46:最後の準備
岩山では調理環境が整っていないのがネックだった。
今まではただ焚き火を起こして、木の棒に鍋を吊るして煮炊きしていたのだ。
かまどに比べると火力が安定しないし、不便すぎる。
そこでかまどを作ってしまおうと考えた。
かまどは土があればできる。
土を掘り起こしてきて、粘土を加えて成形すればいい。
「なら、前に水汲みで行った泉の近くの土を使うといい。あの周辺は粘土質の土だ」
と、シルヴァ。
「いいね。『剛』一文字でも、水汲みとか土運びの効率は相当アップするし。どうせドラゴンを捌くには、『刃』の他に身体能力アップ系や切れ味アップ系の霊珠が必要だし」
小屋から鍋類を借りて、ヴィオラの積み荷から塩などの調味料を分けてもらう。
料金は商売が成功したら出世払いだ。
当面はヴィオラに料理を手伝ってもらいながら、量を確保できたら売りにいってもらう。
私は適宜料理を補充しつつ、小屋に顔を出してシルヴァの食料を渡す。その時に魔道具のメンテナンスもしてもらう。
そんな流れを確認した。
「じゃあ、明日から働くということで。みんなで頑張ろう!」
「はい!」
「ミャオ!」
コタローもメンバーの一員の顔で、得意げに鳴いた。可愛いなあ、もう。
こうしてドラゴン肉の商売が動き始めた。
本当に飢える人を減らせるかどうか、ここからが正念場だ。
◇
それから私たちは、打ち合わせの内容に従って動き始めた。
ヴィオラの話では、やはり冬に飢える人が増えるらしい。
「今年の麦の出来高は、やや不作でした」
ヴィオラが言う。
「飢饉というほどではないけれど、餓死者が出かねない状況です」
「そっか。急がないとね」
今は既に冬に入っている。
手遅れにならないよう、作業を急いだ。
まずはヴィオラの荷馬車に『軽』の霊珠を乗せて、軽量化する。
そこに一通りの荷物と彼女自身を乗せて、私の背中に固定。岩山へ運ぶことにした。
森の道は細すぎてとても荷馬車が通れるものではないが、飛行していけば問題ない。
「プ、プギー!」
ロバも乗せようとしたのだが、浮かび上がった荷馬車に怯えきっている。
暴れるロバを何とかなだめようとしていたら、そのうち泡を吹いて卒倒してしまった。
倒れたロバを見たコタローが、不思議そうにロバの鼻先を舐めている。
「……なんか気の毒だけど、今のうちに運んじゃおうか」
「そうしてください。この子は気が弱いので、空の旅は怖いでしょう」
というわけで、小心者のロバは気絶しているうちに移動が終わった。
さらに岩山に着いてからは、環境づくりだ。
「よし。かまど、できた」
岩山近くの土を集めてきて、かまどを作った。
作り方はヴィオラが教えてくれた。
行商人の師匠から教わったものであるらしい。
「行商も隊商を組むくらいの大人数になると、野宿のたびにかまどを作るんですよ。大人数の食事の準備は、焚き火だけでは回らないので」
「そうだよねえ」
鍋類もフライパン、深鍋、小鍋と一通り揃っている。
料理は単純な焼肉と角煮風だ。
小分けにして、葉っぱの包装紙でパッキングする。
私たちは毎日せっせと作り続けた。
ウロコや爪などの素材は、冷凍で強度が落ちているとはいえ価値は残っている。
どうせ食べられない部位だ。丁寧にこそげ取って、洞窟に保管しておくことにした。
作った料理は一日の終わりに『冷凍』する。
村近くの拠点、あの斜面の倉庫に『冷凍』状態のまま保存しておいて、行商に出る際に『解』する予定だ。
今は冬なので、冷凍状態を解除してもすぐに溶けることはない。しばらくの間であれば、問題なく凍ったまま持ち運べるだろう。
「夏になったら暑さ対策をしないとね」
「ええ、でも今は料理に専念しましょうか」
「ミャー」
そうそう、コタローも岩山についてきた。
シルヴァの小屋に残るよう言い聞かせたが、まったく聞かずに荷馬車に飛び乗ってしまったのである。
まあ、別に邪魔はしないのでいいかということになった。
ロバは小さいスノータイガーに怯えていたが……。
楽しそうに岩場を駆け回って遊んでいる。
ここはコタローの親が眠る場所でもあるので、元気な我が子を見て親も安心しているかもしれない。
寝泊まりする場所は、ドラゴンのお肉を保管している人工洞窟の入口だ。
荷馬車をベッド代わりにして、毛布を使っている。
『暖』の霊珠もあるし、コタローを抱っこして寝るとモフモフでぽかぽかする。
念のため、ヴィオラと交代で夜番をしたが、特に何も起こらなかった。
このようにしてせっせと料理作りに専念すること、数日。
やがて当面十分な量の焼肉と角煮を確保できた。
「やりましたね」
「うん! あとは売るのをお願いしなきゃ」
「それなんですが。プリムローズ、あなたも一緒に行商に行きませんか?」
「え?」
ヴィオラは穏やかに微笑んでいるように見えて、真面目な視線をで向けてきた。
「この商売はあなたが言い出したもの。プリムローズが助けたいと思った人々はどんな人たちなのか、自分の目で確かめるべきでは?」
それは……そうだ。
ヴィオラの意向を曲げてまで、貧しい人向けの商売に切り替えてもらった。
それならば、私の役割は料理するだけでは終わらない。
「分かった」
私は力を込めて頷いた。
「一緒に行くよ。私、この国のことを良く分かっていないから。ヴィオラと一緒に行って、色々な人に出会ってみたい」
プリムローズとしての十年の人生は、ほとんどが実家のお屋敷で完結していた。
お母様が生きていた頃は出かけることもあったが、亡くなってからは閉じ込められるような生活だったし。
学校に行くことも家庭教師について学ぶこともなく、今の私は本当に無知なんだ。
この国にはどんな風景が広がっているのだろう。
少し怖くもあり、楽しみでもある。
私は岩場の上から、森の向こう側を眺めた。
冬の空が広がる先は、どこまでも広く見えた。
◇
岩場から丘の倉庫までの運搬は、やはり荷馬車に『軽』を使って行った。
荷馬車に山盛りの冷凍肉を乗せて、落ちないように布で覆って紐で縛る。
丘に着いたら、片っ端から肉を倉庫代わりの洞窟に放り込む。
五回ばかりこの作業を繰り返すと、在庫をすっかり移動させられた。
片道数時間ほどかかるので、二日にわたって移動した。
最後にシルヴァの小屋へ寄って、魔道具のメンテナンスをしてもらう。
それから私も行商に同行する旨を伝えた。
「私が言い出したことだから、ヴィオラだけに任せないでおこうと思って。私がいれば、冷凍のコントロールもできるしね」
そう言うと、シルヴァは無言になった。




