50:最初の村
【プリムローズ視点】
雪深い丘を下り、平原を進んでいくと、やがて行く先に村の建物が見えてきた。
雪に閉ざされているせいなのか、しんと静まり返っている。
村の周りは簡単な垣根で囲われていたが、積雪のある今は半ば雪に埋まってしまっている。
私たちは開いたままの門を通った。
周囲の家は、シンプルな板張りの小屋だ。それが一階の窓の半分くらいまで雪に埋まっていた。
前方に広場が見える。そこだけは雪かきされていて、子供たちが数人遊んでいた。
ところがその子たちは、私たちの姿を見るとパッと散って逃げていってしまった。
「逃げられちゃった」
「こういう小さい村は、外部の人の出入りがあまりありませんから。警戒されたのでしょう」
ヴィオラは気にした様子もなく、ロバそりを進めた。
広場の奥にある大きめの建物の前で足を止めて、扉をノックした。
「こんにちは、村長さん。お久しぶりです、ヴィオラです」
「……ヴィオラ?」
建物の中から、しわがれた声が答えた。
ギイ、と軋んだ音を立てて玄関扉が開かれる。
顔を出したのは、年配の男性だった。総白髪に痩せた体をしていた。
目は落ち窪んでいて、顔色がかなり悪い。
「おや、本当にヴィオラだ。ずいぶん久しぶりじゃないか。お師匠のパルムさんは元気かね?」
「ええ、元気です。秋口に会った時は、今年もこの地域の行商をすると言っていました」
「そうか、助かる。あの人のお陰で、毎年冬を乗り切っているからねえ」
パルムというのは私の行商人の師匠ですよ、とヴィオラは小声で教えてくれた。
どうやらここら一帯で人望のある人であるらしい。
お陰でヴィオラも一定の信頼を得ているのだろう。
「ヴィオラ、お前さんは独立以来、町の方を回っていると聞いていたが。今年に限って、一体どういう風の吹き回しだね。それにその人たちは?」
村長は私とシルヴァを不審そうな目で見た。警戒されている。
ヴィオラは微笑んだ。
「この人たちは、私の恩人です。私が今日ここへ来たのは、行商ですよ」
「行商ねえ。しかしうちの村は、見ての通り貧しい。品物の代金は、ろくに支払えないよ」
村長がそこまで言った時、部屋の奥からもう一人の人が顔を出した。白髪の老婆だ。どうやら村長の妻であるらしい。
「お前さんたち、いつまで戸口で話をしているのかね。外は寒いだろう。せめて中に入って、火に当たっていきなさい」
「おっと、すまんな。さあ入ってくれ」
「ありがとう」
というわけで、私たちはぞろぞろと村長の家に入った。
なお、ロバとコタローはお留守番である。コタローはこっそり荷物の中に入ってもらって、待ての姿勢だ。
中は案外広く、土間になっている。
土間の真ん中にはレンガ積みのかまどが据えてあって、火が焚かれていた。
火には鍋がかけられている。湯気が立っているが、中身はただのお湯だった。
火の回りには、まだ若い男女と子供がいる。村長の息子夫婦かな? みんな痩せている。
あまり歓迎されている様子ではなく、じろりと睨まれてしまった。
ついでに土間ではニワトリが走り回っている。コッコッコケーとにぎやかだ。
「ほれ、これを飲みなさい」
村長の妻が鍋からお湯をひしゃくですくって、錆びたマグカップに入れてくれた。
本当にただのお湯だ。お茶とかそういうものは贅沢品なのだとヴィオラが言っていた。
それでも寒い外を歩いてきた体には、ありがたい。
粗末なベンチを勧められたので、座る。
みんなで白湯を飲んで、体が温まった後。ヴィオラが切り出した。
「村長さん。私たちは新しい商品を用意してきました。――お肉です」
「へえ?」
村長が白い眉を片方上げた。
「残念だが、肉などという高価なものは買えないよ。今は手持ちの食料で、どうやって冬を過ごすか悩んでいるところだ。ヴィオラ、お前さんはしばらく町へ行っていたお陰で、この地域の貧しさを忘れちまったようだな」
「いいえ、覚えていますとも」
ヴィオラは首を振った。
「だからこそ肉を持ってきたのです。この肉を食べて、冬を乗り切って欲しい。そう考えました」
「しかし……、肉など買えんぞ。まさか施してくれるのかね? 商人であるお前さんが、自腹を切って?」
村長は疑いを超えて、はっきりと不審の眼差しを向けてきた。
ヴィオラはもう一度首を振った。
「施しはしません。私は商人であって、神殿の神官様ではありませんからね。ですが、この肉はひょんなことで手に入れた、元手のかかっていない肉なのです。しかも大量にある。そのままにしては腐ってしまうだけです。だから格安で、近隣の皆さんに売ることにしました」
少しばかりの誇張は入っているが、完全に嘘ではない。
これが私たちが考えたシナリオだった。
「ご存知のとおり、冬の間なら肉は腐りません。だから今のうちに売りたいのですよ。対価は格安です。私たちはこの肉を売った対価を元手に、さらに商売を考えています」
「……その格安の対価とは?」
村長の疑いの言葉に、ヴィオラはにっこりと笑った。見事な営業スマイルである。
「野菜にしましょうか」
「え?」
「余っているクズ野菜で結構ですよ。私たちは肉はたくさん持っているのですが、それ以外の食材が乏しくて」
これも本当だ。
私はドラゴンの肉をお弁当のようなパッケージで売りたかったのだが、食材不足で断念していた。
もう冬のため、森の山菜もシルヴァの畑も実入りがない。
でも村であれば、多少の野菜の蓄えはあるのでは?
「麦をくれとは言いません。キャベツとかニンジンとか、そういったありふれた野菜で結構です。チーズやバターがあれば大助かりですね。肉と交換してくれませんか?」
ヴィオラが言うと、村長は戸惑った顔になった。
「いや、そりゃあクズ野菜なら少しはあるが……。チーズとバターも多少ならある。だが、そんなものと肉では釣り合わんだろう」
「普段ならそうですけどね。今は肉が余っているんです。ほら、豊作で麦が余ると価値が下がるでしょう。それと同じですよ。今の私たちは肉より野菜が欲しいんです」
「な、なるほど?」
麦の喩えは農民である村長の納得を誘ったようだ。
「しかし本当に肉があるのかね? しかもそんなにたくさん……」
村長の言葉に、私は立ち上がった。
手に持っていた包みを差し出す。『冷凍』を『解除』して、凍ったままになっていたドラゴン焼肉だ。
「ありますとも! さあ、これをどうぞ」
凍りついた包みを見て、部屋にいた面々が不思議そうに首をひねった。




