56:トラブル
今後もドラゴン肉を平民相手に薄利(というかほぼ赤字)で売って、貴族相手にはしっかり儲ける。
いよいよ目をつけられそうになったら、遠くへ逃げよう。
この国は国としては広いけれど、地域ごとに自治が行われていて自由度が高い。
遠くまで逃げてしまえば、追手が来ることも少ない。
話しているうちに荷物の積み下ろし、積み込みが終わった。
「さて。それじゃあ次の村へ行きましょうか!」
「おー!」
「ミャー!」
私の掛け声に、みんながそれぞれ返事がする。
肉の商売はまだ始まったばかりだ。
◇
二つ目、三つ目の村では商談を問題なく終えられた。
みんなドラゴン肉の美味しさに驚き、野菜という対価の安さに驚いていた。
そのうち一つの村ではしっかりした倉庫があったので、その分野菜を多めにもらう。もう片方は納屋を作ってもらうことにした。
ある村はヴィオラの生まれた村だった。
けれど彼女は口をつぐんで、誰が親なのか教えてくれなかった。
それでも商売は他の村と変わらず公平に行ったので、これが今の彼女の妥協点なんだろう。
トラブルは最後の四つ目の村で起きた。
村長との交渉はきちんと終わったのが、村を出てしばし。
『探』の霊珠を使うまでもない。殺気を丸出しにした気配が複数、ロバそりの後をついてきたのだ。その数、五人ばかり。
「姉ちゃんたちよ。本当にあの肉がドラゴンだっていうのか?」
毛皮のコートを着込み、フードで目元以外を隠した男が言った。
私たちが答えないでいると、同じような格好をした他の男も前に出た。手元には鎌の刃が鈍く光っている。
「独り占めは良くねえよなあ。肉の在り処を教えろよ。みんなで仲良く分けようぜぇ?」
仲良くとか言っているけれど、脅して奪い取る気まんまんである。
予防線として張っておいた『仲間だけが在り処を知っている』設定も役に立たなかったようだ。
(そう言われてもね)
私は内心で肩をすくめた。あの肉は岩山に置いてあるので、まずあそこまで行くのが一苦労。
次に霊珠の概念上の『冷凍』がかけられているため、通常の手段では解凍は不可能。
冷凍状態ではカチコチだから、切り分けるのも普通の包丁じゃまず無理。
三重苦どころか何重苦の状態なのだ。とても普通の人に扱える代物ではない。
おまけに下手に独り占めしたら、近隣村と貴族たちの怒りを買うこと請け合い。何もいいことがない。
なので、彼らの身の安全のためにも穏便に引いてもらおう。
どう説得しようかな、と私が考えていたら。
スッと前に出た人がいた。ヴィオラだった。
「お兄さんたち。悪いことは言いません。あの肉は扱いが難しいのだから、取引分で満足するのが一番ですよ」
「生意気な姉ちゃんだな。俺らはいつでも食べ物が足りなくて、飢えているんだ。子供らに腹いっぱい食べさせたいと思うのが、そんなに悪いか?」
そう言われると心が痛む。
けれどヴィオラは少しも同情した様子を見せなかった。
「それはどこの村でも同じことです。私たちは儲けが出ないことを覚悟して、村を回ってきた。生意気はどちらですか? 今すぐ大人しく帰るなら見逃します。さあ、どうぞ」
「…………ッ!」
あくまで優雅で落ち着いた彼女の態度を、挑発と感じたのだろう。
男たちがさらに一歩踏み出した。鎌や鍬の刃がギラリと光る。
私たちが女子供と少年しかいないと思って、見下しているのが伝わってくる。
「あら。いけませんね」
ヴィオラは無造作に歩を進めた。さく、と足元で雪が鳴る。
彼女はいつの間にか、剣を手にしていた。
「やっちまえ!」
男たちは獲物を振り上げた。
私は霊珠を握る。
が、ヴィオラは目線で制止した。ここは任せて――と言っている。
そして。ヴィオラは疾走した。
体重を感じさせない軽やかさで、わずかに粉雪を舞わせながら、素晴らしいスピードで男の一人の懐に潜り込んだ。
「ガハッ!?」
ヴィオラはショートソードを抜いた。短剣よりは大きく、兵士や冒険者が使うロングソードよりは小ぶりの剣だ。
その柄を男のみぞおちに叩き込んだ。
厚着をしてもなお、男はうめき声を上げて体を二つに折る。
ヴィオラは彼を蹴り飛ばした。ぱっと雪が舞って、男の体が地面に転がる。
「こいつ!」
掴みかかろうとする二人目をかいくぐって、剣で鎌を弾き飛ばした。
鎌は私の足元に飛んできたので確保しておく。
三人目も同様に制圧した。私は飛ばされた鍬を拾う。
「シャーッ!」
四人目は張り切ったコタローが飛び出してきて、足に噛みついた。悲鳴が上がる。
「ひいっ!? そんな馬鹿な……」
怯えた最後の一人が逃げ出そうとしたので、私は後ろへ回り込んだ。
『速』の霊珠を使っていなくても、先読みする時間があればこのくらいは動ける。
「喧嘩を売ってきたのに、逃げちゃ駄目ですよー」
拾った鎌と鍬を、彼の耳元でカチカチ打ち合わせてみる。
男はフード越しでも分かるくらい、ガクガクと震えていた。
荷物からロープを引っ張り出してきて、それぞれふん縛る。
フードを剥いでみれば、どこにでもいるような純朴な村人の男たちだった。
縛られ、雪の地面に押し付けるように座らされて、全員が顔色を真っ青にしている。
男たちを縛り終えたシルヴァが「なにこれ、怖……」と呟いていたが、ヴィオラも私も無視した。
「それで? 言い訳があるなら、最後に聞いてあげますよ」
ヴィオラが『最後に』を強調すると、男たちは震え上がった。
「す……すまなかった! つい出来心で!」
「あの肉があれば、うちの子が腹を満たせると思ったから!」
「病気の爺様に食わせてやりたくて!」
うーん。どれも嘘ではないのだろうけど、だからといって村長と結んだ取引を無視して強奪しようとするのは良くない。
「言いたいことはそれだけですか?」
ヴィオラは微笑んだ。雪が舞い散る外気よりも冷たい笑顔だった。
「じゃあ、死にましょうか」
「ちょ、ちょっと待って!!」
あまりにも軽やかに言うので、私は慌てて間に入った。




