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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第2章

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19:同居人

 その日の夜は、実に一ヶ月以上ぶりにベッドで眠った。

 シルヴァの家のベッドは、藁を敷き詰めた上に綿布のシーツがかぶされたもので、板敷きだった実家の寝床よりよほど快適だった。

 おかげで私は森での暮らしの疲れを取り戻すように、泥のように眠った。


「ふわぁぁ~。おはよう!」


 翌朝。窓の隙間から差し込む朝日で、私は目を覚ました。


「あぁ、おはよう」


 半分寝ぼけながら言った「おはよう」に返事があって、飛び上がりそうなほど驚く。


(いや待て待て、そうだった。シルヴァの家に泊めてもらったんだった)


 家の窓はガラスではなく板のため、締め切ったままでは薄暗い。

 シルヴァが窓を少し開けると、明るい朝日と共に、秋の朝の冷気がすうっと部屋に入り込んできた。


「ずっと一人だったから、おはようって言うの、慣れないや」


 驚いてしまった照れ隠しに言うと、彼は肩をすくめた。


「そうだな。同感だ」


「あはは。変なところがお揃いね」


「ふん」


 シルヴァはぐぐっと伸びをすると、かまどの方にしゃがみ込んで熾火を搔き起した。

 火が灯れば、ふわりと暖気が流れてくる。


「川へ水を汲みに行ってくる。お前は火の番をしていろ」


「水汲み、手伝うけど?」


「いらん。火を誰も見ないわけにはいかないだろ」


 そう言ってさっさと小屋を出ていってしまった。

 私が玄関から外の様子を伺うと、彼は天秤棒の先に小さめの水瓶を二つ置いて、出かけようとするところだった。

 天秤棒というのはあれだ。両端に天秤のようにカゴが吊るしてあって、その上に荷物を乗せて運ぶ棒。

 時代劇で水売りや魚売りがよく持っているあれ。


 シルヴァは私に気づくと、めんどくさそうに言った。


「三往復もすれば大きい水瓶がいっぱいになる。川は近いから、そう時間はかからん」


「じゃあ私は昨日のスープを温めておくね」


「頼んだ」


 かまどの火は少しずつ大きくなっている。

 私は脇にあった薪を継ぎ足して、置いてあったうちわでパタパタとあおいだ。

 鍋は大きく、つい張り切って作ってしまったために、まだ三分の二ほどもスープが残っている。


(今の冷える季節なら、毎日火を入れれば三日くらいは保つかな)


 そんなことを考えながら、おたまで鍋をかき混ぜた。

 鍋は冷え切っていたし、火力がそんなに強くないので、煮立つまで時間がかかる。

 ようやくぐつぐつと湯気が立ってしばらくした頃、シルヴァが戻ってきた。


「おかえり」


「ただいま。……って、ここは僕の家なんだが」


「まあ、いいじゃない」


 スープを器によそって、二人で食卓につく。

 寒い朝のあったかいスープは、体を芯から温めてくれた。


「んー。昨日より味が染みていて美味しい」


「鳥の骨を入れるだけでこんな味になるなんてな。お前、料理人になったらどうだ?」


「あはは、それもいいかもね。一通りのものは作れるから」


 といっても家庭料理ばかりだが。

 けれど日本の家庭料理はレベルが高いので、この何もかもが未発達な世界であれば職業料理人になれるかもしれない。

 三つ星シェフ・プリムローズの姿を妄想して、私は言ってみた。


「シルヴァ、料理店の伝手はない? 見習いで店に入るから、紹介してよ」


「そんなものはない。僕はずっとここに住んでいる。町の人間のことはほとんど知らない」


「じゃあどうやって生計を立てているの? そこの畑だけじゃ、食べ物をまかなえないよね?」


 シルヴァは私が持ってきたお肉に相当惹かれていた。ということは、自力で狩りができないということだ。

 小さな畑があるとはいえ、森で木の実採りをするだけじゃ限度がある。冬も来るし。


「森で薬草摘みをして、商人に売っている」


 シルヴァはスープのお肉をもぐもぐ噛みながら言った。


「森に長年住んでいるおかげで、地理は詳しいからな。魔物除けの香草があるから、危険も少ない。この森は魔力が豊富だ。おかげで珍しい薬草があるんだよ」


「へぇぇ。私にもできるかな、薬草摘み」


 私がずずっとスープをすすると、シルヴァは顔をしかめた。


「は? お前は町に帰るんだろ?」


「いやあ。それがどうしようか迷っていて」


 私は軽く身の上話をした。

 実家と折り合いが悪くて、森に捨てられるような形で家出したこと。

 何とかかんとかサバイバルして生きてきたが、冬を目前にして限界を感じていること。

 町に出たいと思うけれど、身寄りのない子供の立場では不安があること。


 霊珠の話は伏せながら、なるべく嘘をつかないように話した。

 そして話しながら、一つの思いが生まれているのに気づいた。


「貴族はろくなものじゃないな。食うに困ったわけでもないのに、我が子を森に捨てるとは」


 話を聞いた彼は、胸糞悪そうに吐き捨てた。


「うん。だから思ったんだけどね」


 私は上目遣いで目の前の金髪の少年を見る。


「私をシルヴァの助手として、この小屋に住まわせてもらえないかな。狩りは得意だから、お肉をいっぱい獲ってくるよ。薬草摘みも教えてくれれば、頑張ってお手伝いする。料理は一通りできるし、掃除とか片付けも任せて。だから……」


 見上げた少年は渋い顔をしている。


「駄目?」


「…………」


 彼は答えない。無言で肉をもぐもぐしている。


 私には霊珠という秘密があるが、シルヴァにも人に言えない何かがありそうだ。


「シルヴァの邪魔はしない。余計な詮索もしない。私がもう少し大きくなって、ただの迷子に見えなくなるまで、あと何年か。ここに置いてもらえない?」


 例えば私が十五歳くらいになれば、もう子供だと侮られることもなくなる。

 旅をするにも働くにも、子供の今よりずっとやりやすいだろう。

 五年は私にとっては長いけれど、シルヴァの元では学ぶことも多そうだ。

 それに寿命の長いハーフエルフの彼であれば、五年もそんなに長い時間ではないのでは。


「お願い。頑張って毎日、お肉獲ってくるから」


 両手を合わせて拝み倒したが、それでも彼は答えなかった。

 今はお腹いっぱいだから、食欲に訴える効果が薄いのかもしれない。くそ、どうしたものかな。


 その後はずっと無言が続いた。

 朝食を食べ終わっても、シルヴァは口を開こうとしない。

 思ったよりも頑固だ。あるいは、紙に描かれた設計図の類をよほど見せたくないのか。


 と。


「……プリムローズ。お前は、東にある岩場に住んでいると言ったな」


 慎重に何かを考える様子で、シルヴァが言った。


「あ、うん。岩場に小さい洞窟があったから、そこを家代わりにしてたよ」


「あんな岩の穴では、冬は凍死するぞ。今まで凍えなかっただけでも幸運が過ぎる。分かっているのか?」


「いや、まあ」


『暖』の霊珠がなければ、確実に凍えていたと思う。

 いずれは霊珠の件も打ち明けなければならないが、今すぐ言うのもどうかと思って口をつぐんだ。


「その口調では、分かっていないな」


 シルヴァはジト目で私を見た。実に呆れているような目だった。

 それから深いため息をついて、ボソリと言った。


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― 新着の感想 ―
ほのかに漂う新婚ぽさ(笑) いちゃいちゃはなさそうだけれど、それもまた良きかな。
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