177.あの子の命④ -車輪は回る(上)-
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夕まぐれの金色に、ガタゴト回る車輪の音が響く。
沈み行く金色の夕陽と木々の長い影を背に受けながら、ニカナグは見知らぬ農夫が操る輓獣車にちょこんと腰かけていた。
小柄はといえば、今はニカナグの背後、荷台の後ろ寄りで、揺れる干し草の山に身体を預けているはずだ。
彼女は隣で輓獣車を御す月輪族に、「ひ、拾ってくれてありがとうございます」と財布から礼金を渡した。男はホクホク顔でそれを懐に納めると、ニカリと笑った。
「ハア、オラは銭子ぁ貰っだ立場だで、別にええども……あんだらホントに傭兵ハンザの、ダカントラさんのお屋敷まででええんだな? 医者んどこは? 後ろさんは、アレで具合 大丈夫なんがね?」
「あ、ひゃ、はい、大丈夫ですっ! でも、わ、ワタシちょっと、彼の様子を見てきますんで!」
「そうが。……ヘヘッ、にしても幸運じゃっだなぁ? もうすぐ街門も閉門時間じゃて、都市目指しでオラより後ろ走っとるやつは、もうおらんど」
ガハハハと風通しの良い笑い声へ愛想笑いを返しながら、ニカナグは御者台から後ろへ移った。荷台の端を渡り、視線だけで自分を見上げる小柄の側へ、改めて腰を下ろす。
あれからどうにか街道の枝道から太い通りに引き返し、あの月輪族に拾ってもらったのだ。
「大丈夫かい? 無理するなって言ったのにさっそく無理やり歩かせてしまって……」「これくらい何ともないッス! それに、早く戻らないと」
事態が急を要することは、もう小柄も理解してくれたらしかった。ニカナグは、先ほどこの少年と二人で交わした会話を静かに思い出す。
◆
――――トルタンダ。〈大巫女〉。
はじめ、全く聞きなれない響きに、分岐点の岩にもたれ掛かる小柄は首をかしげていた。
『姐さん、それ……なんすか……? はんば……?』
『〈大巫女〉、ね。
すごく古い言葉だと聞いてる。
だけど、この〈大巫女〉が何かを説明する前に、まずはワタシが、今回の調査で至った結論について聞いて欲しい』
素直にふんふんと受け止めてくれる彼を前に、ニカナグは言葉通りに話題を変える。
『ワタシたちは、異常体の妖獣がどうして人を襲うのか。発生源はどこなのか、ソルスガさまから突き止めてほしいという命令を受けて、ここまで調べてきたよね?』
小柄はこくりと頷いた。さっき、ニカナグが口にした言葉を自分なりにまとめて語ってくれる。
『結局あの異常体ども、全部あの妖魔たちに操られてたッス……。子供ばっかり狙ってたのも、裏にあの双子がいたからっ……すよね』
しかしそれを聞くニカナグは、首で小さく否定の意思を示す。違うのだ。
『それが……、拐われてたのはここまでみんな子供だったけど、それは偶然で、多分共通点はそこじゃなかったんだ』
『ほわ?』
『――――魔力、だよ。
まず、ここまでの被害者を思い出してくれないかい? マーナちゃんは魔力持ちだったよね?』
『魔力……』
また首を傾げだす彼だが、今度はすぐにいちばん分かりやすい部分に言及する。
『あわ……? 確かにマーナちゃんは、根付祝いで魔力がたくさんあるって言ってお祝いされてたッス……?』
うんうん、と頷き返して、ニカナグは続ける。
『それから、ちょっと妖魔との接点が濃すぎて抜けてるけど、眇目くん。……彼が呪い持ちだったこと、君は知ってた? 思えば旧村の門前で〈虚棲ミ〉と戦った時も、さっき襲われた時も、率先して狙われてたけど、あれは彼がかなりの魔力持ちだったからで――――』
『ああわっ……』
すると小柄は、なぜかハッとした表情で彼女の顔を凝視する。盲点だったと驚いているのかと思ったが、それだけではないらしい。
すぐに深刻そうな上目遣いになり、いかにも言いにくそうに口を開いてくる。
『姐さん、自分……自分は……。センパイの名誉のために、これだけはご主人サマにも黙ってたんスけど……、――センパイは呪いで色々、拐ってきて奴隷にした人たちに、酷いことしてたんッス。……ハナトさん、にも』
『う、ん?』
一瞬、その表情をきょとんと見つめてしまうも、隠していたことを怒られるかもしれない、とビク付いていることには彼女もすぐに気付く。
小柄は、非合法な奴隷落としに遭った者の世話もさせられていた。思い返してみれば知っていて当然だった。
きっとこれは、ニカナグのために勇気を出してくれたのだ。
だから彼女も、少年の信頼に応えるように小さく肩を竦めてみせる。
『そうだね、ワタシも……。別に小柄くんに言ってなかっただけで、そもそもワタシが眇目くんを護衛に据えたのは、彼が『呪い持ち』だと解った上で、ハナトくんの喉を何とかして貰おうと思っていたからなんだ』
すると小柄は、明らかに夕陽の眩しさとニカナグを見間違えている視線でまた彼女を見つめはじめる。
『……姐さん……。姐さん怒らないんすね。
……それに〈天賜〉だけでそこまで解ってたなんて……、すごいッス……!』
直球で誉められるのにはさすがに、ニカナグも慣れない。ゆえに誤魔化すように笑ったが、
『ふふ、ありがとう。……まあ本業の魔法は、人の魔力を借りないとなにも出来ないんだけどね……』
多分、これが良くなかった。
失言だと捉えたのか、彼女の新しい助手は一瞬で『おわー、自分、姐さんになんてことをー!』などといいながら平伏の姿勢を取ろうともがきだす。
『あっ、いやうん別に大丈夫だからね?! ……ひぇ?! 『休め』! ほら『休め』だよ?!』
ニカナグも俄に慌てて命じ、どうにか小柄を、寄りかからせていた分岐点の大岩に押し戻した。
閑話休題。
それから彼は、叱られて反省する犬みたいな表情を独りでし始めたが、話の途中だったことは忘れておらず、自分から続きを切り出してくる。
『……で、でも、そうしたら、ウルシンさんは? アネアさんも家族も、ウルシンさんに魔力があるなんて一回も……』
『い、いや、それが、ね??
多分、言ってたんだ……。ワタシたちは気付かなかったけど』
『おわ??』
『ウルシンくんの服が見つかったときと、アネアちゃんがワタシたちと別れるとき。家族がみんな、何て言ってたか覚えてるかい?』
思い出して欲しいと問いかけるのと同時に、彼女の中にも彼らの言葉がめぐる。
――――ウルシンは円環の河に還れない代わりに、最後の力で……――――。
――――これはあの子が、私たちに残していった魔法。いや、『呪い』なのかもしれないね――――。
――――お兄ちゃんの最後の『魔法』、見つけてくれてありがとう……――――。
『あっ?!』
どうやらそれは、小柄の胸にも刻まれていたらしい。
『……うん、やっぱりちょっと不自然だったよね?
ワタシも、なんか妙に詩的だなって思っていたけど、ウルシンくんが本当に魔力をもっていた前提で考えると……、『遺族の言葉』としてはしっくりくるんだよね』
『……ほ、ホントッスね……』
『それにあの双子、ワタシたちを食べる話し合いを始めたとき、死にかけだった小柄くんは、『食べやすそうだけど食べないと決めたもの』とか言って選ばなかった。アレは君に魔力がないからだったのかもしれない。
ワタシは、一応はギリギリ『基準』には達してるらしかったけど、触ったら妖力を吸うって脅してたから、警戒されてたんだろうね。
それで、彼女たち的には『合格』だったすがめくんを……』
『おわ……それで、『美味しそう』って……??』
『いや、そうは言ってもまだ全部、憶測の域をでないんだ。研究職の身としては、ここでそうだと決めつけるのはあんまり良くないと思ってるよ。……でも、今は喫緊の課題だから、仮説でも可及的速やかに動かなくてはいけなくて……』
小柄はそれでも静かに納得したようだった。そうしてややあってから、そっと問いかけてきた。
『じゃあ、ハナトさん、は……?』
(――ああ、ついにこれを話すときが来たのか……)
そう思うと、藤色の瞳二つからはどうしても笑みが途絶える。真剣な顔つきで先日の森の家でのことを語りだした。
『そもそもワタシは、ハナトくんが倒れたことがきっかけで、あの家に呼ばれて小柄くんやあの三人と顔を合わせたんだけど……。
倒れた原因は胞果熱だったんだ。でも彼女、ワタシが呼び出されてから、三時間も経たない内に目を覚ましたんだよ。
……確かに胞果熱、だったはずなのに』
『ほわ?! 根付き祝いされてたマーナちゃんだって、確か二日って言ってましたよね?!』
小柄も信じられないようだった。ただ、そんなすっとんきょうな声を上げてから、彼はふと黙り込んでしまう。
それから次に目が合うと、少年もまた、淡々とあの日のことを語りだしてくれた。
逃げ出したハナトの追跡に駆り出された時のこと。
頭目たちが、ハナトのことを『金のたまご』と呼んでいたこと。
無事に『納品』できたら、今までの商品とは比べ物にならないお金が手に入ると言われたこと。『今回は、お前にも報酬を分けてやる』と言われた。だから絶対に逃がすなと言われたこと。
しかし〈稀人〉と〈門〉も山の掟のひとつとして大切に想ってきた彼にしてみれば、〈稀人〉を奴隷にするなど、到底 許容できなかった。
どうしてそんなことをするのかも、小柄の立場からは訊けなかった。けれど結局は、従うしかなかった。
そんなことを一つ一つ教えてくれた後、小柄の表情がふと曇る。
『――――姐さん、いま自分、すっごく怖いコト考えちゃったんスけど。
……五分さまもセンパイも、ハナトさんの魔力が多いからって、妖魔のゴハンにするために捕まえてたり……しないッスよね……?』
『――――へっ?!』
思わずニカナグの喉からは上ずった声が上がってしまう。眉間には、にわかには受け入れられない思いをにじませて深いシワが寄ってしまった。
次の更新は 11月4日(水) 22:10~22:20の間くらい(手動更新)です。




