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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第3章

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38:プリムローズ、うんちくを語る

 翌朝、私たちは小屋を出てあの岩山を目指した。


「あれ? 馬も連れて行くの? 馬車は通れない細い道だけど」


 ヴィオラが馬の手綱を取ったので言うと、彼女は微笑んだ。


「もちろん荷台は置いていきますよ。それにプリムローズ、この子は馬ではなくてロバです」


「プギー」


 ロバが鳴く。

 そう言われれば馬にしてはだいぶ小柄だし、体型もずんぐりとしていた。

 馬もロバも身近で見たことが少なくて、分かっていなかった。恥ずかしい。


「ロバは馬よりも足腰が粘り強くて、山道に向いているのですよ。馬よりは速度が出ないけれど、私のような小さな行商人の頼もしい相棒です」


「へぇぇ~」


「フミャー」


 コタローも興味深そうにロバを見上げている。

 ロバは赤ん坊とはいえスノータイガーがちょっと怖いようで、腰が引けていた。ビビリである。

 ヴィオラは荷台とロバを繋ぐハーネスを外し、口に噛ませた手綱だけを取った。

 背中に荷物袋を振り分けで置いている。

 往復分の食料と、鍋や水筒が入っていた。


「荷台はここに置いていきます。こんな辺鄙な場所には、盗賊も来ませんから」


「悪かったな、辺鄙で。どうでもいいからさっさと行くぞ。僕は早く戻って研究がしたいんだ」


 そう言って一人でスタスタと歩き始める。


「あっ、待ってよ」


「シルヴァは相変わらずですね」


 コタローとロバも「ミャー!」「プビー」と鳴いて彼の後をついていった。





 片道二日の旅程は何の問題もなく過ぎて、岩山に到着した。

 むしろロバが荷物をほとんど持ってくれたので、前よりも楽だった。


 果たしてドラゴンのお肉は、カチンコチンに凍ったまま岩山の踊り場に横たわっていた。

 緑色のウロコも、半ば開いたままの金色の目も生きていた時とほとんど変わらない。


 冬の初めの午後、日光はさんさんと降り注いでいる。


 あれから一週間以上は経過している。

 いくら冷える季節とはいえ、今はまだ冬の入口。昼間はプラスの気温になる。

 それなのに全く溶ける気配がないくらいに、凍りついたままだった。

 ちょっとこれは異常である。


「ただの凍結じゃないね。霊珠の『冷凍』だからかも」


 前に『凍』一文字でイノシシ肉を凍らせた時は、ここまでじゃなかった。

 熟語にすると漢字の効果がアップするのだろうか?


 霊珠の話も、道すがらヴィオラに話した。

 ドラゴンの死体を見せる以上は、どうやって倒したかなどの話もしなければならない。

 シルヴァが信頼できると言うのだから、私も信じるだけだ。


「本当にドラゴンの死体が……」


 ヴィオラは絶句していた。

 ロバは完全に怯えてしまって、岩場の端の方から動こうとしない。


「ここまでガチガチに凍っているので、お肉の品質は落ちていないはず。ヴィオラ、どう? 売り物になると思う?」


「…………」


 ヴィオラは黙ったままドラゴンの観察を始めた。

 固く凍った表皮を叩き、ぐるりと周囲を一周する。

『爆』で吹き飛ばした腹部を覗き込んで、戻ってきた。


「ドラゴンという生き物は」


 戻ってきた彼女は話し始めた。


「ウロコの一枚でもかなりの値段がつくのですよ。何せ姿を見ることすら滅多にない、幻の魔獣ですから。肉限定で話をされると、どうにも感覚が狂います」


「そうだよな!? プリムローズと話していると、時々自分の常識とか感覚がおかしくなる錯覚に陥る」


 シルヴァがここぞとばかりに口を出した。


「失礼な。私が物知らずなのは認めるけど、そういう言い方しなくても」


 とりあえず反論しておいて、私は続けた。


「ウロコは何に使うの?」


「物理的、魔法的に強度の高い素材として、高位の冒険者や騎士の防具などですね」


「あ、じゃあ、価値は下がるかも」


 私の言葉にシルヴァとヴィオラは顔を見合わせた。


「なぜです?」


「凍ると物は脆くなるの。ええと、ざっくり言うと、含まれている水分が凍ると膨らんで、膨張圧がかかる。こう、内部から押し広げられて亀裂が入ったりするのね。そうしたら当然脆くなる」


 我ながらなかなか難しい話を知っている。

 前世の職場が食肉加工工場だったので、冷凍肉についてはちょっと詳しいのだ。

 うちの職場は主にブロイラーを扱っていたが、隣接業種でスッポン業者の話を聞いたことがあった。

 スッポンみたいな亀の甲羅は、ドラゴンのウロコに通じる硬さではないかと思う。

 まあ、スッポンの甲羅は普通の亀よりかなり柔らかいけど。


「強度が落ちちゃったら、防具として価値は減るでしょ」


「そんなことが……。でも、それは凍った状態だからでしょう? 溶かせば元に戻るのでは?」


「ううん、完全には戻らない。一度押し広げられて亀裂が入ったら、解凍してもその傷が塞がるわけじゃないから」


 あとはドラゴンも生き物である以上は、体の大部分はタンパク質でできているはずだ。

 少なくとも亀の甲羅でいえば、タンパク質は冷凍で変質してしまう。

 しなやかさや強靭さが失われてしまうのだ。


 ついでに言うと、冷凍するとお肉の味が落ちる理由もこの辺に関係がある。

 冷凍する際に肉汁(細胞内の水分)が氷の結晶になってしまうと、解凍時にドリップが出て旨味が流れ出てしまう。

 この氷の結晶が大きく育つと、お肉の細胞そのものを破壊してしまう。


 最後に冷凍焼けだ。

 冷凍中に水分が蒸発していくと、お肉の中に微細な隙間ができてしまう。

 水分がなくなってしまうのでお肉がスポンジ状になり、食感が悪くなる。

 また空気に触れることで酸化が進み、風味を損なったりもする。


 さて、冷凍の問題のうちウロコなどが脆くなるのはどうにもならない。

 本来なら最高級の素材だったドラゴンを無駄にしてしまって、だいぶ悔しい。

 悔しいが、当時は気づかなかったのだからもう仕方ない。


 で、お肉として見た時は、業務用冷凍庫以上の急速冷凍をやってのけたので、ドリップ問題と氷の結晶問題は発生しない。

 これらはゆっくり冷凍すると起きる問題だ。

 家庭用の冷凍庫だと霜、つまり氷の結晶がたくさんついてしまうでしょ?

 あれはゆっくりしか冷凍できない温度だからああなる。


 とはいえ、冷凍焼けの問題は残っている。

 冷凍焼けを防ぐにはラップやアルミホイルでぴっちりとお肉を包んで、水分の蒸発を防ぐのが大事だった。

 だがこの世界にラップはないし、あったとしてもこの巨大なドラゴンを包めるとは思えない。


 冷凍焼けには日光も敵だ。

 野ざらしで一週間も放置されていたドラゴンは、冷凍焼けが進んでしまっているだろう。

 ただ救いなのは、でかいお肉の塊なので、内部の方は日光も届かず水分蒸発も抑えられていそうな点かな。


 ……というようなことをツラツラと話すと、シルヴァとヴィオラは呆れた顔になっていた。

 さすが育ての親と子、表情がそっくりである。


「お前なあ。一人で喋りすぎだろ」


「あ、ごめん。つい、前世の職業病で」


 職場の工場は冷凍して出荷までセットだったものだから、自然と詳しくなっていた。社員研修とかあったし。


「ドラゴンのウロコや牙など、武具の素材になりえる部位の価値が下がるのは理解しました。肉は表面こそ質が下がっているかもしれないが、内部であればまだ大丈夫ということも。これは大きな商機……!」


 ヴィオラが頷いている。

 呆れてばかりのシルヴァと違い、彼女はしっかりと計算を始めているようだ。

 私は言う。


「できれば解体して、なるべくいい状態で保存したいよね。ラップはないとしても、暗くてあまり空気の入り込まない場所が理想」


 私は周囲を見渡した。

 ここは岩山の踊り場で、右手は崖下、左手は崖上になっている。

 崖上のずっと向こうには雪山が見える。

 ドラゴンやスノータイガーの本来の住処はあちらなのだろう。

 なお、日差しを遮る場所は近くにない。


「うん。なら作っちゃおうか」


 私は霊珠を一つ取り出した。


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