67:ラウル
「えーと、あの……」
言葉に詰まる私に、ラウルは不思議そうな目を向けた。
「いや、まさかとは思うが。何せここは王都から遠く離れた土地。君のような少女が一人で来たとは思えないが……」
今度ははっきりと不審の目でヴィオラを見た。
「……まさか、人さらいや人買いに騙されたのでは? もしそうであれば、俺は君を保護する。友人であるアレクトに頼まれた。お祖父様とお祖母様が心配していると」
アレクト。アレクト・ウェントゥス。その名前は知っている。
母方の従兄で、文武両道の名高い人だ。そういえば王立学院に通っていると聞いたことがある。
年齢は私より八つ上の十八歳。目の前のラウルと同年代のはずだ。
アレクトとは小さい頃に会ったきりだし、年が離れているのであまり印象はない。
ただそれでも、実直で優しげな人だったのは覚えている。
年齢や状況を考え合わせれば、ラウルがアレクトと友人なのは本当の可能性が高いか?
「アレクト兄様に頼まれたんですか。アートライト伯爵家ではなく?」
私が聞くと、ラウルは眉を寄せた。
「ああ、そうだ。アレクトから個人的に頼まれた。俺はアートライト家と接点がないからね」
だったら、この人は敵でも追手でもない。思わず体から力が抜けた。
「……とりあえず、家に入らないか。このまま外にいたら凍えてしまう。そこの離れなら、母と妹以外の人間は来ない」
先程の温熱の魔法があるとはいえ、やはり寒い。
私は素直に頷いて、ラウルとカミラの後に続いた。
◇
案内された離れは、領主たちが住んでいる本館と比べるとかなり簡素な作りだった。
室内の装飾は省かれて、使用人たちの住まいと言われれば信じてしまいそうだ。
冷え切ってしまったカミラは白湯を飲んでいる。お茶やホットミルクではなく白湯だ。仮にも領主の娘なのに、冷遇されているとよく分かる。
とはいえ、それでも暖炉に火が入っていて暖かい。カミラの顔色も良くなってきた。
「カミラが世話になりました。私の目が届かず、恥ずかしい限りです」
そう言って頭を下げるのは、きれいな金の髪をした三十代の女性。ラウルとカミラの母親だった。
ハシバミ色のヘーゼルアイが、兄妹とそっくりだ。
母と妹を労りながら、ラウルが首を振る。
「この家は何も変わらない。父がワガママいっぱいに権勢を振るい、継母はそれに乗じて母上と妹を虐げている。俺も子供の頃はずいぶんいじめられたものさ。早く大人になりたくてたまらなかった」
「ラウル、およしなさい。この方々に愚痴を言っても、ご心配をかけるだけですよ」
「……そうでしたね」
ラウルは言葉を切って私を見た。
「プリムローズ嬢。俺は君を王都まで送り届ける手筈を整えられるが、それでいいか?」
「いいえ」
きっぱりと答えると、ラウル親子は驚いたような視線を向けた。
「何故? 君のような小さな女の子が、今まで生きていただけでも驚きなのに。早く家に帰って、ご両親と祖父母君を安心させてやるといい。アレクトも心配していた」
「私は両親と不仲です。私の家もラウルさんと状況が似ていて、私の母が亡くなった後に愛人だった継母と義妹が家にやって来ました。ラウルさんと違うのは、虐められていたのが本家の娘の私だったこと。十歳の魔力鑑定で火属性が出なかったので、そのまま森に捨てられました」
正直に言うと、ラウルたち三人は驚きと動揺で目を見開いた。
「なんだって……!? そんなことは聞いていない。アークライト伯爵は家出した娘を心配し、捜索した。君の祖父君であるウェントゥス侯爵も心を痛めて、捜索隊を出したよ。それでも見つからず、生存は絶望的と言われていたのに」
「父は私を疎んでいたけど、外面のいい人でしたから。『火属性ではなかった娘が絶望して家出した』とか、なんかテキトーなことを言ったのではないかと思っています」
「…………」
ラウルは黙った。表情からするに、当たらずと言えど遠からずか。
しばらくの沈黙の後、彼は質問してきた。
「……では、どうして北の辺境にいるんだい?」
「最初は単純に道に迷ったからです。王都を目指していたはずが、北に来てしまいました」
「しかし王都からここまでは百五十マイルはあるぞ。とても子供の足で歩けるものではない。そもそも、あの森は魔物が多く徘徊している。自力で生き延びたとは信じられない」
「私の魔法は少々特殊で」
私は考えながら、慎重に口を開いた。
ラウルは悪人ではなさそうだが、この段階で信頼はできない。
「おかげで森で生き延びて、北にたどり着きました。その後はこのヴィオラや他の仲間に助けてもらって、今日まで生きていたんです」
「にわかには信じられないが。君という人間が目の前にいて、そう言っている以上は信じざるを得ないか……」
ラウルは難しい顔で腕を組んだ。
「しかも君たちは、ドラゴン肉とウロコの商売をしているのだろう?」
「あ、知ってました?」
「冒険者ギルドで噂を聞いて、家に戻ったら応接室に人がいたので聞き耳を立てた。姿は見なかったから、カミラを助けてくれた時にすぐに気づかず失礼した」
「いえ、それはいいですけど。冒険者ギルドで噂になっていたんですか?」
口止めしたはずなのに、早速破られてるぞ。
そう思ったのだが、ラウルは首を横に振った。
「ドラゴンの話は漏れていない。ただ大きな話が持ち込まれた、というくらいだ。それがドラゴンであることはもちろん、商人の名前も出ていないし、それほど注目を浴びていたわけではない。俺がドラゴンと気づいたのは、父たちとの話を聞いたからだよ」
ほう、そうか。
どの時点からラウルが聞いていたか知らないが、確かに私たちは冒険者ギルドの話も出した。
そこをきちんと結びつけてきた。
冒険者ギルドの噂も、大きく立っていたわけではないのに素早く仕入れてきた。
どうやらこの人はボンクラ無能と名高い父や義兄よりは、だいぶマシな頭の持ち主らしい。




