64:交渉
そもそも論として、どうしてドラゴンの肉を売るのかという話がある。
肉はさっさと領主にでも売払い、そのお金で他の安い食材を買って農民たちに売れば支援としては十分ではないかと。
それはそう。
でも問題は他にもある。
まず第一に、大量の肉を受け渡すとドラゴンの状態が傷だらけではないとバレるからだ。
あのドラゴンは私が倒した。致命傷は内臓を爆破した傷だ。
冷凍の劣化はあるとはいえ、それ以外はほぼ無傷である。
ドラゴンの全身に改めて傷を入れて偽装もできなくはないかもしれないが……ほとんどの素材が駄目になるほどの傷を、あの硬いドラゴンにつけるのはかなりの手間になる。
また、偽装を見破られないとも限らない。
冒険者ギルドで見た鑑定魔法の使い手であれば、見破ってくる可能性が高い。
そうなればドラゴンを倒した相手を含め、疑われる。
次に『冷凍』の問題。
霊珠の『冷凍』は霊珠でしか解除できない。解除してしまえば、春になれば普通に溶ける。
つまり領主だろうが誰だろうが、私以外にあの肉を長期保存はできない。
一度に大量の肉を受け渡せば、無駄にするのが確定する。
せっかくのお肉を腐らせるために売るなんて、もったいなくてやりたくない。
さらに、ドラゴンの肉は軽く解体してしまった。
あれほどの巨体、凍ってカチコチになっている肉をやすやすと解体するなんて、そいつは一体何者だという話に絶対なる。
まあなんていうか、初手からもう少し慎重に動くべきだったのかもしれない。悔やまれる。
けれどこうなった以上は、今の方向性でベストを尽くすしかない。
さらに問題はまだある。
仮に領主が武力行使せず、妥当な価格で肉を引き取ろうとしても、領主はそこまで経済力がないと思われる。
だって大型恐竜並みのデカいドラゴンだったから、肉だけでも相当なものなのだ。
ゾウの体重が最大で六トン程度というから、あれは間違いなくその数倍以上はある。肉にすると何人前なのか、未だに計算できない。
領主が自前の金貨で買いきれない以上は、他のどんな貴族や商人も買い支えは不可能だ。
王都の大貴族や大商人を呼べば話は違うかもしれないが、そこまで話を大きくしては本末転倒になる。
私もシルヴァも目立ちたくない、ましてやドラゴンを倒したなどと知られたくない。
知られてしまえば間違いなく、神殿勢力と敵対することになるだろう。
だからドラゴン肉を売った元手で他の食料品を買い込み、貧しい人々への援助と自立の手助けに回すのもなかなか難しい。
売るに売れない、と言った方が正しいか。
売れないのであれば、やはり手元で活かすしかない。
もっともドラゴンの劣化ウロコ三枚は売り払ったので、当面の元手としては十分だが。
あともう一つの問題は、仮にドラゴン肉を売って大金を手にしたとして、それでたくさんの食料を買えるのか? という話。
この世界は前世と違い、モノがあふれているわけではない。
農業機械や化学肥料がないため生産性は低く、物流が整っていないために遠くから物を運んでくることも難しい。
タンカーやトラックで大量運送できる前世とはわけが違うのだ。
となると、お金で食料を買うのは近隣からとなる。
農村を賄う分の食料を買い占めれば、必ずどこかにしわ寄せが来る。
誰かを助けるために別の誰かを飢え死にに追い込んでは意味がない。
そんな事情を飲み込んで、ヴィオラは答えた。
「ドラゴンの肉と残ったウロコも、ホワイトシチューなどの新しい料理も。ご領主様に最優先でお売りしたく存じます」
「ふん。当然だな。だから全部売れと言っている。その方が話が早いだろう」
「ですが、肉は相当に大量にあります。一度にお売りしてしまうと、腐ってしまいます」
「……む。それは」
領主は少し言葉に詰まったが、すぐに言い返してきた。
「冬の間は大丈夫だろう。凍っているからな。残りは干し肉にするとか、氷の魔法使いに依頼する手もある。謝礼が高いのが難点だが……」
「冬はもう折り返しです。また、冬の間は雪が積もって遠くまで移動はできません。今、ご領主様が肉を手に入れても、あまり儲けは出ないかと存じます」
「むむ」
領主がためらったので、ヴィオラはさらに言った。
「ご領主様ならご存知でしょうが、いくら貴重な品であっても、大量に流通すると価値が下がるものです。麦の豊作などがいい例でございましょう。大量に出回った麦は、市場で価格が下がってしまいます。そのせいで豊作なのに金回りが悪くなるのは、よくある話です」
「それは確かに、そうだ」
領主は渋面になった。
「ですので、ご領主様が最も多くの利益を取るには、少量の肉を珍しい料理のレシピとセットで売ることかと。他の貴族様たちに希少価値を見せつけながら、ご領主様だけが手にできる商品として売るのです。いかがですか?」
「……お前の言い分、一理あると認めてやろう。だが、やはり肉は私に一括で売るように。お前たちが保存している方法を、私が使えばいいだけの話だ」
うーん、欲深い。この欲深さを良い意味で領地の経営に活かしてくれればいいものを。
私腹を肥やしてばかりという評判だものね、この人。
ヴィオラは困ったように頬に手を当てた。
「それが。肉がある詳しい場所は私どもも知らないのですが、どうも森の奥深く、岩山の方のようなのです」
「何? あそこは確かに、ドラゴンが住む伝説があるが……。ドラゴン以外でも強大な魔獣が数多く住む土地だぞ。スノータイガーやら、ワイバーンやらだ! そんなのがウロウロしている岩山へ、お前の仲間とやらはどうやって行った?」
ここで領主の息子が口を出してきた。いかにも疑っている感じだ。
というかコタローの種族であるスノータイガーは、そんなに有名なくらい強い魔獣なんだ。
じゃああの子も大人になったら強くなるかな? 今から狩りの技術を教え込むべき? いや、今はそれどころじゃないけど。
ヴィオラは口調を変えずに答えた。
「仲間は腕の良い狩人なのです。少々の危険であれば、一人で乗り越えられます」
腕の良い狩人はある意味で私である。ドラゴンを仕留めたのも私だし。
領主の息子は不満そうに口を尖らせた。
「岩山は少々どころじゃないだろ」
「実際にどうやったのかは知りません。しかし仲間は岩山でドラゴンの死体を見つけて、肉とウロコを持ち帰りました。まるごと一頭の死体なので、かなり巨大です。ご領主様の兵士が岩山まで行って持って帰ってくるのは、かなり困難かと」
「ぬうう……」
領主一家は難しい顔で唸っている。
さあ、どう出る?




