55:次の展望
ロバそりの荷物はすっかりはけてしまったので、一度丘の倉庫へと戻る。
道すがら、もらった野菜を確かめてみた。
虫食いだらけのキャベツも、何枚か葉っぱを剥いていけばきれいになる。
干からびたニンジンと大根も、小さめに切って熱を通せば十分食べられそうだ。
じゃがいもも少量もらってきた。
ドラゴン肉の中で固くて食べにくい部分はミンチにして、ハンバーグにして、ポテサラハンバーグなどどうだろう。
前世では庶民の食べ物だけど、この国であれば貴族の料理でも通用するかもしれない。
「あ、でも、マヨネーズがない」
ポテサラ用のマヨネーズを作るには、新鮮で汚染されていない卵が必要だ。
日本の卵がナマで食べても問題ないのは、高度に衛生管理がされているからだ。
思い出すと前世の技術はすごかったな。
「まあ単にマッシュポテトでも悪くない……」
と呟いたところで、ふと思いついた。
『殺菌』なり『消毒』の霊珠を使えば、生卵から病原菌を取り除けるのでは!?
マヨネーズは卵と塩、酢、油があればできる。どの材料も手に入れるのは難しくない。
そして作ってしまえば、常温でも二週間程度は置いておける。寒い今なら一ヶ月だ。
「どうした、プリムローズ。ニヤニヤして気持ち悪い」
シルヴァが失礼なことを言うが、マヨネーズの可能性に気づいた私は気にしなかった。
「ううん、別に。次の農村では野菜以外に卵ももらえると嬉しいなって」
「卵ですか。先ほどの村でもニワトリを飼っていましたから。交渉次第でしょう」
ヴィオラが言った。
「やっぱり卵は価値が高い?」
「野菜よりは高いです。卵は栄養があるので、病人やお年寄りの療養食になっている場合が多いですね」
「へぇ~」
そんな話をしながら、丘の斜面に作った倉庫で野菜を降ろし、肉を積み直した。
念のため『探』の霊珠で周囲を探っておいたが、ロバそりの後を付けている人や待ち伏せしている人はいなかった。
肉はざっと八百食分くらいある。
近隣村の人口は平均して五十人程度、数は四つ。四つの村に二百食ずつ渡す予定だ。
一ヶ月で五十人に対して二百食なので、決して十分ではない。
だが、飢え死にを防ぐことはできるだろう。
冷凍ドラゴン肉を馬車に積み込みながら、ヴィオラが言った。
「四つの村は半月もあれば回れるでしょう。その後はまた料理を補充。その間に私は領都へ行って、ご領主様の一族に根回しをして来ます」
「ヴィオラ、大丈夫? 貴族は人にもよるけど、横暴な人は本当に横暴だから」
「大丈夫ですよ。ご領主様の奥様とは、数年の付き合いがあります。シルヴァの薬草を加工したものを、美容液として愛用している人です。ひいきにしてもらっていますから、いきなり乱暴なことはされないかと」
「今の領主はどんな人物なんだ? 四十年前の領主は可もなく不可もない、平凡な人間だったが」
と、シルヴァ。
するとヴィオラは薄く笑った。ちょっと怖い。
「一言で言えば『無能』ですね」
「ええぇ?」
あまりな言い方に、私は思わず声を上げてしまった。
「お金と名誉に目をくらませてばかりいる、愚かな人ですよ。おかげで領地の経営はおざなり。領都周辺はまだしも、少し離れると貧しい村ばかりです。開拓の指揮を取ることもせず、民には重税を課すばかり。これが無能でなくて何です?」
「いやあ……」
それはそうですね。
そのおかげで農民たちは飢えて、子供を捨てることすらある。
「じゃあ、領主の一族で有望そうな人はいるの? 奥様がしっかりしているとか?」
ヴィオラは首を横に振った。
「奥様も贅沢好きな典型的貴族です。領主には愛人がいるのですが、愛人とその子供をいじめ抜いているとか」
「あら。うちと逆ね。うちは愛人が優遇されてお母様と私がいじめられていたけど」
「そんなケースもあるのですね。聞いているだけで疲れます」
「本当にな」
「フミャ」
シルヴァと、ついでにコタローもため息をついた。
「奥様に子供はいないの?」
「いますよ。ボンクラ息子が一人」
「…………」
領主本人は駄目なやつで、奥さんも典型的な悪い意味での貴族で、息子はボンクラ。救いがない!
「ちなみに、愛人の子はボンクラ息子と同年代の息子が一人、まだ小さい娘が一人です。彼らがどういう人間なのかは、良く分かりません。領主の家に商売で入っても、奥様が決して愛人たちを表に出そうとしなかったので」
「なるほど。噂とかもなし?」
「ほぼ聞きませんね。使用人へ箝口令が敷かれているようです。唯一聞いたのは、ボンクラ息子と同時期に王都の王立学院へ留学したということくらい。兄の従者のような扱いだったようですか。……そう、確か名前は『ラウル』様です」
王立学院か。
あそこはこの国では有名な学校で、一部の学科は平民にも門戸が開かれている。
優秀な成績を修めれば、身分に関係なく就職に結びつくと言われている。あくまで建前上は。
ヴィオラは続けた。
「私としては、奥様経由でドラゴン肉を売り込むつもりです。既に平民に出回っているのは、毒見役にしたとでも言っておきましょう。そうして特別に付加価値をつけた料理を売り込む」
彼女は言いながら、もらってきたじゃがいもを手に取った。
「じゃがいもも、彼らのプライドを刺激しない形で売り込まないと。プリムローズやシルヴァの存在は隠して、農民たちが試しに作付けを増やしてみた……というようなシナリオにできるといいのですが」
「領都の役人は村を回ったりしないの?」
「税の取り立ての時以外は、ほぼ来ませんね。何か問題が起きて農民が領都へ陳情に行っても、大抵は追い返されます。最近は村人たちも諦めています」
ひどい話だ。だが付け入る隙もありそうである。
じゃがいも栽培が一年、二年で軌道に乗れば、既成事実になる。
村人が豊かになれば税収も増えるのだから、領主は表立って文句を言わないだろう。
それまでの食糧不足は、ドラゴン肉で乗り切る。
今回は八百人分もの焼肉と角煮を作ったけれど、ドラゴン肉はそれほど減ったように見えない。
この分なら長持ちするだろう。




