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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第2章

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28:夢の向こうの人

 その後の私はぶっ倒れてしまった。

 ドラゴンという強敵との戦闘に勝利して、ろくに休憩も挟まず霊珠を二つも作ったのだ。

 体力と魔力は限界をとうに超えていた。


 倒れ込むようにして眠った中、不思議な夢を見た。

 ゆらゆらと揺れる夢の空間の向こう、誰かがいる。


『それでね、漢字の効果はたまに遊び心を入れたいと思って』


 女性の声がした。快活で明るい声だった。


『例えば『盾』。これは私が好きだったゲームの真似をしてみたよ。花のように花弁が広がって、一枚ごとに防御力がある。全部散ってしまうと盾は終わり』


『花の盾か。想像するだけで美しいね。あなたらしい発想だ』


 今度は男性の声だ。若々しいが落ち着いた口調だった。


『いつか使用者が現れたら、きっと驚くだろうね』


『その人が日本のオタクだったら、あのゲームだ! と気づくかもね』


 日本!? 今、日本と言った?


「ねえ! あなたたちは誰なの!?」


 叫ぶけれど答えはない。


『さて。設計は大詰めだから、順次実装に入らないとね。そこは頼んだよ、魔王様』


 女性の弾むような声がして、男性が頷く気配がした。


『任されよう』


 夢の世界の揺らぎが増した。

 目が覚めようとしている。


「待って! 日本とか魔王とか、どういうこと!?」


 ウェスタ神殿の霊珠に触れた時、『原初の魔王の祝福』という言葉が聞こえた。

 それと何か関係があるのだろうか。


 しかし二人の人影はどんどん遠ざかっていく。

 近づこうと走っても、遠ざかるスピードの方がずっと速い。

 やがて揺らめく風景の向こうに消えてしまった。





「待って、待ってよ!」


 自分の声で目が覚めた。

 パチッと目を開けてみると、夕焼け空が見える。

 気がつけば私は毛布にくるまって、岩場で横になっていた。


 あと、やけにお腹が重い。

 何だろうと思って頭を起こしてみれば、子虎が私のお腹の上で丸くなっていた。

 すぴー、すぴー、と小さい寝息が聞こえてくる。


「可愛いけど、重い!」


 子虎を起こさないようにそうっと動いて、起き上がる。

 眠ったままの子虎は毛布の上に置いてやった。


「む。起きたか、プリムローズ」


 少し向こうからシルヴァの声がした。

 彼の前には小さな焚き火が燃えたままになっている。

 どうやらずっと火の番をしてくれていたようだ。


「丸一日以上、眠っていたぞ。よほど疲れたとみえる」


 彼はやれやれと肩をすくめた。

 シルヴァの顔にも疲労が濃い。

 確かに、ドラゴンと戦ったのは昨日のお昼すぎだった。そして今は既に夕暮れだ。

 長い時間を眠ったおかげで、シルヴァ一人に見張りをさせてしまったみたいだ。


「丸一日? ごめんね、見張りを任せてしまって」


「別に。ドラゴンの血のせいで、魔物は寄り付かないからな。特に苦労はない」


 彼は枯れ枝を焚き火に放り込んで、続けた。


「それよりも、うなされていたが。平気か?」


 口調こそぶっきらぼうだが、私を気遣ってくれるのが分かる。

 つい微笑むと、嫌そうに睨まれた。全く六十二歳にもなって素直じゃない。


「変な夢を見ただけ。何ともないよ」


 夢の内容を何気なく話すと、彼は難しい顔になった。


「魔王だと……。霊珠、漢字。偶然とは思えんな」


「え? どういうこと」


「お前が壊したあの杖。あれは僕の両親があちこち旅をして、『魔族』の知恵を取り入れて作ったものだ」


 シルヴァは枯れ枝をパキリと折った。


「魔族はこの世界のどんな種族よりも古い歴史を持つ。既に絶滅したと言われていて、存在を知っている者すら多くはない。また、魔族は詠唱せずに魔法を使っていたという伝説がある」


「え。それって」


「そうだ。祈りである詠唱を使わない、つまり神の力に頼らずに魔法を使う唯一の種族だった。だから僕の両親は、僕のために彼らの知恵を探し求めた。ある遺跡で魔力の流れを示す文様が見つかり、その応用であの杖を作ったというわけだ」


 杖の表面に描かれていた模様は、その文様の応用だったんだ。

 回路のような印象を受けたが、あながち間違ってはいなかったかもしれない。

 魔力の流れを制御する回路であるとも言えるから。


 シルヴァは続ける。


「ただ遺跡の文様は不完全で、杖で発動する魔法はごく些細なものだった。両親は他にも魔族の手がかりがないか探すため、改めて旅に出た。僕は残って研究を続け、両親を待つことにした。それが四十年前のこと。最初の数年は手紙が届いていたが……」


 しかし結局、以降の音沙汰はない。シルヴァは首を振った。


「僕は森に残って研究を続けることにした。残された資料からより効率的に魔力を巡らせる方法、より強い魔法を使える方法を模索していた。成果はさほど上がらず、多少の効率化ができただけだったが」


 いつも散らかしていた紙や木板の内容が、その資料だった。

 確かに神への祈りによって魔法を発動させるのが常識である以上、自分の魔力だけで魔法を使うのは異端中の異端になる。

 もしもこの件が表沙汰になれば、全ての神殿と多くの人々を敵に回すだろう。

 何と言っても、今までの常識と信仰を根底から覆してしまうのだから。


(シルヴァが警戒するわけだ)


 事の大きさに気づいて、私はぶるりと身を震わせた。





「それで、だ」


 シルヴァは私を睨むように見つめた。


「行き詰まっていた研究だが、お前の霊珠のおかげで光明が差した。僕の設計では、回路の上にどうしても埋められない空白があったんだ。そこに霊珠を嵌め込むと、信じられないくらい魔力の巡りが良くなった」


「…………」


「僕の予想では、霊珠は魔族に関するものだ。お前が夢で見た『魔王』は、文字通りにとらえれば魔族の王。何らかの関与があるんだろう」


「……魔王の他に、もう一人いた」


 私にとっては『彼女』の方が重要なくらいである。

 日本という国に、彼女は言及した。

 そういえば、霊珠に入る漢字は二十一世紀の日本のもの。

 中国の漢字は少し違うし、古い時代の漢字はまた違う。でも霊珠の漢字は私が知っている形だった。

 漢字の説明をするには、前世の話は避けて通れない。


 シルヴァは少しひねくれ者だけど、心根の優しい子だ。

 悪態をつきながらも、ずっと私を心配してくれた。

 ドラゴンと戦った時でさえ、見捨てずに残って助けてくれた。

 命の危険があったにもかかわらず、だ。


 であれば隠し事をする必要はない。

 霊珠と漢字の力が彼のためになるのであれば、私は協力したい。

 もし信じてもらえなくても、その時はその時だ。


「奇妙な話になるけど、聞いてくれるかな。私がプリムローズとして生まれる前の話」


 そうして私は話し始めた。


 前世の日本の話と、漢字という文字の話を。


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