66:雪の宵の出会い
ドラゴンのウロコは後日、冒険者ギルドで鑑定書を作ってから引き渡すということになった。
肉も買取の契約書を作ってもらう。値段はすぐにはお互いに決めかねたので、目安だけ書いておいた。
「ああ、楽しみだわ。これであのお肉を好きなだけ食べられるのね。他の貴族たちにも自慢しなくっちゃ」
奥方がうっとりする横で、領主は腕を組んだ。
「シチュー以外でも、新しいレシピを渡すように。パーティで見世物にするからな」
見世物とか言っちゃったよ、この人。見栄張りが大好きだと伝わってくる。
と、そうだ。一つ言い忘れたのを思い出して、私はヴィオラに耳打ちした。
ヴィオラは頷いて話し始めた。
「ご領主様、もう一つだけございました。竜の肉やウロコの素材の出どころが私どもだと、口外しないでいただきたいのです」
冒険者ギルドは口外しないと約束してくれた。
どこからか漏れる可能性はあるが、時間稼ぎにはなる。
領主は鼻を鳴らした。
「分かっておるわ。お前たちが狙われて肉を誰かに奪われては、わしの立場がないからな。わしから言うことはない。お前たちも口をつぐむように」
「はぁい」
奥方と息子が軽い口調で返事をする。若干不安なものの、まあいいか。
こうして話がまとまった。
私たちは手土産としてホワイトドラゴンシチューをの残りを(といっても二人前程度)プレゼントして、帰ることにしたのだった。
◇
屋敷の外に出てみると、もう辺りは薄暗かった。冬の日は落ちるのが早い。
大きな商談の後であるが、見送りはない。ご領主様は平民など見送らないのだ。
私とヴィオラは門に向かう。
その途中でふと気がついた。
この寒くて薄暗い中、積もった雪山の向こうに隠れるようにして誰かがうずくまっている。
雪の白と銀色に混じって、金色の髪の毛が見えた。
よく見ればそれは子供だった。今の私と大差のない、十歳になるかならずかの小さな女の子が雪の上で座っている。
彼女はお世辞にも厚着をしているとは言えなくて、真っ青な顔でガタガタと震えていた。
「ねえ、あなた! 大丈夫? そんなところにいたら、風邪を引いちゃうよ」
声をかけると、その子はのろのろと顔を上げた。ハシバミ色の瞳をした可愛らしい子だった。
でもよほど寒いらしい。唇が紫色だ。
「あ、あたし、お掃除で失敗したから……。罰を受けている、の」
声も震えている。
「お掃除で失敗? こんな小さな子を、いくら使用人でもあんまりでしょ。ほら、私の上着を着て」
上着を肩にかけてやると、少女は戸惑った顔になった。
「な、なんで……」
「なんでも何も。寒くて震えている子がいたら、助けるのが当たり前でしょう。ねえ、今お家に入ったらまた怒られる?」
「うん」
「そっか……」
どうしたものか。
私もヴィオラも平民で、大事な商談を終えたばかりだ。森近くの村人たちを思えば、正面切ってお屋敷の人に喧嘩を売るのは避けたい。
リスクはあるが、いっそ『暖』の霊珠を使うべきか……?
私が悩んでいると、少し遠くの建物のドアが開いた。少女がビクリとする。
「カミラ! カミラ、どこだ!」
青年の声がして、少女は小さく手を振った。
「ラウル兄様! ここです」
薄暗い中、雪を踏んで青年が近づいてきた。
年頃は領主の息子と同じくらい、十代後半か二十歳そこそこくらい。柔らかそうな茶色の髪に、カミラと呼ばれた少女そっくりのハシバミ色の目をしている。
ラウルという青年は私とヴィオラを見て眉を寄せた。
「誰だ、君たちは。妹に何をした?」
ずいぶんな言われようである。説明しようとしたら、カミラがちゃんと言ってくれた。
「ち、違うんです、お兄様。この人たち、は、あたしを助けてくれました。上着を、貸してくれて」
気の毒に、寒さで声が震えている。
「……そうだったのか。それはすまなかった」
ラウルはカミラを抱き寄せると、素直に頭を下げた。
「ええと。あなたたちは?」
兄妹だということは分かるが、立ち位置が不明だ。カミラは使用人のような扱いだったけど、ラウルの身なりは良い。
私の問いに彼は皮肉そうに唇を歪めた。
「俺はラウル。この家の次男で、いわゆる愛人の子だ」
私の横でヴィオラが身動きするのを感じた。
そういえば、そんな話を前に聞いていたような。
確か、領主の息子と一緒に王都の王立学院へ留学していたんだっけ?
「この子はカミラ。俺の両親ともに同じ妹だ」
それはつまり、やっぱり愛人の子ということか。視線を向けると、カミラは目を伏せていた。
「俺が戻った以上、妹を使用人扱いするなと言っておいたんだが。俺の言葉は使用人たちにとってすら軽いらしい」
ラウルは自嘲気味に笑う。カミラから私の上着を受け取り、自分のを着せてやった。
妹を抱きしめるように腕を回して、小さく息を吸い込む。
『炎熱と鍛冶の神ウゥルカーヌスよ。御身の鍛冶場の灯火を、ごくわずか、我が身に分け与えたまえ』
(……呪文だ)
ラウルの体がほんのりと熱を発した。
彼は上着を妹に与えてしまったが、発する熱のおかげで寒そうではない。
抱きしめられたカミラも顔色が戻ってきている。
「カミラ、家に戻ろう。ここは寒すぎる。……君たちもありがとう。俺たちに関わったと知られれば、面倒だろう。見つからないうちに行ってくれ。何も礼ができなくてすまない」
そう言ってふと、彼は私をまじまじと見た。
「待てよ……。銀の髪、紫の目。十歳の女の子。まさか君は、プリムローズ嬢か? 火属性で有名な、アートライト伯爵家の子」
「えっ?」
ものすごく久しぶりに聞いた実家の名前に、私は思わず固まった。




