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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第1章

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10:遭遇!イノシシ

 こうして数日は霊珠を貯めつつ、近くを探索して回った。

 歩き回った範囲では獣道程度しかなくて、本当に道に迷ったのだと実感してしまう。


「よし。今日は実験をするぞ」


 私は近くの小川までやって来ていた。

 枝に布を結んでおいたおかげで、ここいらを歩く分にはもう迷わない。


 今日の実験はズバリ、お風呂である。

 数日前に『水』の霊珠で大量の水を被り、少しは汚れが落ちたが、あくまで少しだけ。

 もういい加減、汚いのが限界なのだ。お風呂に入ってついでに服も洗いたかった。


 手順はこうだ。

 まず『暖』の霊珠を握りしめたまま川にダイブする。水は冷たいが霊珠が温めてくれるので大丈夫。

 次に下着姿になって体を洗う。さらに服も洗う。

 石鹸がないので不十分だが、だいぶマシになるだろう。


 で、水から上がったら『乾』の霊珠を作る。

 乾く、ないし乾かす、だから動詞の漢字になる。

 以前の予想が正しければ、乾かす……水分を蒸発させたら、霊珠は砕けるはずだ。


 このために今日は、多めに霊珠を持ってきている。


 脳内で一連の実験をシミュレートして、いざ川に入ろうとした時。


 ガサガサ――と川の対岸の茂みが音を立てた。

 ぬっと顔を出したのは、大きなイノシシ!


「……っ」


 私は後ずさった。

 イノシシは凶暴な顔つきをしている。

 熊ほど積極的に人を襲わないと思うのだが、そういえば前世のニュースでイノシシが人を襲ったニュースも聞いたことがあった。


 イノシシはイノシシで面食らったような様子だった。

 私はじりじりと下がる。


(お願い、このまま見逃して!)


 祈るような気持ちで後ろに下がり続けていると。


 再びガサガサと音がして、今度はまだ小さいウリ坊が飛び出してきた。

 ウリ坊は私を不思議そうな顔で見ると、川に足を踏み入れて近づいて来ようとした。


(やばい)


 母親イノシシの全身に警戒の気配が満ちたのが分かった。

 親イノシシはウリ坊を押しのけるように前に出ると、水しぶきを立てて私に突進してきた!


「ひいっ!」


 イノシシはすごい勢いで突っ込んでくる。

 私は茂みに倒れ込むようにして進路から逃げた。


 ドスン!

 大きな音がする。

 イノシシが木にぶつかったのだ。

 するとけっこうな大木なのに、バキバキと音を立てて折れた。


「なにこれ! イノシシのフィジカルが強すぎる!」


 見た感じは分からないが、こいつも魔物なのかもしれない。

 イノシシは目を不気味に赤く光らせながら、再度私に向き直った。


 足は圧倒的にあちらが速い。逃げられそうにない。


(……やるしかない!)


 子連れの母イノシシというのが心の隅で引っかかったが、それを気にして殺されてしまってはどうしようもない。

 ウリ坊は姿を消している。母親の戦闘モードを見て警戒心を高めたのだろう。


 イノシシの再びの突進を、またもや無様に転がるようにして避けた。

 イノシシは何度も角度を変えては襲いかかってくる。牙がかすめて私の銀髪がぱっと散った。

 いつまでも避けられるとは思えない。反撃しないと!


 私は素早く思考を巡らせた。

 霊珠に何の文字を刻むべきか?

 最初に思いついたのは『爆』だ。直撃すれば即死まではしなくても、戦闘不能に追い込めるだろう。

 でも問題は、『爆』は対象に触れないと発動しないこと。あんなに激しく動き回るイノシシに当てられるか?


『殴』も同じ理由で不安が残る。

 あれは熊のように大きな体で、しかも分かりやすい動きで向かってきたから当てられた。


「痛っ!」


 転んだ拍子に腕を地面の石に打ち付けてしまった。まずい。

 今はちょっとの怪我でも動きが鈍ってしまう。


「怪我?」


 ふと思った。

 なら、怪我をしないようにすればいいのでは?


 握っていた『暖』の霊珠を放り投げる。ちょっともったいないが、惜しんでいる場合ではない。

 代わりに右手と左手に一つずつ、カラの霊珠を握った。


(右手のは『硬』! たとえイノシシがぶつかっても、怪我しないくらい硬く!)


 硬い、は形容詞。すぐに効果は切れずにしばらく続くはずだ。

 でもこれだけじゃ足りない。イノシシの動きは鋭くて、今のままでは対応できない。


(左手のは『速』! イノシシに負けないくらい速く!)


 キィン!

 二つの霊珠が同時に光った。

 握った拳の指の隙間から、光が漏れる。

 漢字を刻んだ魔力の消費は、霊珠を作り出すのに比べれば少ない。二個立て続けでも何とかなる!


 その瞬間。体に力が満ちるのが分かった。


「プギィィ――ッ!!」


 イノシシが叫び声を上げた。

 なかなか攻撃が当たらずに苛立っているようだ。

 蹄で地面を軽く掻くと、今までで一番の勢いで突進してきた!


「来いッ!」


 私は腕を体の前でクロスさせる。

 両足をしっかり踏ん張って、イノシシの突進を受け止める。


「うひゃー!」


 ……受け止めるはずが、あっさりと吹き飛ばされてしまった。


 ゴロゴロと転がって起き上がるが、どこも痛くない。怪我はしていない。

 むしろ頭をぶつけたイノシシの方が、めまいを感じているようにふらふらとしている。

『硬』の効果が確実に出ている。

 ただしいくら体が硬くなっても、十歳の少女の体ではイノシシを受け止められるはずもなかったというわけだ。


「失敗したな。『速』じゃなくて『重』とかの方が良かったか」


 だがチャンスだ。

 私は地面を蹴ると、素晴らしい速さでイノシシに肉薄した。


 ドゴォ!


「ギャアッ!?」


 頭を思い切り殴りつけると、硬い音がしてイノシシの悲鳴が響いた。

 硬さと速さの勢いが効いている。

 けれどイノシシの頭蓋骨は分厚くて、一撃必殺には至らない。

 イノシシは苦し紛れに牙を振り回すけれど、私は素早い動きで難なく避けた。


(非力な子供の体でも、致命傷を与えられる攻撃を)


 もう一つ霊珠を使うしかない。ここで惜しんでいても始まらない。


「『刃』!」


『硬』を握った右手にもう一つ、霊珠を持った。


 次の瞬間、私の背丈ほどもある巨大な光る刃物が現れる。

 これだけ大きいのに重さを感じない。

 私は迷わず、イノシシの首筋めがけて刃を振り下ろした。





 イノシシの太い首筋に光る刃が落ちる。

 それは何の抵抗もなく、バターを切るよりも手応えがなく、一瞬でイノシシの首を切り落とした。

 イノシシの大きな頭がゴロリと転がる。

 同時に鮮血がシャワーのように吹き出た。


「ひえーっ」


 私は慌てて後ろに下がった。『速』がこんなところで役に立ち、返り血を浴びずに済んだ。

 首と胴体を切り離されたイノシシの体が、どうと音を立てて地面に倒れる。


「や、やった……」


 ふとウリ坊のことを思い出す。きょろきょろと周囲を見渡してみるが、気配はない。逃げてしまったようだ。

 母親を殺してしまったことに、少しの罪悪感を覚える。

 でも反撃しなければこちらの命が危なかった。やむを得ないと思う。


 今になって心臓がバクバク言い出した。

 助かったのだという実感がよくやく湧いてくる。


 ふと気がつけば、私の右手にはまだ巨大な刃があった。

『刃』は名詞のはずなのに、『水』よりも長く消えないで存在している。


「なにこれ。同じ名詞でも何か条件があるの?」


 私は呟いた。

 しかしそれにしても巨大な刃なので、だいぶ邪魔である。もう少し小さければいいのに。

『小』の霊珠を作らなければ駄目か?

 包丁くらいの大きさであれば、扱いやすいのに。


「あら」


 と思ったら、刃はするすると小さくなった。出刃包丁くらいの大きさで収まる。

 そしてまだ消えない。


「まあいいか。今は霊珠よりも、こっちを」


 私は地面に転がるイノシシの死体を見た。

 首筋からの血はやや勢いを失って、今は地面に流れている。


 イノシシ。

 豚の仲間。

 ……お肉!!


 私のお腹がぐぅぅっと鳴った。





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