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【第二部完結】転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第5章

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70/80

70:理想

「王都の学院で、こんな俺にも友人ができてね。生粋の高位貴族だが、責任感が強く誇り高い男だった」


 ふと、ラウルが話し始めた。


「俺はそいつに憧れていた。生まれ育ちに非の打ち所がなく、本人の資質も高い。何より努力家で研鑽を怠らない。母上とカミラを守ることすらできなかった俺と比べると、あまりに違いすぎて笑えるほどだったよ」


 みんな黙って彼の話を聞いている。


「ある時、俺は聞いてみた。『どうしてお前はそんなに高潔でいられるんだ? 恵まれた出自のお陰で、世の中の綺麗な側面だけ見ていられるせいか?』と。我ながら意地悪な質問だったよ。あいつは少し考えて、こう答えた」


 ――そうかもしれない。だが、正しいものをそうと貫く気持ちは、お前も同じではないか?


 ――お前は冬が嫌いだと言った。そこから母と妹を救い出すのが自分の使命だと。


 ――であれば私も、自分にとって大事と思えるものを守りたい。力が足りずとも、今の全力を尽くして。


 ――だからお前も、お前の願いを全力で叶えろ。


「あいつの大事なものとは、この国の全てなんだ」


 ラウルは皮肉に笑った。

 皮肉に、でも憧れを込めて。


「そんなに大きなものは、あいつであっても守りきれるはずがない。だが全力を尽くすのだそうだ。そして俺のような小さな目標であっても、それでいいのだと言う。だから俺は帰郷してすぐに動いたよ。俺たち家族三人きりであれば、どうとでも暮らしていける。母上は体が弱いから冬の移動はできないが、春になったらすぐにここを出る予定だった」


「私のことは気にするなと言ったのですが」


 母親が言うが、ラウルは首を振った。


「それでは意味がないと言ったでしょう、母上。俺の願いは母上とカミラの幸せなのですから」


「お母様とあたしの幸せ……。じゃあ、お兄様は?」


 ラウルは動きを止めた。妹の手を握ったまま無言でいる。


「俺の幸せは後でいい。母上とカミラが安心して暮らせるようになったら、その後に探すさ」


「後って、いつまで? あたしが大人になって、働けるようになるまで? お嫁に行くまで? 時間がかかっちゃうよ!」


「カミラ。お前は心配しなくていいんだ」


「やだ! お兄様は学院に留学中、手紙をくれたよね。勉強が楽しいって。友だちと遊ぶのも楽しいって。楽しいことがいっぱいあったのに、帰ってきたら全部捨てちゃうの? あたしとお母様のせいで!?」


 カミラは涙を溜めた目で兄を見た。


「なんで!? そんなことしてもらっても、あたし、ちっとも幸せじゃない。勉強したこと、使わないの? いっぱい色んなことを学んだと言っていたのに!」


「それは……」


 ラウルは目元を歪めた。


「物事には順番がある。まずは母上とお前の安全と幸せを確保しなければならない。俺はその後だ」


「どうしてそうなるの! あたし、このお屋敷でもちゃんと暮らしてきたよ。そりゃあ嫌なことはいっぱいあったけど、負けなかったもん。お兄様、言ったよね。お母様と私が幸せじゃなきゃ意味がないって。じゃああたしも、お兄様が幸せじゃなきゃ意味がないのに!」


「カミラ」


 言いかけた息子を母がさえぎった。


「カミラの言うとおりですよ。安全と言いますが、この屋敷で命を取られるほどのことはありません。幸せは……私に関しては、ラウルとカミラが元気でいてくれるなら十分です。カミラは結婚の年頃になる前に、ここを出してあげたいですが……。ラウルに頼ることはあっても、あなたの負担になりすぎるつもりはありません」


 彼女は息子の目を見て、きっぱりと言った。


「だからラウル。あなたもあなたの進みたい道をきちんと選びなさい」


 再び部屋に沈黙が落ちた。





 しばらくの静寂の中、私は思う。

 この家族はお互いを大事にするあまり、がんじがらめになってしまっている。

 まずはそれを解きほぐさなければならない。


「ちょっといいですか」


 私が口を開くと、みんながこちらを見た。


「前提として、領主さんと一緒に暮らすのは、お母様とカミラにとってあまり良いことではないんですね?」


「当たり前だ。領主の奥方は母上を憎んでいる。おかげで嫌がらせが絶えず、俺もカミラも使用人以下の扱いを受けてきた」


 先ほどの雪の中、冷え切ってしまっていたカミラを思い出す。

 あんなことが日常的に行われているのは、ひどい話だ。


「それに……母上にとっても不幸な話だ。もともと領主との関係は、無理強いされたものと聞いている」


 母親は目を伏せた。

 彼女は三十代半ば程度に見える。息子のラウルは十代後半だ。

 逆算すれば十代のうちに領主の子を産んだことになる。

 美しい人なので、一方的に見初められたのだろう。権力を振りかざして逆らえない関係だったと思えば、当時の恐怖は想像して余りある。

 しかもその後は奥方に疎まれて、親子ともども冷遇されているときた。


「確かに、なるべく早くここを出るべきですね」


 私が言うと、ラウルが「そうだ」と答えた。


「問題はお母様の体が弱くて、冬の長期移動は厳しいこと。あとはこの家を出たら、領主が追ってきそうですか?」


 母親は首を傾げた。


「そうですね……。ご領主様は見栄の強い方なので、私たちが逃げ出したとなれば、意地でも連れ戻そうとするでしょう。ただ、奥方様の嫉妬はひどくなるばかりです。やりようによっては、そこまで追われずに済むかも」


「うーん。じゃあ病気療養を口実に、別の町で暮らすところから始めるのはどうです?」


 私のアイディアはこうだ。

 最初は穏便に済ませるために、病気療養と言って比較的近くの町に住まいを移す。

 それなら逃げたことにはならず、領主のプライドを刺激しない。

 一年か二年はそこにいて、ほとぼりが冷めたらもっと遠くへ行く。行方をくらます。


 当初は居場所が分かるため、領主もそんなに執着しないのではないか。

 ラウルも他の場所で生計を立てられるだけの猶予期間を得る。

 で、油断したところでさくっと消えるのだ。


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