62:取引成立
ギルド長がヴィオラに尋ねた。
「ヴィオラさん。ウロコはあと何枚ある?」
「数枚程度です」
ヴィオラはぼかしてみせた。
「それ全部、冒険者ギルドに売ってくれるのか?」
「考え中です。今回領都へ来たのはウロコの取引の他、ご領主様の奥方に見せたい商品があったものですから。ウロコを冒険者ギルドに売れば当然、ご領主様の耳に届きますよね。その時にどうしてご領主様を通さなかったのかと言われても困りますので、少し手元に残しておこうかと」
「ああ、まあ、そうだよなあ」
ギルド長はガシガシと頭をかいた。
「だが、あんたみたいな独り身の女がドラゴンのウロコを持っていると知られれば、厄介な奴らが狙って来かねないぞ」
「ええ、ですのでまず冒険者ギルドに持ってきました。売却主の秘密は守ってもらえますよね?」
ヴィオラが笑いかけると、ギルド長ははあっとため息をついた。
「力は尽くすが、これだけの品だ。どこから話が漏れるか分からん。……いや、それでご領主様か。ご領主様に売却予定なら、下手に手出しはできないだろうからな」
「そういうことです」
どうやらヴィオラは、冒険者ギルドの組織力と領主の貴族の力を有象無象への盾として使うつもりのようだ。
とはいえ、これはこれで問題がある。
冒険者ギルドだけならともかく、領主が欲をかいて「残りの素材を全部よこせ。岩山のドラゴンの死体の在り処も教えろ」と強権で迫ってくる可能性もある。
その対抗策として「死体の場所を知っているのは仲間の一人だけ。ここにはいない」「ドラゴンの素材は大半が壊れていて、見た目に無事なものも微細な傷が入っている」というシナリオを作っておいたけど、どこまで通用するだろうか。
ドラゴンのウロコが高く売れてお金が手に入るのは嬉しい。これから貧しい人を助ける商売をするために、お金はいくらあってもいい。
でも余計な注目を浴びるのは困る。私とシルヴァは訳アリの身なのだ。もちろん狙われるのも困る。
綱渡りである。
それからギルド長とガイウス、ヴィオラはドラゴンのウロコの値付けの相談を始めた。
だいぶ時間がかかったけれど、そのうち落としどころが見つかったようだ。
「じゃあ、三枚でこの値段だな。これなら今のギルドの手持ちで支払える。やれやれだぜ」
ギルド長が息を吐きながら立ち上がった。疲れた顔だが嬉しそうでもある。
「金貨じゃ重すぎて大変なことになるからな。手形でいいか?」
「ええ。現金を持ち歩くのは不安ですし、手形でお願いします」
「じゃ、すぐに手配する」
ギルド長は部屋を出ていった。
ガイウスは相変わらずドラゴンのウロコを撫で撫でしている。よほど気に入ったようだ。
なお手形というのは銀行口座の証明書みたいなもので、その書類があれば各地の冒険者ギルドでお金に引き換えられるそうで。
この国に銀行はないけれど、こうして各ギルドが役割を代行しているようだ。
少し待っているとギルド長が戻ってきた。事務員らしい女性がついてきている。
「これが売買契約書だ。ここにサインを頼む。これは受領書」
「こちらが手形です」
金額が金額なので、書類は何枚もあった。
ヴィオラはしっかりと内容を確認してサインをし、最後に手形を受け取った。
「よし。契約成立だ。冒険者ギルドは顧客を裏切らない。だが気をつけろよ、このウロコが市場に出れば当然噂になる。いつ狙われるか分からん」
「ええ。肝に銘じておきます」
ヴィオラはギルド長と握手をした。
こうして私たちはかなりな大金をゲットして、ついでに布石も打てたのだった。
◇
冒険者ギルドでの取引を終えた私たちは、領主の屋敷を訪れていた。
取引で時間を取られたので、もう午後になっている。
領主の屋敷は町の中央にあり、小さなお城のようである。
門衛がいる場所まで行って、ヴィオラは身分証を示した。
「本日は奥方様に新しい商品を持ってまいりました。以前の化粧品も持参してございます」
「ああ、いつもの商人だな。いいぞ、通れ」
意外にあっさり通してもらえた。
これもヴィオラが築き上げた人脈のお陰だろう。
応接間に通されてしばらく。豪華な扉が開いて、ゴージャスな人が入ってきた。
いかにもザ・貴族という感じの着飾った御婦人だ。
年の頃は四十そこそこくらいか。厚化粧で若作りをしているのが見て取れる。
私とヴィオラが立ち上がって礼の姿勢を取ると、奥方は偉そうに頷いた。
「今日は新しい商品を持ってきたと聞いたわ。何かしら?」
挨拶も何もなく本題に入ってくる。
「珍しい料理でございます。その名も『ホワイトシチュー』です」
「料理ぃ? 化粧品やアクセサリーではないの?」
奥方はあからさまに顔をしかめた。
私は構わず、小分けして冷凍したシチューを差し出した。なお、霊珠としての『冷凍』は『解除』済みだ。
「これは、鍋で煮溶かすだけですぐ食べられるようになっています。食材も珍しいものを使いました。是非ご賞味ください」
「今すぐ味見しろと?」
「もしお気が向きましたら」
「ふうん」
奥方は私が差し出した冷凍シチューを、扇で叩いた。コンコンと音がする。
「まあ、いいわ。お前がそこまで言うのであれば、食べてみましょう。……ただし、不味かったら罰を与えます。そのつもりでいなさい」
「承知いたしました」
勝手な言い草だが、ヴィオラは優雅に礼をした。私も慌てて真似をする。
奥方が使用人を呼んで、シチューを持たせた。
「これを厨房へ持っていって、鍋で温めなさい」
「はい」
その場で食べてくれるとは、ちょっと意外だ。
貴族はもっと警戒心が高いかと思ってた。平民が持ち込んだ食べ物など食べられるか! と。ほら、うちのクソ父みたいに。
ヴィオラの信頼度が高いのか、この人がいい加減な性格なのか。あるいはお腹が減っていたとか?
まあ、話が早くて助かるから黙っておこう。
使用人が戻ってくる間は、ヴィオラが化粧品のお披露目をしていた。
どうやらシルヴァが採取した薬草を組み合わせて、お肌のお手入れ用の化粧水やクリームを作っているようだ。
奥方はそれらを手に取って、満足そうにしていた。
やがて使用人が戻ってくる。
お高そうなスープ皿にシチューが盛り付けられている。当然のように私たちの分はない。別にいいけど。
「へえ。匂いは悪くないわね……」
奥方はスプーンでシチューをかき混ぜた。
肉を発見し、ホワイトソースと一緒にスプーンに乗せる。
はむりと食べた。




