68:協力者を集めたい
「へくちょんっ」
カミラが小さくくしゃみをした。
彼女は暖炉の火の前で毛布にくるまっているが、一度は体が冷え切ってしまったのだ。
「何か温かいものを食べるか飲むかした方がいいかもね。そろそろ夕ご飯の時間ですが、もう食べました?」
私が聞くと、ラウルたちは揃って首を横に振った。
「ここの離れにはろくなものがなくてね。本邸に行って夕食をもらってこないといけないが、いつも使用人以下の粗末なものしか残っていない」
ラウルが自嘲気味に笑った。
カミラは子供、ラウルだってまだまだ食べ盛りだろうに、食べ物にすら事欠くのか。
「俺が行ってくるよ。プリムローズ嬢とヴィオラさんは、悪いが帰った方がいいだろう。俺たちと関わったと知られれば、継母が癇癪を起こす。もてなしもできずにすまない」
「あ。ちょっと待って。一人前だけだけど、いいものがあるから」
私は手荷物からドラゴンシチューを取り出した。先程領主一家に振る舞ったものだが、一食だけ残っていたのだ。
……実は宿でヴィオラと二人で食べようと思っていたものだ。
「鍋で温めればいいだけの、手軽で美味しいお料理です。かまどを借りてもいいですか?」
ラウルの母が首を振った。
「ここの厨房は長らく使われていません。かまどの薪もありませんので、暖炉に鍋をかけた方が早いですよ」
「なるほど。ではお鍋を借りますね」
ラウルが鍋を取ってきてくれたので、暖炉にかけた。暖炉には鍋を吊るすための鈎がついている。日常的に使っているのだろう。
鍋に凍ったシチューを入れると、すぐに溶け始めた。
ホワイトソースのいい匂いが部屋に漂っていく。
やがてすっかりと解凍されて、ぐつぐつといい感じに煮え立った。
「さあ、どうぞ」
皿に取り分けてカミラに渡すと、彼女は恐る恐るスプーンに口をつけた。
一口食べて、目をまんまるにしている。
「美味しい……! あったかくて、お腹にたまって、色んな味がする。お母様、お兄様、食べてみて!」
ラウルと母は一口ずつ口に入れ、やはり驚いている。
「この肉が特にすごいな。まさか、もしかして?」
「ええ、ドラゴンの肉ですとも」
ドヤ顔で言い放つと、ラウルは思わずという風に目を閉じた。
改めて見てみると、彼はなかなかのイケメンだ。亜麻色の髪が額に落ちかかり、前世の俳優みたいにかっこよかった。
母親も妹も美人さんなので、血筋を感じる。……領主は腹の出た冴えない親父だったけど。
「カミラ。もっとお食べなさい」
母親が娘に皿を渡した。
彼女だって夕食がまだなのに、娘を優先させている。ラウルも妹に食べさせるのを当たり前にしている。
(心の優しい人たちなのね)
仲睦まじい様子の家族に、前世の娘と息子を思い出して胸が切なくなった。
カミラは戸惑いながらも皿を受け取って、遠慮がちに食べている。
ああ、三人前用意してあげたかったな。
森まで戻れば、三人前どころかいくらでも肉があるのに。シチューも作ってあげられるのに。
「……待てよ」
一つ思いついて、私はヴィオラに耳打ちした。
「ねえ、ヴィオラ。この人たちは信用できそうだと思うんだけど、どう?」
「そうですね。家族思いで、人柄が誠実なのは間違いないかと」
「なら、ドラゴン肉とじゃがいもの事業に彼らを巻き込めないかな。母親が愛人とはいえ、ラウルとカミラは領主の子でしょ。事業の後ろ盾みたいなことをやってもらうの」
「ふむ? まあ確かに、領主と不仲という点を考えると情報が漏れる可能性も低そうですか……」
ヴィオラは少し難しい顔になった。
「ですが、彼らの立場は相当に弱そうですよ。巻き込むことで領主から横槍を入れられたり、彼ら自身の立場がより危うくなったりする可能性もありますが」
それはそうだ。
ラウルたち自身の意向もある。どうしたいか確かめないことには始まらない。
「……じゃあ、とりあえず信用できそうだということを前提に、相談してみていい?」
「ラウル様はドラゴンの件をもう知ってしまいましたしね。なるべく手の内を見せないよう注意しながら、話してみるのはいいでしょう」
「うん、ありがと」
ヴィオラは私の思いつきやワガママを極力聞き入れてくれる。その上でサポートもしてくれる。感謝しかない。
「ねえ、ラウルさん。お母様とカミラも。ちょっと話を聞いてくれるかな?」
そうして私は切り出した。
◇
「実は私たち、このドラゴン肉の料理で商売をしようと思っています」
私が言うと、ラウルが答えた。
「父たちに言っていた件だね。確かにこの素晴らしい味、しかもドラゴン肉という希少な食材であれば、貴族への商売として十分以上に成り立つだろう」
「それもそうなんですけど。貴族だけではなく、貧しい農民にも肉を売っているんです」
「は? 貧しい民に?」
ラウルは信じられないというように眉間にシワを寄せた。
「そういえば、君たちは領都に来る前に貧しい民に肉を売ったと言っていたか。それを継続するつもりかい?」
「はい。少なくとも食べ物が乏しい冬の間は、農民たちの飢え死に防止と体力温存のために売るつもりです」
実は領主との交渉時、肉の一括引き渡しは明確に断ったけど、余った肉の使い道は誤魔化したんだよね。どうせ農民に格安で売ると言ったら、反対されて話がこじれるに決まっているから。
だから売るのはなるべくこっそりと、春や夏になって食べ物が安定するまでにして、口をつぐんで黙っていようと思っていた。そうしたらバレない可能性がけっこう高かったので。またバレても既成事実で押し通すつもりだった。
そうしてドラゴン肉で農民に力をつけてもらう。余った体力でじゃがいもを多めに作って、秋に備える。
じゃがいもの栽培が上手くいけば、以降は食料に余裕が出る。餓死者も出なくなるだろう。
そうやって農民の自立を促すのだ。
私はこの内容をラウルたちに説明した。
もちろん、領主には当面は秘密にするよう念押ししてからだ。
ラウルとしては報告する必要もないだろう。
彼は父である領主と不仲。また、農民たちの餓死を防ぐのは誰にとっても悪い話ではない。
外部の人間である私が勝手にじゃがいも栽培を指導したとなれば、領主のメンツに関わるかもしれない。が、ここでラウルを抱き込んでおけば手柄は領主側に渡せる。私が欲しいのは農民の自立という実利であって、手柄そのものではない。
また、もし私たちと一緒に森や農村まで来るのであれば、少なくとも食べ物に不自由はさせない。
貴族のような暮らしはできないが、自由がある。つらく当たる人もいない。
この家で虐げられるよりずっとマシだと思う。
――という話をしたら、彼はハシバミ色の瞳を細めて考え込んでいた。




