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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第4章

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54/64

54:最初の取引、終了

 村長の息子は村長夫妻の前に出て、両親を庇うように言った。


「農村の暮らしはギリギリだ。税になる麦を作るので手一杯で、自分たちが食べる野菜は少し作るのがやっと。その上じゃがいもを増やす? 納屋を建てろ? 手間だけ増えて腹に入るものがなかったら、本当に飢え死にだぞ!」


「それは大丈夫」


 私はきっぱり言った。ハッタリがいくらか入っていたのは否めないが、ここで弱気になったら信用を失うだけだ。

 前世、収穫期の他に土作りの時期もヘルプに入ったことがある。

 基礎的なことであれば、一通り教わった。

 じゃがいもの種類が多少違っても、ここが前世と違う土地であっても、あれがじゃがいもである限り通用するはずだ。


「じゃがいもを増やせば、食料事情はきっと良くなります。今はただ信じてとしか言えないけれど……」


「というか、ですね」


 ヴィオラが首を傾げた。


「ドラゴン肉の提供条件に、納屋建築も入れてしまいましょうか」


「それじゃ話が違うだろ!」


 村長の息子が文句を言うが、ヴィオラは優雅に微笑んだ。


「違いませんよ。じゃがいもを増やすには良い種芋の確保が必要。良い種芋にはしっかりした納屋が必要。先ほど村長さんは、じゃがいもを増やすのには同意してくださいました。ということは、納屋の建築もやるということです。解決ですね」


 村長の息子は言い返せなくて、口をパクパクしている。金魚みたいだ。

 隣ではシルヴァが小声で「詐欺。悪辣……」とか言っていたが、そんなことはなかろうなのだ。あくまで正当な取引である。


「では、これで取引成立です。村人の人数分、ドラゴンのお肉を用意します。とりあえずの対価に野菜やチーズをもらって、一ヶ月後にまた来ますので、それまでに納屋を作っておいてください」


 ヴィオラの言葉を引き継いで、私も続けた。


「種芋の選別は今、やってしまいましょう。腐っているのはより分けて、無事なのだけを袋に入れておく。無事な種芋は納屋ができるまでは、お家の片隅に置いておいてください」


「はあ、まあ、それは構いませんが」


 村長の妻は狐につままれたような顔だ。

 ヴィオラが言う。


「村長さん。人数分のお肉を渡しますから、管理と分配をお願いしますね。奪い合いや盗みが起きたら大変です」


「分かった。凍っているからな、うちの裏の雪に埋めておく。まあ、この村の人間は盗みはせんよ。万が一やったら袋叩きだ」


 さらっと怖いことを言いながら、村長は管理を引き受けてくれた。

 村長が独り占めしないかちょっと心配になったが、この人は村人からの信頼が篤いそうで。

 小さな村だから、お互いに協力しないと生きていけない。

 村長が独占したら、それこそ袋叩きだ。そこは信じることにした。





 こうして私たちは最初の商談を終えて、粗末な野菜類をゲットした。


「とりあえず上手くいったね」


 ロバそりに野菜を積み込みながら、私は言った。


「まさか、じゃがいもがあると思わなくて。アドリブで進めちゃったけど」


「いきなり僕に話を振るのはやめてくれ。焦ったじゃないか」


 シルヴァは渋い顔だ。


「でも、もしも本当にじゃがいもの栽培が軌道に乗って、食料不足が改善されたら……すごいことです」


 ヴィオラは考えながら言う。


「プリムローズは本物の救世主になるでしょう。……ただ、その場合は根回しが必要ですね」


「根回し? 誰に?」


「この一帯を治める貴族、領主様ですよ。突然現れた正体不明の子供が、食料事情を改善してしまった。こんなことになれば、領主様の面目は丸つぶれです。最悪じゃがいもは村人の手から取り上げられて、プリムローズは人心を惑わす悪魔として追われることになる」


「マジですか」


 私は思わず呟いた。

 ただでさえ霊珠というヤバい存在があるのに、上乗せされてはかなわない。


「困りましたねえ。私のご領主様への伝手をフル活用して、どうにか取り入るしかないでしょう」


 困ったと言いながらも、ヴィオラはどこか楽しそうだった。

 彼女のように飢えて捨てられる子供がいなくなるのは、私たちの共通の希望。叶えられるものなら全力で叶えたい。


 この願いは、ヴィオラにとっては過去の自分の救済に繋がる。

 無力だった子供の頃の悔しさを、大人になって取り戻せると言っていた。


 一方で私は……前世の子供たちへの贖罪だろうか。

 事故で死んでしまったせいで、親としてあの子たちを守ってやれなかった。大人になるまで一緒にいてあげられなかった。

 責任を果たせなかった罪を、この世界の子供たちを助けることで埋め合わせしようとしているのかもしれない。


 考えようによっては卑怯なことだ。

 前世の娘と息子への責任と、この世界の人助けは別物なのに、私だけが楽になるためにこんなことをしている。

 けど他に手段がない。

 目の前に飢える子供がいるのなら、一人でも助けたい。

 偽善であっても、本心からそう思っている。


 ヴィオラは続けた。


「食料改善の名誉は領主側に献上する羽目になるかもしれませんが、それでいいですか?」


「いいよ。私は飢える人が減ればそれでいい。じゃがいもが定着すれば、それは夢じゃないから」


「分かりました。では私は策を練っておきます。……私も本当に貧しさが減ると思うと、嬉しいですよ」


 最後の言葉は小さい声で呟くように言われたが、私にはしっかりと聞こえた。


「肉の商売のはずが、思ったよりも危ない橋だな……」


 シルヴァの嘆きは、ヴィオラの笑顔でさえぎられた。


「何を今更。私は最初からこうなると思っていましたよ。じゃがいもは想定外ですが、貧しい民に手を差し伸べるということは、貴族の政治に頭を突っ込むということですから」


「マジですか」


 私は再び呟いた。

 私はどうにも感覚が甘いらしい。

 前世では福祉活動が危険に繋がるなど思ってもみなかったし、生まれ変わってからも実家の狭い世界で暮らしていた。


「……私、何も知らなかったのね」


「僕もだ」


「あらあら。物知りのお二人が揃って何を言っているのやら。まあ、役割分担をしようではありませんか」


 ヴィオラはクスクスと笑ってロバの頭を撫でる。

 荷台の布の下からコタローが顔を出して、「ミャー!」と鳴いた。


「よしよし、コタロー。お留守番、偉かったね」


「ミャオ~。ゴロゴロゴロ……」


 喉を撫でてやると、コタローは気持ちよさそうにしている。

 そうして野菜と少々のチーズ、バターを積み終わり、出発の時が来た。


「ドラゴンの肉をありがとう。納屋は少々手間だが、一月後までに新しいものを建てると約束するよ」


 村長一家が見送ってくれた。


「ええ。次も必ず来ます。お貴族様への根回しも行いますから、どうか安心して」


 ロバが歩き出す。


 最初の村の取引は、こうして終わった。

 近くに村はいくつかある。次の村も順調に回れますように。


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