52:じゃがいもの可能性
「ドラゴンの肉なんていうすごいものを、お貴族様を差し置いて、あたしらが食べるなんて。お貴族様に知られたら、罰を受けちまいますよ!」
村長の妻は本気で怖がっているようだ。
手に持った食器をどう扱っていいのか、迷っているように見える。
「大丈夫です」
だから私は言った。
「貴族用には、特別な料理としてドラゴン肉を売る予定です。今、皆さんにお出ししたようなシンプルな料理ではなくて、もっと豪華でオシャレな料理です。ちゃんと差別化して売りますから、罰を受けることはありませんよ」
「そう……?」
村長の妻はそれでも疑わしそうな目で私を見る。
ただ、角煮の煮汁の誘惑に勝てなかったようだ。器の汁をずずっと飲んだ。美味しさについ顔がほころんでいる。
「で、本当に代金はクズ野菜やチーズでいいのかい? それ以外に出せるものはほとんどないが」
「ええ。野菜があれば、もっと料理ができますから。どんな野菜がありますか?」
「たいしたものはないですよ」
村長の妻と息子の妻が立ち上がり、土間の奥へ消える。少しして戻ってきた。
手に持っているカゴを覗き込むと、キャベツやニンジン、大根なんかの日持ちする野菜が入っていた。
ただキャベツは小ぶりで表面は虫食いだらけ。ニンジンと大根も干からびて小さい。
玉ねぎもやけに小ぶりで、皮が破れている。
その中で、私は一つの野菜に目を奪われた。
「これって、じゃがいも?」
しなびてシワシワで小さいけれど、じゃがいもに見える。前世は北海道民で、農業のヘルプもしていたのだから間違いない。
この世界は中世ヨーロッパ風だと思っていたけれど、じゃがいもがあるのか。
王都の実家では見たことがなかったので、驚いた。
「ああ、じゃがいもだ。すぐ傷んでしまうし、そうしたら毒になるしで、ろくでもない野菜だが」
「じゃがいもがろくでもない……?」
じゃがいもは栄養もカロリーもたっぷりな、食料不足地域の救世主のような野菜なのに。
「じゃがいもは長持ちするいい野菜ですよ。常温でも三、四か月は保つでしょう?」
私が言うが、村長は首を横に振った。
「そんな馬鹿な。すぐに緑色になって、芽が出るだろ。そうなれば食べると腹を壊しちまう」
じゃがいも毒か。
太陽に当ててしまうと、確かにそうなる。
けれど新聞紙に包んで――いや、この世界には新聞紙がないので布袋にでも入れて、太陽が当たらない地下室などで保存すれば長持ちするはずだ。
「畑に埋めても腐ることが多く、あまり増やせないんだよ。一応作っているが、良くない野菜だ」
と、村長。
(そんなことってある? ……いいや、種芋の管理が甘ければそういうこともあるかもしれない)
前世の農業は種・種芋の確保の時点で優れている。
農家であっても専用の種苗業者から種を仕入れて、それを使う。
専用の種や種芋はきちんと殺菌されていて、病気になりにくい。
逆に病気持ちの種芋を植えてしまえば、周辺の畑に病気が感染してしまいかねない。
……と、前世の職場の同僚で農家が実家の前田さんが言っていた。
彼女には収穫期のバイトを紹介してもらったりして、助けられたんだった。
私はカゴの中のじゃがいもを手に取った。ぶよぶよしている。
軽く握ってみたらなんか汁が出てきた。これは腐っている。
もう一つ手に取る。こっちは弾力があり、しっかりしている。大丈夫そうだ。
私はふと思った。
じゃがいもの栽培。
これがしっかり成功すれば、この地域の食料不足改善に役に立つのでは……?
じゃがいも栽培のノウハウは、基本的なものであれば私が知っている。前田さんが教えてくれた。
きっと、不可能ではない。
「今回は一通りの野菜をください。でもそのうち、じゃがいもがいっぱい欲しいですね。じゃがいもを増やすために、良い種芋を選別しておかないと」
「プリムローズ?」
ヴィオラが疑問の眼差しを向けてきたので、私は親指を立ててみせた。任せてくれ、の合図である。
「じゃがいもはしっかり育てれば、良い野菜ですよ。肉との相性もいいので、春以降に作付けを増やしてもらえれば」
「春? だが、ドラゴンの肉は春になれば腐ってしまうんだろう?」
村長が言うが、私は首を振ってみせた。
「……実を言うと、ドラゴンの肉はあの岩山の方で見つけた……と仲間が言っていました。あそこは奥に行けば万年雪が積もっているくらい、寒い山でしょう? だから春になってもしばらくは保ちます」
「何? あんたらは岩山まで行ったのか? あそこは危険な魔獣がたくさん出ると有名だぞ」
村長の息子が声を上げる。
「そこのシルヴァは薬師で、魔除けのお香を調合できます。だから魔獣に遭わずに冒険できました」
私がシルヴァを指し示すと、急に話を振られた彼は目に見えてうろたえた。
「えーっと、その、まあ何だ。冒険心旺盛な仲間のワガママに付き合っていたら、ドラゴンの死体を見つけてしまったわけだな」
棒読みだし、シルヴァも見た目は少年なんだけど。
でもどれも完全な嘘は言っていないのがおかしなところである。
「だから春を過ぎても、ドラゴンのお肉は供給できます。場所は内緒ですよ。魔除けがなければ危険な場所ですから」
これも嘘ではない。だから説得力がある。
「あ、ああ。我々村人は、岩山どころか森の奥にも近づかんよ」
村長は混乱した様子だ。
村長の妻も眉を寄せながら言った。
「それで結局、本当にこんな野菜であのお肉を交換してもらえるの?」
「ええ、します。とりあえずじゃがいも以外の野菜をもらっていきます。じゃがいもは、種芋として使うものをしっかり選別して、この村の倉庫で保管しておいてください。種芋と来年の作付けアップ。これを野菜以外の条件にさせてください。栽培方法は私が教えますから」
「あんたが?」
思い切り不審の目で見られた。まあ私の外見は十歳の女の子だから……。




