47:新しい場所へ
「……どうしたの?」
無言が長いので心配になって尋ねると、彼はやっと顔を上げた。
「行商には僕も共に行こう」
「え?」
声を上げたのはヴィオラだ。
「シルヴァ、貴方は人前に出たくないと繰り返し言っていたではありませんか。その、出自のせいで……」
「ああ、この耳な」
彼は苦笑して、少し尖った耳を触ってみせた。
「ハーフエルフへの偏見は根強い。分かっているとも。昔、両親に連れられて旅をしていた頃、散々な目に遭ったものさ。だが耳さえ隠せばバレることもない。魔族の技術の研究は一区切りついた。何より未熟なお前たちだけでは、心配だからな」
そう言って毛糸で編んだ帽子を取り出した。少し深めにかぶれば、耳はすっかり隠れる。
「これでいいだろう。それにこれを見ろ」
差し出したのは、長さ二十センチほどの木製の棒だ。表面には魔族の回路が細かく刻まれている。私が貸した霊珠が数個嵌められていた。
前の杖は野球バットくらいあったのに、かなり小型化している。
「この小型杖があれば、僕も身を守るくらいのことはできる。この大きさなら懐に仕舞っておけるしな。どうだ? 問題ないだろう?」
「……正直、驚いています。私の知っている貴方は、人間と最小限の接触しかしようとしなかったから」
ヴィオラの言葉に、シルヴァは肩をすくめた。
「僕は別に人間嫌いというわけじゃない。魔族の技術が表に出せないのと、ハーフエルフの差別が面倒だっただけだ。技術も耳も隠せばいい。そろそろ森暮らしにも飽きていたからな」
人生の大半、四十年も森で暮らしていて、今更飽きることなどあるのだろうか。
その言葉は少し疑問だったけれど、彼がついてきてくれるなら心強い。
だから私は言った。
「うん、これからも一緒にいられて嬉しいよ、シルヴァ」
「…………」
すると彼はみるみるうちに真っ赤になった。
「と、当然だな。お前たちだけでは頼りないからな。僕がついていってやるから、安心するといい!」
私とヴィオラは顔を見合わせて、くすりと笑った。
「ええ、よろしくお願いしますね、お父さん」
「そうそう、お父さん!」
「ミャオ!」
コタローまで合いの手を入れるように鳴いた。
シルヴァは口をぱくぱくさせる。
「な……!? その呼び方はやめろと言っただろうが!」
「あははっ!」
「ミャー、ミャー!」
私とヴィオラは今度こそ笑い出した。
こうして私たちは、みんなで旅立つことにした。
◇
その晩はシルヴァの小屋で過ごし、翌朝。
朝もやの漂う森の中で、私は飛行のための霊珠をセットした。
「『悠』『飛』『行』『翼』っと」
光り輝く翼を大きく広げる。
さらに荷馬車に『軽』の効果を与えて、みんなに乗り込んでもらった。
ロバは震え上がっていたが、今度は気絶しなかった。
「ロバ、途中で落ちないように気をつけないと」
「紐で縛っておきます。プリムローズは気にせず飛んでください」
割とひどい。
「ミャー、ミャア!」
コタローも当然のような顔で荷馬車に登る。
「あー、困ったなあ。スノータイガーは珍しい魔獣なんでしょう? 村に連れて行ったら悪目立ちするんじゃ」
とはいえ、シルヴァも同行する以上は預ける先がない。
するとヴィオラが軽い口調で言った。
「まあ、まだ子供ですから。普通の虎だと言い張っておきましょうか」
……それで通じるのだろうか?
というか、この国は普通の虎を連れ歩くのは構わないのだろうか。
「さすがに町は危険ですが、農村ならスノータイガーを知っている人はいませんよ」
とヴィオラが言うので、とりあえず納得することにした。
「それじゃあ出発! 落ちないように気をつけてね」
ふわりと舞い上がり、背中に荷馬車を固定すると、途端に文句が降ってきた。
「プリムローズ、慎重に飛べよ。僕は墜落するのはごめんだ」
「大丈夫だって。今まで何度も荷物を運んでいるもの」
「お前の『大丈夫』は信用ならん。信じたら大抵、ろくなことにならない」
いつまでもブツクサうるさいので、途中から聞こえないふりをした。
「うわ、本当に飛んでいる。高い、怖……」
ロバ並のビビリである。コタローを見習ってほしい。
「おいコタロー、飛びつくな。馬車が揺れる! うわーっ」
こんな感じで数時間のにぎやかな空の旅を経て、村近くの丘に到着する。
「ほう、この場所が……」
シルヴァは感心したように辺りを見回した。
私は馬車を地面に下ろす。
みんなが降りた分の空き場所に、丘の洞窟から冷凍肉を積み込んだ。
「さあ、『解』!」
『解』の文字が輝いた。小さな光の粒がお肉に降り注ぐ。
霊珠の力で『冷凍』に固定された状態が、解除されていく。
といっても周囲の気温は氷点下だ。すぐには肉に変化はない。
「では行きますよ」
ヴィオラがロバを荷馬車に繋いだ。
辺りの積雪は既に深い。
車輪では進めないので、スキーに履き替えた。馬ソリならぬロバソリだ。
荷馬車はお肉でいっぱいなので、コタローを含めて私たちは徒歩で進むことにする。
雪の積もる丘をふもとまでゆっくりと下った。
「まずは東の村へ向かいましょう」
「うん」
「分かった」
「ミャー」
周囲は道らしい道はなく、積雪した平原だ。
荷物を満載した荷馬車の進みは遅いが、それでも着実に前へと進んでいく。
前を見れば雪原の向こうに小さな村が見える。
後ろを振り返れば、私たちの足跡とソリの跡が残っている。
森の木々に囲まれた時と違って、どこまでも広く開けた風景が視界に飛び込んできた。
こうして私は慣れ親しんだ森を抜け出して、新しい場所へと一歩を踏み出した。
その先に何が待っているのか、今はまだ分からないけど。
みんなで力を合わせれば、きっと良い結果になると信じて。
今は前だけを見て、進んでいった。
+++
ここまでありがとうございました。これにて第一部完結です。
第二部は色々書きたい気持ちはあります。
・商売の行方や広がっていく影響
・悪徳領主の介入と対立
・漢字と魔法を使うハーフエルフを危険視した神殿勢力との衝突
・異能バトル対人戦。達人級魔法戦士(神殿騎士。階位がある。マルスの神殿騎士第12階位、とか)
・vs軍隊。霊珠の使い方を工夫して広範な敵を殲滅する
などなど、アイディアだけは膨らんでいます。
……が、今のところの予定は未定です。
こういうアイディアを作品の形に仕上げるのがエネルギーの要る作業ですね。
もしよければ、ブックマークや評価(★5つで満点)で応援してやってくださいね。
何よりのモチベーションになります。
それでは、また。




