63:領主登場
「まあ、これは……っ!?」
奥方は目を見開く。
「食べたことのない味だわ! なんて美味しいのかしら。この白いソースは何? それに、このお肉!」
奥方は貴族としてあるまじき勢いで、ガツガツと食べた。人のことは言えないが、ちょっとお下品。
一皿をあっという間に完食して、我に返ったようにお上品にハンカチで口元を拭っている。
「それは仲間が作り出した、ホワイトソースのシチューでございます」
ヴィオラが言う。
またしても『仲間』の安全弁を噛ませた上でだ。
「ホワイトソース?」
「ええ。後ほどご領主様のシェフにレシピをお伝えしましょう。価格は勉強させていただきます」
「ふん。無料ではないのね」
「わたくしどもも商売でございますので」
奥方は空になった皿をちらりと見て、言葉を続けた。
「では、肉はどうなの? 牛とも豚とも、食べたことのある魔獣とも違う味だったわ。強いて言えば鶏肉に似ているけれど、美味しさが比べ物にならない」
さすが貴族、なかなかグルメだ。
ヴィオラは微笑んだまま、いつものセリフを言った。
「ドラゴンの肉でございます」
部屋に沈黙が落ちた。
沈黙はしばらく続いて、奥方の大声で破られた。
「はあっ!? ドラゴン!? お前、貴族であるあたくしを騙すなど、罰を受ける覚悟はあるのでしょうね!」
「騙すなど滅相もございません」
ヴィオラは、今まで何度も説明したシナリオを繰り返した。
奥方は目をギラつかせて聞いている。
「……嘘ではないのね」
「はい。神々に誓って。証拠はこちらです」
ヴィオラは冒険者ギルドで売らなかったドラゴンのウロコを取り出して、テーブルの上に置いた。
「これはドラゴンのウロコです。ご領主様のお屋敷に来る前、冒険者ギルドに立ち寄りました。そこでミネルヴァ神の鑑定魔法を使ってもらい、本物だと確定しております。ただ、色々あって品質は下がっていますが」
「…………」
ドラゴンは全身が傷ついていて、無事なウロコはほんの十枚にも満たなかったこと。
うち三枚は冒険者ギルドに売却したこと。
このウロコも微細な傷が入っており、本来の強度よりかなり下がっていること。
ヴィオラは、嘘と本当を織り交ぜたシナリオを巧みに説明した。
ヴィオラの説明を聞きながら、奥方は無言である。
「……それでお前は、何がしたいのかしら。ドラゴンの肉とウロコなどという、とんでもないものを持ち込んで」
ようやく口を開いた彼女は、猜疑心に満ちた目をしていた。
ヴィオラは動じない。
「ドラゴンの肉は、まだ豊富にあります。貴族様方だけでは食べ切れないほどの量です。だから私どもは、森に近い村々に肉を売りました」
「はあっ!? あの貧しい村人どもに? ドラゴン肉の対価など、払えるはずがないでしょうに!」
「本来ならばそうですが、奥方様、商売とは商品の需要と供給で成り立ちます。たくさん肉があるので、さっさと売りさばきたいのです。多少、いえ、かなり安くても構わないと判断しました」
この辺は正直、ちょっと苦しい。
いくら肉が山程あるとはいえ、本当は貧しい人の口に入るような価値のものではないのだ。
だがヴィオラは押し切るつもりのようだ。言葉を重ねた。
「もちろん、農民たちへ売った肉はただ焼いたり煮たりしただけのもの。肉の部位も安い部分です。先ほどお出しした、特別なホワイトシチューは奥方様だけのものですよ」
「そ、そう」
奥方は少しプライドを取り戻したようだ。
「……話が大きくなってきたわね。あたくしだけでは判断できません。夫を呼ぶので、もっと詳しく話しなさい」
「はい、もちろんです」
さて。ここからが本番だ。
◇
続いてやって来た領主は、これまた尊大な人物だった。
年頃は四十代くらい。痩せこけた農村の領民たちと比べて、恰幅の良い体をしている。というか腹が出ている。
ついでに同席した息子も嫌な奴で、私たちを見下しているのを隠そうともしない。
こちらは二十歳手前くらいで、やはり太り気味の青年だった。
二人とも嫌味な目つきで私たちを見ていたが、ホワイトシチューを食べさせると美味しい笑顔になっていた。なんだかなあ。
「ヴィオラとやら。話は分かった。農民どもに肉を売ったのは勝手な判断だが、罪に問うほどではない」
「ありがとうございます。王国法では、獣の死体の肉は発見者の所有物になると記憶しております。ドラゴンの肉ではありますが、ご領主様の判断をあおぐ前に多少売っても良いかと思い、売ってしまいました」
「ふん、商人め。口ばかりは達者だな」
領主は少し考えた後、続けた。
「今までの分は不問とする。だがさすがに、ドラゴンの肉は貴重すぎる。私が全て買い取ろう。それでいいな?」
あ、やっぱり。肉を取り上げる気だ。
ヴィオラはすかさず言った。
「それが、肉を発見した仲間は私どもにさえ場所を教えてくれないのです。独り占めするつもりではないと思うのですが……」
「なんだと? では、その者をここへ呼べ。私自ら尋問して聞き出す」
尋問って、犯罪者じゃないんだから。いや彼の中では、自分が手に入れるべき肉を渡さない犯罪者みたいなものなのだろうか。
「あいにく離れた場所におります。連絡もつきにくいので、いつになることやら」
「……そいつは本当に仲間か? 貴様、私を騙そうとしているのではなかろうな」
「とんでもございません」
本当はめちゃくちゃ騙そうとしているけどね。
いいや、もっと本当を言えば嘘と真実を織り交ぜて都合の良い幻像を見せようとしているだけだ。
私は表情でバレないように、頭を下げた。
さて、何とかしてこの欲深そうな領主を言いくるめなければ。




