65:交渉成立
ヴィオラが提示した情報を整理してみよう。
ドラゴンのウロコが本当にあるのは、冒険者ギルドの鑑定魔法で確認済み。
素材が傷ついて駄目になっている話も、ウロコに微細な傷が入っているせいで信憑性が高い。
また、ドラゴンの話は冒険者ギルドが知っているため、私たちの身に何かあれば領主が疑われる。
領主の自前の戦力でドラゴンの肉を持って帰るのは、まず無理。
仮に持って帰ってこられても、春になれば肉は腐る。
岩山に置いておけば万年雪で腐らないが、こまめに行き来できるような場所ではない。
さらに、一気に肉を大量に流通させるメリットは低い。値崩れが起きる。
一方でヴィオラは領主を優先するつもりで、値段も控えめ。レシピなどのおまけつき。
この前提の上で、領主はどこまで強硬手段に訴えるだろうか。
森近くの農民たちのためにも、可能な限り穏便に進めたいのだが。
それでも私たちの身柄拘束や尋問拷問などをやるというのなら、戦ってでも逃げなければいけない。
相手を殺さない程度に手加減して暴れて、ヴィオラを連れて逃げ出すんだ。
私は覚悟を決めて、背中の霊珠と魔道具にそっと魔力を流した。
「うぬぬぅ……」
領主が再度唸った。
唸って、やっと目を上げる。
かなり迷っている様子ながらも、口を開いた。
「ヴィオラとやら。お前はドラゴンの肉をわしに最優先で売るのだな?」
「はい。肉として良い部位を、ご領主様に最優先でお売りします。量は市場価格を壊さないよう、ご相談させてください」
「ドラゴンのウロコは残り何枚だ?」
「三枚です。冒険者ギルドに売った枚数と同じだけ、手元に残しておきました」
「それもわしに売れ。冒険者ギルドより安くだ」
(やれやれ。強欲親父だわ)
私は内心でため息をついた。
鑑定魔法まで使って品質を確かめた冒険者ギルドは、良心的だった。改めてそう思う。
ヴィオラは少しだけ困った顔を作ってみせた。
「構いませんが……、こちらは劣化したウロコです。それを伏せてさらに誰かに売った場合、ご領主様の名に傷がついていしまいます。ですので、鑑定書の発行が売却の条件となりますが、よろしいですか?」
「むうっ」
要するにヴィオラは、「私たちが売った劣化ウロコの品質を偽って市場に出したり知り合いに売ったりしたら、恥をかくのはあんただぞ」と念押ししている。
念押しして鑑定書を作っておかないと、売り先の誰かを騙した罪が私たちに降り掛かってくる。
領主は当然、「劣化など知らなかった。自分も騙された」と言うに決まっている。
もっとも、私たちは既に鑑定魔法付きで冒険者ギルドにウロコを売った。劣化を正直に申告して、だ。
領主が騙されたと騒いでも、客観的な証拠として冒険者ギルドの鑑定書が役に立つだろう。
領主は奥方と息子とヒソヒソ相談をして、しばらくして後、再度こちらを見た。
「仕方ない……。お前の言い分を聞き入れてやろう。とりあえず肉を、そうだな、四百ポンド。ウロコはあるだけ売れ」
おお、やった!
領主は無能で強欲と悪評高いけれど、それだけに下手なリスク(強硬手段)は避けて実利を取る方針にしたようだ。
まだ油断はできないが、とりあえず良かった!
ヴィオラと目配せする。彼女もホッとした様子だった。
「はい。承知いたしました」
四百ポンドの肉というと、ステーキなら千人前、シチューやカレーなら二千人前くらいかな。
冬の間は貯蔵庫で保管して、パーティとかで食べたり、近隣の貴族に売ったりするのにいい量だと思われた。
「その量の肉であれば、私のロバそりで運べます。手配しますね」
「忘れるな、ウロコもだ」
「ええ、もちろんです。冒険者ギルドとの取引では、この価格で引き取ってもらいました」
ヴィオラが今日結んだばかりの売買契約書を取り出すと、領主一家は目を剥いた。
「劣化しているのに、こんなに高いのか!」
領主が叫び、奥方は「私の化粧水が何本買えるかしら……」と呆然としている。
ヴィオラは続ける。
「ここから当然、勉強させていただきます。ただ、ご領主様。ドラゴンのウロコをできるだけ安くお譲りする代わりに、一つお願いを聞いてほしいのです」
「……なんだ。まだ何かあるのか?」
領主は顔をしかめたが、ヴィオラは気にせず続けた。
「私どもは、ドラゴン肉にぴったりのレシピを考案中です。それには肉以外の食材も必要になります」
「それは何だ?」
「今考えているのは、じゃがいもを使ったレシピですね」
ヴィオラが言うと、領主の息子が怪訝そうな顔になった。
「じゃがいもというと、あれか? 貧しい農民どもの食べ物で、土に埋まっている石ころみたいな芋か?」
ひどい言い方だな!
前世がじゃがいも名産地の生まれの私としてはムッとしたが、表に出すのは我慢する。
「ええ、そのじゃがいもです。私が他国を旅した時に聞いた話では、じゃがいもは育て方によっては良い野菜に育つということでした。それで、肉に合うレシピを閃いたのです。でも、この地域ではじゃがいもがあまり作られていない。それで、次の春からじゃがいも作りに力を入れたく存じます」
「はあ? それはまた、ずいぶんと気の長い話だな」
領主の息子が面食らっている。
「それでお願いというのは、森近くの農民たちの手を少しだけ貸してほしいのです。私どもが畑いじりをするのは、素人ですし人手の問題もあって難しい。だから農民たちの手で助けてもらえればと」
「ふん……」
領主は少し考えて、言った。
「まあ、構わん。ただしそれで麦の出来高に影響が出ても、税は一切免除しない。お前たちが税の補填をするというのなら、割高で請求する。それでよければ好きにしろ」
わあ、最後まで身勝手で強欲!
とはいえ、この強欲さのおかげでこちらの主張が通った面も否めない。一長一短だ。
でもこれで、じゃがいも作りは領主公認の事業になった。
「ありがとうございます、ご領主様」
私とヴィオラは深々と頭を下げた。
内心で舌を出していたのは、言うまでもない。
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