37:ざまぁはしません、とりあえずは
「ドラゴンの肉……? どこかで死体を見つけたのですか?」
ヴィオラが戸惑いながら言う。
私はシルヴァをちらりと見た。
彼の態度からして、ヴィオラは信頼できる人なのだと感じている。
私の視線に気づき、シルヴァは肩をすくめた。
「話して構わんぞ。そいつは僕の杖……魔族の技術も知っている。裏切るつもりであれば、とっくにこの小屋は神殿勢力に潰されているだろうさ」
「裏切るだなんて。貴方は私の命の恩人で育て親なんですよ。裏切るはずがないでしょう」
ヴィオラは首を振ったが、目つきは鋭くなっていた。
シルヴァが魔族について口に出したのを、警戒しているようだ。
この人は正しくリスクを認識している。
だから私も正直に答えることにした。
「死体を見つけたんじゃありません。私が狩りました」
ちょっと胸を反らして言い切ると、ヴィオラは完全に固まった。
「え……と、卵から生まれたばかりのドラゴンだったとか?」
「成体に見えましたね。とても大きいし、炎も吐いていたし」
「ええぇ……」
ヴィオラは頭を抱えてしまった。
この国においてドラゴン狩りとは、それほどまでに常識外のことらしい。
「あ、でも、私だけの力じゃありません。そのスノータイガーの親と、シルヴァと、私で力を合わせたんです」
「ますますわけが分からないですよ」
ヴィオラは頭を抱えたまま、ひどく深いため息をついた。
うーん。ここまでのリアクションがあると、ちょっと申し訳なくなってくる。
「……信じてもらえますか?」
私が聞くと、彼女は私ではなくシルヴァを見た。
彼は頷いた。
「本当だ。信じられんのも無理はないがな。スノータイガーの親が子を庇って窮地に陥っていたのを、そこの馬鹿が助けたんだ。親は助からず死んだが、子と僕たちは無事だった」
「馬鹿とは失礼な」
「馬鹿に決まっているだろうが! ドラゴンに喧嘩を売るなんて!」
「フミャ」
思わず反論すると、だいぶ本気で叱られてしまった。
しかしそのやり取りで、ヴィオラはある程度信じてくれたらしい。
「嘘ではなさそうですね。ですが、やはりすぐには信じられません。そのドラゴンの肉……肉にできる死体は、どこにあるのですか? この目で見た後で判断させてください」
私とシルヴァは顔を見合わせた。
シルヴァが口を開く。
「僕は研究で忙しい。プリムローズ、コタローとヴィオラを連れて行ってこい」
「え、無理でしょ。道を覚えていないもの」
「はあ? ついこの間、案内してやっただろうが。何を見て歩いていたんだ」
「無理、無理。森の中の細い道を一度で覚えるなんて、できっこないって」
私たちが言い合っていると、横からヴィオラが口を出した。
「ドラゴンを仕留めたということは、かなりの量の肉がありますよね。一人でも多く運び手がいた方がいい。シルヴァも来てください」
「はい、そういうことで」
女性陣二人に詰め寄られ、シルヴァは思い切り不本意そうな顔をした。
「クソッ、研究が大詰めなのに! 仕方ない、急いで行って戻ってくるぞ。出発は明日だ!」
「はーい!」
「ミャー!」
私とコタローの声が重なって、シルヴァは嫌そうな顔になり、ヴィオラはくすくすと笑ったのだった。
◇
その日の夜は、ヴィオラを含めた三人と一匹で過ごした。
ただでさえ手狭な小屋なのに、もうぎゅうぎゅうである。
私は昨日の残りのスープにさらに干し肉を継ぎ足して、具材たっぷり肉野菜煮込みを作った。
ヴィオラが塩の他、ハーブやスパイス類を荷馬車に積んでいたので、ありがたく拝借したのだ。
「まあ、美味しい! プリムローズは本当に料理上手なのですね。貴族とは料理も嗜むのですか?」
少し打ち解けたおかげで、お互いに名前を呼び捨てで呼び合うことにした。
「あはは、ありがとう。料理は勝手に覚えたよ。実家じゃ冷遇されていて、放っておいたら使用人より粗末な食事になっていたから」
シルヴァは信頼していいと言ったが、いきなり前世の話をするのもどうかと思う。ここで私の頭の正気度を疑われても困るし。
「それで家出したのですね。貴族の家庭事情は、平民とはまた違うと聞いています。魔力はおおむね血で受け継がれていくけれど、必ずではないと言われていますし」
「そうね。うちはとにかく火属性至上主義で、そうではない私はここぞとばかりに捨てられたの。でもまあ、おかげで家を出て楽しく暮らしているから。結果オーライというやつ?」
「ポジティブすぎるだろ」
シルヴァが呆れたようなジト目をする。
ヴィオラは良く煮込まれた干し肉をかじると、ふと言った。
「ご実家に復讐しようとは思わないのですか。ひどい目にあったのでしょう」
急な質問に私は首を傾げた。
「うーん、別に? 父親と継母と、あとついでに義妹は地獄に落ちろとは思うけど、わざわざ叩き落としてやるのも面倒かな」
ぶっちゃけ関わりたくない気持ちの方が強い。
もっとも今後も難癖をつけてくるなら、火の粉は振り払うつもりでいる。
シルヴァやコタローを巻き込むのは許さない。
「そうですか。プリムノーズは優しいのですね」
ヴィオラは複雑そうに笑った。
「私も捨て子でした。五歳の時に村で飢饉が起きて、口減らしに森へ捨てられたのです。幸いにしてシルヴァに拾われて、大人になるまで育ててもらいましたが……親と村の大人たちは、今でも許せません」
「それは……」
さらりと言われた過去に、私は絶句した。
「私は今でも彼らを恨んでいます。あの村にだけは行商に行きません。食料や物資が足りずに困っている話を聞くと、ざまあみろと思います……」
彼女はふっと笑った。
「ごめんなさい、性格の悪い女で。聞き流してください」
「許せなくてもいいんじゃないかな」
余計なお世話と思いつつも、私はつい口を出した。
「ひどい目に遭ったのだから、そう簡単に許せなくて当然でしょ。私も実家を許していないよ。ただ関わりたくないだけで、助けるなんてとんでもない」
もう一つ思うことがある。
前世のことだ。
私が死んでしまって、子供たちは苦労しただろう。きっと恨んだと思う。
当然だ。許されたいとは思わない。許されるものではないと感じている。
だから私は、許せない気持ちも、許されない立場も理解できる。
「だからそのままでいいと思う。まあ、そのうちどうでも良くなってきたら、その後に許してあげればいいんじゃないかな。今すぐあえて許す必要はないよ」
「プリムローズ……」
ヴィオラがこうして口に出すのは、たぶん彼女は心の底では親を許したいのだと思う。
許したいけど許せなくて、苦しいからつい言ってしまったのではないだろうか。
空気が重くなってしまったので、切り替えるために私はあえて軽い口調で言った。
「それにシルヴァに育てられたら、性格が悪くなって当たり前じゃない。この子は口悪い、性格悪い、生活習慣悪い、三拍子揃っているもの」
「んな……!? 誰が三拍子だ! あとお前に『この子』呼ばわりされる覚えはない!」
シルヴァが怒り出すが、私は明後日の方向を見た。
「だって見た目が子供だし、言動も子供っぽいもの。思春期男子ど真ん中よ、あなた」
「ぷっ……!」
思わずという様子でヴィオラが吹き出した。
「本当に! 小さな頃はお父さんに見えたのに、こうして見ると思春期にしか見えませんね」
「ヴィオラが小さい時から、シルヴァはこの見た目?」
「ええ。全く変わりませんね。背丈も途中で私が追い越しました」
「ハーフエルフは年を取らないのかしらね? それともメンタルの問題?」
好き勝手に言う私とヴィオラを前にして、シルヴァはこの上ない不機嫌な顔になった。眉間のシワがこれでもかというほど深い。
「ミャー!」
楽しげな空気を察して、コタローが嬉しそうに鳴く。
美味しい料理と気兼ねない人たちと一緒に、夜が更けていくのだった。
明日はいよいよ、ドラゴンのお肉回収に出発だ。




