58:小さな魔法
「別に追われていないよ。私が行方不明になった当初は、実家が形だけ探していただろうな、というだけ」
消えた娘を探すポーズくらいはしておかないと、世間体が悪いだろう。
あからさまに放置すれば、お母様の実家である侯爵家も不審の目で見てくるに違いない。
その辺の追及をかわすために、うまいことやったと思うのだ、あのクソ父は。
王都からこの北の土地までは、街道を通っても一ヶ月はかかる距離である。
間に別の貴族の領地を挟んで、噂なども届きにくい。
だいたい、私が森に放り込まれてからもう何か月も経っている。
今でも探しているとは思えないし、そもそもこの土地まで捜索情報が回っているとは思わない。
「というわけで、大丈夫。別に目立つようなことはしないし」
「そうか……。目立たないというのは、大いに疑問が残るが」
シルヴァは複雑そうな顔ながらも頷いた。
「じゃあ、急いで貴族用のレシピを考えるね。何ならそれを作って『冷凍』して持っていこう」
話はまとまった。
◇
野菜や乳製品をロバそりの荷台に積み込んで、一度、岩山のドラゴン肉がある場所まで戻ることにした。
野菜は岩山の倉庫(という名の洞窟)に保存する予定だ。
寒い今の季節であれば、『冷凍』は必要ないだろう。天然の冷蔵庫である。
肉料理の時は何往復もしたけれど、今回は二、三往復で全部運べそうだ。
「霊珠の漢字は『悠』でもいいんだけど。せっかくだから、少し違うのを試してみたい」
『軽快』の『軽』などどうだろうか。安定はしつつ『悠然』よりはスピードが出そうだ。
「『軽』『飛』『行』!」
試しに『翼』を抜いてみる。
背中に装着した魔道具の霊珠が光を放った。
「お? 悪くない、けど」
トンと地面を蹴ると、私の体が軽やかに空へ舞い上がった。
びゅう、と耳元で風が鳴る。
スピードもそこそこ出るし、安定感もある。ただ『翼』がある時の方がずっと小回りが効くというか、かなり便利な感じがする。
「飛ぶという行為は、翼と強く結びついている。鳥もそうだし、空を飛ぶ多く神の多くも翼を持っている」
シルヴァが言う。
「つまり、飛ぶという概念と翼はセットになっているんだろう。お前の霊珠は概念が強く働く魔法だからな」
「なるほど。翼はただの飾りではなかったのね」
『翼』一文字では飛べないが、『飛行』と組み合わせるにはベストな文字ということか。
そういうことなら使うことにしよう。
「『翼』!」
霊珠に文字が刻まれると、背中の魔道具から光り輝く大きな翼が現れた。
このままでは目立って仕方ないので、ぐっと意志を込めて小さく光らなくする。
最初の状態では片翼二メートル以上あったが、今は三十センチ程度だ。キューピットという感じ。
小さくしても特に性能が変わらないのだから、最初から小さい状態で出てくればいいのに。
(あの魔王と仲の良い女性の趣味だったりして)
光り輝く翼とか、いかにも好きそうである。
「さあみんな、背中に乗って固定してね」
野菜を積み込んだ荷台に『軽』を付与して紐で固定し、乗ってもらった。
前回の空の旅の時は、まだ冬の初めだった。今の季節は真冬へ変わっている。
雪がちらついていて風はかなり冷たい。特に今回は『悠』よりもスピードを出すので、体温が奪われそうになる。
「これは『暖』も使った方がいいかな」
「いや、待て。そのくらいなら僕がやる」
背中のシルヴァが言った。言葉と同時に彼の魔力が巡るのが分かる。
そして。
ふわり、と。優しい暖気が背中に生まれて私を包み込んだ。
「これ、シルヴァの魔法?」
「そうだ。これを見ろ」
彼は私の背中から飛び降りて、新しく作った杖を見せてくれた。
複雑な回路といくつかのカラの霊珠が嵌め込まれた杖は、なめらかに魔力を循環させている。
魔力は暖かな空気を生み出して、みんなを温めてくれた。
「霊珠に文字を入れていないのに、魔法が使えるの?」
私が驚くと、彼はニヤリと笑った。
「そうだ。文字を入れれば霊珠は砕けるが、僕の杖の中で魔法を使っても壊れることはない。ただ魔力が巡るだけだ。神への祈りは必要なく、僕の意志に応じて効果が出る。お前の漢字と同じように」
「すごいじゃない! エコだよ!」
「まあ、その代わり効果は漢字よりも低い。暖気の魔法もお前ほどの暖かさではないし、範囲も狭い。僕自身の魔力も相応に消費する」
「それでもすごいよ。漢字と似たような効果ということは、工夫次第で色々なことができるもの」
「まあな。お前のお陰だよ」
シルヴァは嬉しそうだ。
かつて「ハーフエルフは魔法的無能」と自嘲していた彼が、遂に力を手に入れた。
私のお陰と言うけれど、魔族の技術を長年研究していたのは彼自身。新しい技術を見つけてきたのはご両親。
努力と想いが報われたのだと思うと、私まで嬉しくなってしまった。
弾む心のままに、もう少し体を浮かせる。
「よし。それじゃあ寒い中を飛んでも平気ね。行くよー!」
「おい、待て! まだ僕が乗り込んでいない!」
シルヴァは慌てて荷台に飛び乗った。
最初の時は飛行を怖がっていた彼だが、だいぶ慣れたようだ。
「うわぁ……。高い。怖い」
少し高度を上げると、背中からそんな声が聞こえてくる。……慣れていなかったようだ。
「怖くないでしょう。ほら、岩山の稜線がきれいに見えますよ」
「見たくない! 怖い!」
「ミャー」
「やめろコタロー、動くな! バランスが崩れる!」
ロバの声がしないのは、今回も卒倒したからかな。合掌。
こうして私たちは、半月ぶりに森へと戻ってきたのだった。
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