレクトは……直情的な男だが、頭が悪いわけじゃない。下手を打つことはないだろう」
「なるほど。それじゃあ手紙を届けてもらえますか? 心配かけてしまったのを謝らないと」
ラウルが書いてもいいだろうが、私の筆跡の方が祖父母も安心できるだろう。
この場でささっと書くことにした。
母親が持ってきてくれたのは質の悪いパピルス紙と粗末な木製ペンである。
この世界では羽ペンより木製ペン、羊皮紙よりもパピルス紙が流通していたりする。変なところで古代っぽい。
「ごめんなさい、こんなものしかなくて」
「いえいえ、ありがとうございます」
恐縮する母親にお礼を言いながら、私はさらさらと書き始めた。
前世の記憶を思い出したけれど、私がプリムローズであることに代わりはない。筆跡は昔と同じだ。
「では、私はドラゴンのウロコの取引をまとめます」
手紙を書いている私の横で、ヴィオラが言う。
「値段は冒険者ギルドに売ったものよりも安めに。本来であれば恩を売る形ですが、ご領主様はああいう方ですので、恩を感じるかは不明ですね」
「恩とは思わないだろうね。平民のものは自分のものと公言する人だから」
ラウルがため息をついた。
「とはいえドラゴンのウロコという貴重な品物を手に入れて、自尊心は満たされるだろう。ヴィオラたちに暴力を振るうなどの強硬手段を取らないように、なるべく策を講じなければ」
「肉に関しては、とりあえずは私たちに任せてもらうことになったから。当面は大丈夫かなって」
私が言うと、ラウルは軽く首を振った。
「あくまで当面は、だ。何かあれば手のひらを返してくるだろう。そういう人だ。気は抜かないでくれ」
「うん」
「あとは、俺が君たちの監視名目で同行の許可を取る。予算をもぎ取るのは難しいだろうが、名目だけでも領主公認にしておけば、他の役人に邪魔されなくなる」
「当面の資金はドラゴンのウロコ売却のお金を使おうと思って」
冒険者ギルドに売っただけでもかなりの額になった。領主にも売るとなれば金額追加だ。
私の言葉に、ラウルはこちらを見た。
「自腹を切るのか? そこまでして?」
「ええ、まあ。貧困対策は私の趣味みたいなものなので」
「趣味って!」
カミラが吹き出した。
「趣味で人助けしちゃうの?」
私はニヤリと笑ってみせた。
「カミラ、人助けだけじゃないよ。じゃがいもは私の大好物でね。色んなお料理に使えるの。じゃがいもがたくさん収穫できたら、美味しいものが食べ放題でしょ!」
「えー?」
私の言い分が面白かったらしく、カミラはくすくす笑っている。
うん、やっぱり子供は笑っている方がいい。先ほどのように凍えて縮こまっている姿は見ていられないもの。
ラウルも妹の様子を見て、表情を和らげた。
「まあ、そういうことにしておこう。じゃがいもの栽培が上手くいけば、農民たちの飢えはなくなる。プリムローズは好物が手に入る。あとはまあ、農民の暮らしが安定すれば税収も増える。誰も損をしないいいことばかりだ」
ヴィオラが頷いた。
「では、この方針で。私はもうしばらく領都に滞在して、商談をまとめます。プリムローズは先に帰って、シルヴァに内容を伝えてください」
「あ、シルヴァというのは私たちの身内で、まだ若いけど優秀な薬師なの。今度紹介するね」
実は若くないが優秀なのは間違いない。
いや、ハーフエルフとしては若いのだろうか? メンタルが老成していないのは確かだけど……。まあいいや。
「コタローもいるよ。虎の子供で、毛がふさふさなの。抱っこして寝るとあったかくて」
付け足すと、カミラが目を輝かせた。
「いいな! あたしも撫でてみたい」
「ちょっと珍しい虎だから、領都まで連れてきたら目立っちゃうかな。引っ越ししたら、その家に連れて行くね」
「うん! 楽しみ」
ラウルも頷いた。
「ああ、頼む。会えるのを楽しみにしておくよ」
話はまとまった。
ちょうど手紙も書き終わったので、くるりと巻いて紐で縛る。
「さて。それじゃあ私は今日のうちに出発するね。手紙をよろしく」
立ち上がると、カミラが名残惜しそうに見上げてきた。
「もう行っちゃうの? 今は夜だよ。明日にすれば?」
「色々やることがあるからね」
実のところを言えば、夜の方が飛行しても目立たないので好都合だ。
翼の光さえしっかり抑えれば、その辺を飛んでいても目撃される可能性が低くなる。
荷物もこれといってない。身軽なものだ。
「またね!」
ヴィオラも一度宿に戻ると言う。
私たちは手を振って、彼らと別れた。




