61:冒険者ギルド
翌日、朝のうちに、ヴィオラと私は冒険者ギルドを訪れていた。
この国の冒険者は日雇いの何でも屋みたいな人たちで、雑用から魔物退治まで何でもやる。
身分は低く、平民がほとんどを占める。
立場が弱いためにギルドを作って、お金持ちや貴族相手にもある程度の交渉力を持つようになった。
「領主の館の前に冒険者ギルドなの?」
私が聞くと、ヴィオラは頷いた。
「ええ。こちらも根回しですね」
冒険者ギルドの扉を開けて、中に入る。
受付が奥に、手前にはテーブル席がいくつかあった。
いかにも腕っぷしが強そうな男たちが何人か、テーブルで酒を飲みながら談笑している。
彼らは若い女性であるヴィオラと子供の私を物珍しそうに見たが、特に何も言わなかった。
ヴィオラは奥の受付に向かった。
「あら、ヴィオラさん。こんにちは。今日は何のお取引ですか?」
受付のお姉さんが愛想よく対応してくれた。
私は小声で聞く。
「冒険者ギルドとも馴染みなの?」
「はい。地方の村に寄ると、現地の猟師から毛皮などを仕入れますからね。動物や魔物の素材は冒険者ギルドに売るのが一番間違いがないんですよ」
なるほど。
そして今回私たちが持ち込むのは、例のアレだ。
「別室に通していただけませんか? なかなか高価な品物なので」
「了解ですよ」
お姉さんは立ち上がって、応接間に案内してくれた。
しばらくすると中年の男性が入ってくる。彼はギルド長と名乗った。
「ヴィオラさんが高価と言うからには、良い品物だな? 見せてくれ」
「はい。これです」
ヴィオラは布に包んだものをテーブルに置いた。コトリと小さな音がする。
ギルド長はそれを手に取って布を剥がした。
中に入っていたのは、きれいな緑色のウロコが三枚。大きさは大きめで私の手のひらほどもある。
「これは……?」
ギルド長が眉を寄せた。
一枚ずつ手に乗せて、光に透かしたり虫眼鏡を近づけたりしている。
「なんだ、これは。見たことのない素材じゃないか。バジリスクでもアイスリザードでもない。強いて言えばワイバーンに似ているか……?」
「さすがギルド長。それはドラゴンのウロコですよ」
「は?」
ヴィオラがさらりと言うと、彼は絶句した。
「……は? ドラゴン? ドラゴンって、あのドラゴン?」
「そうです。あのドラゴンです。最強の魔獣」
そこでヴィオラは、例のシナリオ――私たちの仲間が岩山でドラゴンの死体を見つけた、という話をした。
ギルド長はしばらく黙り込んでいたが、部屋にあったベルを鳴らして人を呼んだ。
「ガイウス先生を呼んできてくれ」
しばらく後にやって来たのは、三十歳前後の猫背の男性だった。
上等な布の長衣を着ている。手にはカバンを提げていた。
「ガイウス先生。このウロコを鑑定してください」
「構いませんよ。しかしわざわざ私を呼ぶとは、よほど貴重な品と見える」
ガイウスはテーブルにウロコを並べると、興味深そうに眺めた。
手に持って目に近づけたり、カバンから虫眼鏡を取り出してよく見たりしている。
そのうち満足したのか、彼はウロコをテーブルに戻した。
そのウロコに手をかざし、目を閉じてすうと息を吸い込む。
『叡智と技巧の神、ミネルヴァよ。御身の聡明なる眼差しで、このものの秘密をつまびらかに示したまえ』
(……あれは呪文だ! 魔法の呪文!)
言葉こそ普段使っている標準語だったが、言葉に籠る魔力の密度が違う。
この人は魔法使いで、鑑定というのは魔法のことだったのか。
ガイウスの手元が淡く光る。
十秒ほどの沈黙の後、彼は弾かれたように目を開いた。
「なんと。これはドラゴンのウロコです!」
「本当だったのか……」
ギルド長が言ってヴィオラを見た。
「あんたが意味のない嘘をつくとは思わんが、ものがものなんでな。鑑定を頼んだ」
「ええ、分かっています。むしろこれではっきりしましたね。ガイウス先生、それはドラゴンのウロコで間違いないですが、問題もありますよね?」
「うむ。このウロコは目には見えない、虫眼鏡でも見えないほどの微細な傷が多数入っている。本来のドラゴンのウロコと比べれば、強度は三割ほど下がっているでしょう」
鑑定の魔法はそこまでちゃんと分かるものなのか。
「どういうことだ?」
ギルド長の疑問に、ヴィオラはドラゴンが傷ついた状態で死んでいたこと、凍りついていたことを説明した。
「ですので、見た目にも無事なウロコはこの三枚とあとは数枚だけです。牙や爪は折れて無数のヒビが入っていました。そのウロコも完全に無事だとは思えなかったのですが、鑑定ではっきりしましたね」
ヴィオラは冷凍の劣化については言わなかった。この世界では知られていないことだ。
それに微細な傷の存在は、「ドラゴンは傷ついていて、ウロコもほとんど使い物にならなかった」という私たちのシナリオを補強してくれる。
「ううむ……。こりゃあどうしたもんかなぁ」
ギルド長は難しい顔で腕を組んだ。
「強度が三割減なら、お値段も三割減でどうですか?」
試しに私が口を出すと、困った顔をされた。
「あのな、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはまだ小さいから分からんだろうが、ドラゴンのウロコだぞ。滅多に出回らない逸品だ。相場なんてあってないようなもんだよ。三割減と言うが、そもそも値付けが非常に難しい」
「それにしても惜しいですねえ。微細な傷さえなければ、値段は天井知らずだったでしょうに」
ガイウスがうっとりとドラゴンのウロコを撫でた。
「高位騎士の武具はもちろん、我が神ミネルヴァの加護を受けた工芸品などにも最適な品ですよ。強度が三割減っているとはいえ、それでもワイバーンなどより優れていますし」
飛竜、下位のドラゴンであるワイバーンは、相当な希少種ということだ。
いやあ……あの時は勢いで戦ってしまったけど、当時の私がどれだけ危ない橋を渡ったのか実感できる。これはシルヴァが怒るのも無理はない。




