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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第3章

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36:商談

 オロオロとしながらシルヴァを見ると、彼は鼻を鳴らした。


「何だ、プリムローズ。その顔は」


「いや、だって。まさか本当に、こんなに急にお別れが来るとは思わなかったから」


「ふん」


 彼はくるりと背中を向けた。


「ヴィオラ、立ち話は何だ。中へ入れ」


「ええ」


「それとプリムローズ」


 彼は背中を向けたまま言った。


「状況が変わったんだ。誰がお前のような貴重な実験材料を、簡単に手放すと思うか? お前はこれからもここで暮らせばいい。まあ、お前がそれでいいのであれば、だが」


 素直じゃない。

 全く素直ではないが、私はついニヤけてしまった。


「うん! そうする。ありがとう、シルヴァ」


「礼を言われることじゃない。出ていきたければ出ていけばいい」


 あくまで憎まれ口を叩いている。


「ミャー!」


 それまで様子を見ていたコタローが、木の陰から走ってきた。

 空気を読んで、もう大丈夫だと思ったのだろう。本当に賢い子だ。


「うわ! 飛びつくな、じゃれるな! やめろ!」


 コタローに背中をよじ登られて、シルヴァがアワアワしている。

 ヴィオラが目を見張った。


「まあ……? その虎はスノータイガーの子ですか? 雪山の奥にしかいない珍しい魔獣ですよ」


「ちょっと事情がありまして、引き取ったんです」


 私が言うと、ヴィオラはうっとりとした目でコタローを見た。


「スノータイガーの毛皮は、とても美しい。非常に高値で取引されるのですよ。その子も大きくなれば、毛皮にして……」


「しません! コタローは大事な家族なので!」


 私は慌てて手を振った。

 シルヴァの肩に登ったコタローも、ちょっと怯えた顔で彼女を見ている。


「お前たち、いつまでお喋りをするつもりだ。ドアを開けっ放しだと寒いだろうが。さっさと入れ」


 シルヴァが渋い顔で言ったので、私たちはぞろぞろと小屋に入ったのだった。





 小屋の中の暖炉では、常に小鍋が火にかけてある。

 シルヴァは小鍋からお湯をすくって、マグカップ三つに入れた。私とヴィオラに渡してくれる。


「小屋の中が片付いていて、驚きました」


 温かい湯気に目を細めながら、ヴィオラは部屋を見渡した。


「私がいた頃は、それはもうゴチャゴチャでひどい有様でしたから。シルヴァに片付けという概念があったとは、驚きです」


 柔らかい口調だが、言っている内容はけっこう嫌味である。

 こういうところは本当にシルヴァに似ている。


「掃除と整理整頓はそこのプリムローズがやった。僕は何も変わっていない」


 シルヴァはしかめっ面をしてみせるが、どことなく得意そうでもある。


「まあ。プリムローズさんはまだ小さいのに、しっかりしているのですね」


「ええ、まあ」


 私は内心で苦笑する。高齢者(?)のシルヴァはともかく、前世ではヴィオラよりもずっと年上だったから。


「積もる話はありますが、先に商談を済ませてもよろしいでしょうか。私はいつも通り、冬支度に必要な食べ物と資材を持ってきました。そちらはどうです?」


「いつも通り薬草を集めておいた。目玉はこれだな」


 シルヴァは布の包みを取り出した。

 開いてみると、あのドラゴンと出くわした岩場で採ったピンクの実が入っている。

 小屋に帰ってきてから天日干しして、乾燥させてあった。


「ダフネの実ですね。粒揃いだし色もいい。ええ、これならば良い値段をつけられます」


 ヴィオラは微笑んだ。

 他にも保管してあった何種類かの薬草を品定めして、値段をつけていった。

 といってもシルヴァの暮らしはほとんど人と接点がない。町に行くことも滅多にないらしい。

 だから物々交換がメインになる。


「私の持参物はこちらです」


 彼女は木切れを取り出した。

 横から覗いてみると、商品の目録のようだ。


「固く焼いて日持ちする黒パンを二か月分。干し肉、干した野菜、塩も同じだけ。麦も二か月分です。シルヴァ一人用と思っていましたが、プリムローズさんの分も必要になるなら足りないですね」


「そうだな、追加を頼みたい。ついでに干し肉は今年はいらん」


「あら? お肉好きの貴方がどうしたんです?」


「プリムローズが狩ってくる」


 ヴィオラが意外そうな目で私を見たので、説明を付け加える。


「私、こう見えても魔法使いなので。家出中で戻る気はないですけど」


 この国の魔法使いとは貴族とイコールだ。身分は関係ないと言外に伝えておく。

 ヴィオラは頷いてくれた。


「分かりました。では干し肉をなくして、その分他の食料を増やしましょう」


「薬草で全て支払えますか?」


 心配になって私は聞いた。

 干し肉が必要ないとはいえ、単純に二倍になるのだ。借金になってしまったらどうしよう。

 けれどヴィオラは柔らかく微笑んだ。


「問題ありませんよ。食料の中で一番高価なのは干し肉ですからね。肉は贅沢品です。シルヴァが大好きだから用意しているけれど、普通は庶民はなかなか口にできませんもの」


「そうなんですか」


「プリムローズさんは貴族……元貴族だから、ご存じないのでしょうが。貧しい平民は黒パンと薄いスープだけで一日を過ごします。野菜がつけばご馳走ですよ。ましてやお肉など、一年に一度食べられたら幸運でしょうね」


「…………」


 この国は前世よりも文明度がだいぶ遅れている。

 前世の私の家庭も貧しかったが、そこまでではなかった。

 実家のアートライト伯爵家はかなりのクソだったが、腐っても貴族。冷遇されていても、いよいよ食べるに困ったことはない。


(私は恵まれていたのか……)


 思わずため息が出る。

 前世でもずっと昔はそうだったのだろうし、二十一世紀でも国によっては貧しいとは知っていた。

 ただ、自分の身近なこととして実感はできていなかった。


(食べるにも困る人が少なくない、か)


 そしてお肉は高価なのだという。


「お肉がそんなに高価なのは、どうしてでしょうか?」


 前世でもお肉はそれなりに高かったが、さすがに一年に一度しか買えないということはなかった。

 ヴィオラは笑みを浮かべたまま、少し首を傾げた。


「それは畑で採れる野菜や麦と違って、肉は狩ってくるしかないからですね」


「牛や豚、ニワトリは飼っていないんですか?」


「豚とニワトリは多少は飼われています。けれどそれらは貴重で、平民が口にできるようなものではありません。牛を食べることはまずありませんね。あれは農耕用の家畜です」


 そうなのか。

 確かに、前世のニュースで聞いたことがある。お肉用の牛や豚を育てるには、畑の何倍もコストがかかると。

 機械などがあるはずもないこの国で、そんなコストはかけられないのだろう。


 ヴィオラは続けた。


「なので平民が口にできる肉といえば、猟師や冒険者が狩ってきた動物と魔物の肉になります。この森は魔物も動物も多いですから、森の近くの町では比較的肉が食べられています。私も干し肉を安めに仕入れて、毎年シルヴァに届けているのですよ」


「なるほど……」


 彼女の口ぶりでは、動物と魔物はあまり区別されていないようだ。

 動物と魔物の違いは魔力をどれだけ持っているかで決まると聞いたことがある。お肉としては関係ないわけだ。


(待てよ。お肉は貴重品。高く売れる。そうでなくても栄養があって、お腹がいっぱいになる)


 私はふと思いついた。


「ヴィオラさん。私は狩りが得意なんです。お肉をいっぱい獲ってきたら、高く売れますか?」


「ええ、もちろんですよ。私が買い取ってもいいし、町まで持っていけば喜んで買う商人はたくさんいます」


「魔物の肉でもいいんですよね。魔獣の肉とか」


「はい。食味の違いで値段は上下しますが、毒がない限りは取引に問題はありません」


 私はニヤリと笑った。

 コホンと咳払いして続ける。


「じゃあ、魔獣のお肉を買い取ってください。……最強の魔獣、ドラゴンのお肉です!」


「えっ?」


 それまでの優雅な立ち振舞いはどこへやら。

 ヴィオラはぽかんと口を開けた。


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