71:新しい仲間
段階を追ってこの家を出る話をすると、ラウルが笑い出した。
「あはは、なんだって! それなら確かに上手くいきそうだ。……今まで俺が苦心していたのは、一体何だったんだ……」
どうも彼は母と妹を連れて、いきなり遠い場所へ行く予定だったらしい。
息子が妻と娘を拉致したら、領主のメンツに関わるからそりゃあ捜索されるだろう。
ラウルとしては逃避行を覚悟していたとのこと。
この人は頭は良さそうなのに、こと家族のこととなると冷静でなくなるようだ。
今すぐこの場所を離れなければと思い込むあまり、気が回っていなかった。
ラウルはひとしきり笑った後、気が抜けたようにため息をついていた。
母親とカミラの処遇については、一区切りつきそうだ。
私は改めて彼に向き直った。
「もう一度聞きます。ラウルさん、あなたのやりたいことは何ですか? 学院で学んで、ご友人と言葉を交わして、何を思ったんですか?」
ラウルはしばらく考えてから、自嘲気味の笑みを漏らした。
「……何も。家族を助けることばかり考えていて、他は何もない。今、それに気づいたよ。情けない話だ」
「だったら社会学習のつもりで、私たちのドラゴン肉とじゃがいも事業を手伝ってくれませんか?」
「は? 社会学習?」
ぽかんとする彼は無視して、私は続けた。
「そうそう。目標を見つけられない若者は、まず世の中を知るべきですよ。私も世間知らずだから、一緒に学んでいきましょう。それに、農民支援の仕事は悪くない目標です。農民たちはかつてのラウルさんやカミラと同じように、寒さと飢えに苦しみながら生きているのだから」
「…………」
ラウルは目を伏せた。
「……かつての我が身を助ける。いつか助けられなかった人の代わりに手を差し伸べる、と君たちは言ったか」
「ええ、そうです。私もヴィオラも、個人の思いで動いています。だから、ラウルさんも個人的な動機でいいんですよ。うじうじ悩むよりやってみる。あと、農業はいいものです。体はキツいけれど、実りを実感できますから」
前世、じゃがいも畑のアルバイトをした時を思い出す。
春に土を作り、種芋を植えた。
夏の間は水やりをしたり、雑草抜きをしたり。
秋には収穫だ。前世では機械で大規模に収穫していったが、一部は手で芋掘りもした。
機械で収穫したものだって、仕訳は手作業だった。
土に植えたたった一つの芋が大きく育って、花を咲かせ、いくつものじゃがいもになる。感動体験である。
「お兄様、やってみようよ」
カミラが兄の目を覗き込んだ。
「お母様とあたしは、このお屋敷を出られるんでしょ。そのうち逃げちゃうなんて、絶対に秘密を漏らさないから。新しいお家で楽しく暮らすよ。だからお兄様も楽しくお仕事やって?」
「目標を見つけられない若者は、まず世の中を知るべき、ですか。プリムローズさんは良いことを言いますね」
母親はくすくすと笑っている。
「ラウル。今後のあなたが貴族の末席として生きていくのか、それとも平民として生きるのか、それは自分で決めることです。どちらを選ぶにしても、経験は積んでおくべき。いい機会ではないですか?」
「母上とカミラまで……」
ラウルは大げさにため息をついた。
ため息をつきながら、瞳には力が戻ってきている。
「分かった。プリムローズ嬢とヴィオラさんの商売、手を貸そうじゃないか。俺は仮にも領主の息子。立場上、力になれることも多いだろう」
私とヴィオラは顔を見合わせて、笑顔になった。
「ありがとう、ラウルさん! あと、仕事仲間になる以上は呼び捨てでいいですよ」
「私も、ご領主様の子息にさん付けされると落ち着きません」
「じゃあ、プリムローズとヴィオラ。俺のこともラウルと呼んでくれ。これからよろしく頼む。広い世界の物事を教えてほしい」
「はい、もちろん! でも教えるというより、一緒に学んでいくことになりそうだけどね」
私たちは握手を交わした。
ラウルの手は既に大人の男性のもの。頼もしい仲間ができて、とても嬉しかった。
◇
さて、ラウルの参加は喜ばしいが、どこまで事情を打ち明けるか決めないといけない。
私とヴィオラは部屋の隅に行き、小声で相談した。
「霊珠の力とシルヴァの魔族の技術は、秘密だよね」
「ええ。あれらは知ること自体がラウルを危険に晒しかねませんから」
これは、彼が信頼できるかどうか以前の問題になる。少なくとも今は教えないでおく。
私の前世の話は悩むところである。
だが前世の農法とかその他の知識は、出どころを当然問い詰められるだろう。折を見て話すのがベターか。
ドラゴン肉の在り処とドラゴンの本当の死因も、霊珠を秘密にする以上は言えない。
でも嘘をつき続けるのは心苦しいし、どこかで綻びが出ないとも限らない。
ドラゴンを仕留めた手段はぼかしつつも、肉をしっかり確保していること、何ならウロコや牙の素材が大量にあることも、様子を見ながら、本当に信頼できるようであれば、話していこうと思う。
これらのことをヴィオラとヒソヒソと話し合った後、私はラウルへ話しかけた。
「ラウル。私たちはちょっと事情があって、全部を打ち明けるわけにはいかないの。あなたを信用してないわけじゃなくて、本当にこちらの都合で。ごめんなさい」
ラウルは戸惑ったようだが、すぐに頷いてくれた。
「ドラゴンの肉やウロコなどという破格の品物を持ち込んだくらいだ。訳アリなのは感じていた。君たちがそう言うのであれば、不満はないよ」
「ありがとう。それじゃあ次に、役割分担を決めましょう」
もともと私たちは、冬から春にかけては農村にドラゴン肉を格安で売るつもりだった。
春になれば森で山菜が採れる。それに夏になれば早生の作物が採れるので、食料は自給自足で何とかなる。それまでのつなぎだ。
並行して、春になったらじゃがいもの作付けを指導する。
前世のアルバイトで、本業のじゃがいも農家からあれこれ教わった。だからある程度はちゃんとできると思う。




