175.ニムドゥーラ③/4 -三つ編みにリボン-
読了目安→8~11分
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「んねえ、イチ、お店入らないの?」
一通り『相棒』のお叱りを受けたあとフィーは不思議に思って、可愛い店の入り口でイチヘイに首を傾げた。
「いや。俺は外で待ってる」
「んええ?」
彼の首の動きに合わせ、お師匠さまが彼にあげた赤い魔除けの房飾りも揺れる。
しかし拒否、だ。思いもしなかった反応に、フィーは少し困る。
そういえばこんな可愛い小物を売っているお店なんか、彼と過ごして来た十年、入ったことは一回もなかった。ハナトをうちの子にしなければ、この先も永遠になかったかもしれない。
だからこの反応が元からあったものなのか、お師匠さまの封印の破れ目から漏れ出してきたものなのかはフィーにも判らなかった。
けれどそんな困惑を、イチヘイは多分、『相棒』が一緒に来てくれないことへの寂しさとか、つまらなさ辺りに受け取ってくれる。だってそんな言葉が返ってきた。
フィーは思わず組んだ後ろ手の中に、お師匠さまと守り続けている秘密を握りしめる。ぶっきらぼうな彼の優しさに甘え、ごめんねの気持ちを一緒に隠したまま、
「んへへぇ……」
と緩んだ顔で笑ってみせた。
それでもやっぱりハナトのために可愛いアクセサリーを選ぶのには、心が踊るのだった。
ハナトの前髪は、"群れ"の奴らに切り落とされて極端に短い。逃げたときの目印になるよう、奴隷にされた女子は前髪を落とされてしまうからだ。
でも後ろの髪は、編めるくらいの長さがあった。これならリボンも編み込めるし、結べる。きっと可愛くなる。
……そう思って気付いたら、色違いのリボンと、前髪を隠すための新しい額飾りを合わせて六つも買っていたフィーだった。一つで済ますつもりだったのに。
「待ってるとは言ったけどな。お前、時間かけすぎだし買いすぎだろ……」
店から出てくるとイチヘイは不満そうだったけれど、ホントにダメなら彼はこっちの都合なんか構わず、もう行くぞと言い出すはずだ。
「――おいチビ、もっかい店入れニャ!」
《ぬ、ミミ、「おわり!」》
「だから縞サマって呼べっつってンだニャ!」
ハナトも先に戻り、なんだかツヤツヤした顔の猫を抱きながらイチヘイの脇で待っていた。
「待たせてごめんねぇ、イチ、ハナトちゃん」
「おいクソアマァ、オイラにも詫び入れふみゅ?!」
《……「だいじょ、ぶ」》
まだカタコトでおぼつかないが、ちょっとずつハナトも言葉を覚えてきた。フィーにはそれが、尻尾をゆらゆら動かしてしまうくらいには嬉しい。
あと、猫を黙らせる手綱さばきもハナトは上手くなってきた。
ふるふると首を横に振る彼女に、手を差し出す。
「ねーねー、ハナトちゃんは何か買ったのー?」
《……ぬ……》
フィーの手を握り返すハナトは、ふるふると首を横に振る。すると後ろを歩くイチヘイがさらっと口を開く。
「この店じゃ見つからねえから、別の店も見たいらしい。このまま周り歩くぞ」
「んえ!? やったー、観光だー!」
心が跳ねた。歩き出す。
イチヘイは前よりだいぶ口数が増えたし、豊かになった表情で、気持ちをちゃんと伝えてくれるようになった。
――けれどこちらは、本当に間違いなく綻んでしまった封印のせいだった。
そこに潜む危うさはフィーも良く解っていたけれど、それで前よりイチヘイが楽しそうに笑っているのも確かだ。
そうしてここにはそんな彼がいて、ハナトがいる。……あと、最近飼いはじめたお行儀の悪い猫も。
夜と月に呑まれないこの一瞬、フィーは久しぶりに幸せだと思っていた。
前回はお師匠さまにも何とか許して貰えたけれど、もしここより先に崩れたら、お師匠さまが封じてきた、彼の妖魔としての記憶も戻ってしまうかもしれない。
(それがお師匠さまに見つかっちゃったら、今度こそイチは……)
――だからこれ以上は、絶対に進めさせてはいけない。
そう決意して、思わずぎゅっとこもってしまった掌の力に、ハナトが不思議そうに顔を上げてくる。それから少女はいたずらっぽく笑って、彼女の手をぎゅっと握り返してきた。
その、何も知らない無邪気さに、知らず癒されてしまう。フィーはこの少女が可愛くて仕方がない。
(……そうねぇ、ハナトちゃんがいれば、きっと大丈夫なのよ……)
そうして根拠もなくそう信じる。だってフィーは壊れそうでも、ちゃんと二人を愛しているから。まだ『まとも』に、踏みとどまれているから。
榛色の瞳に優しく微笑み返しながら、フィーはこんな一瞬が永遠に続けばいいのにと、泣きそうな思いを抱えた。
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花登は半日、二人と一匹と一緒に都市ニムドゥーラをうろうろした。
大鐘楼の展望テラスから都市の景色を眺め、昼ご飯を食べ、市場とお店をうろつき、花登も買いたいものを見つけられた。
「――はいハナトちゃん! できたのよう!」
そうして夕方より少し前、布と木の匂いがする宿の鏡の前で、花登の両肩にはポンと手の重みが乗る。鏡越しに、フィーが花登の顔を覗き込んできた。
肩より少し長いくらいだった花登の髪は、フィーが買ってくれたリボンで綺麗な三つ編みに変身していた。
「……お前って、昔から料理は焦がすクセにそういうのは得意だよな」
「んへへぇ、イチに誉められた!」
「今の、誉めなのか……?」
後ろで軽いやり取りをはじめる二人の会話を耳にしながら、花登は小さな鏡を覗き込んだ。
綺麗に結われた、自分の髪をつまみ上げる。
ツインテールの三つ編みだった。紫に近い濃いピンクのリボンを髪と一緒に編んで、そのまま器用に毛先を纏めている。
こっそり正直に言うと、本当はこれは、花登の好きな色のリボンではない。ついでに言うと、もうすぐ十一歳の花登は、別に手なんか繋がなくても迷子にはならない。
……でも、絶対に言わない。気を遣っているわけでもない。
だってお姉さんなのに子供扱いされても、リボンが趣味じゃなくても、本当に全部、花登は嬉しいのだ。
この服も、靴も、背負い鞄も、森の家にある自分の部屋も、自分のための持ち物は全部そうだ。
それから、こうしてフィーやイチヘイが花登に何かしてくれることも……――まだ子供で、何も二人の役には立てない花登にとっては、それらはぜんぶ、自分が『ここにいていい証拠』だった。
今日増えたヘアアクセサリーも、フィーがこうやって髪を編んでくれたことも、そんな宝物のいちばん後ろで、また新しい『証拠』のひとつになってくれる。
「ふふふ……」
だから思わず笑みがこぼれた。
そこに長い立ち耳を生やす彼女が戻ってきて、また鏡越しに花登を覗きこむ。
「んええ……。ハナトちゃん、気にいってくれたのよぅ?」
「――……うん!」
花登はにっこり、その翡翠色の瞳に頷きを返した。
「ふぃぜ、座、てっ?」「んえ? なあに?」
だからニコニコと手を引き、花登は自分が座っていた椅子を身振りでフィーに譲る。赤い房飾りと鎖のピアスを揺らしながら、長い耳の彼女は背のない丸椅子に腰を落とした。
榛色の瞳が残り五本、鏡の前にまだずらっと並ぶリボンと額飾りを眺め、弾む心でその中の一本を選ぶ。
「……おかえ、し!」
手にしたのは、縁と真ん中で色が違う水色と青のリボンだった。お返しに、フィーの右耳の付け根にそっとそのリボンを巻こうとする。蝶結びにしたらきっと可愛いと思ったのだ、けれど、
「――――んふゃっ!? リボンはダメぇッ……!」
すっとんきょうな声をあげて、急にフィーは立ち上がった。花登もびくりと身体を震わせてしまう。
後ろでなぜか睨み合っていた、イチヘイと縞までがパッと彼女を見る。
集まる視線の中、花登に顔を戻したフィーは、
「んえ。あ、あのね? み、耳の付け根、くすぐったいから……。そ、それにボク、女の子の飾り着けるの……、好きじゃないの。好きじゃないのよぅ……えへ、えへへへ……」
両耳の付け根を抑えながら、笑顔を張り付けて急に踞ってしまう。急に現れた発作のような狂気の気配に、花登は一瞬固まってしまった。
「――おいフィー?」
そこへ困惑した様子でイチヘイが近付いてきて、その傍に膝をつく。花登にもちらと視線を配りつつ、彼はぎこちなく杏色の頭に手を置いた。
「……落ち着け。なんか食うか?
お前さっき市場で、『あとで食べる』って土飴、買ってなかったか? それとも、またロゴ梨でも買ってきてやろうか……?」
「ん、え……? ……土飴。……うん……飴食べる……」
言ってフィーは立て膝で数歩這い、窓際に置いた自分の鞄からロリポップのようなものを引っ張り出すと、黙って口に含みはじめた。
ぽすりと、長い尻尾とお尻が寝台の上に乗る。その様子を、すぐ側の床で屈んだままのイチヘイの背中が見上げている。
静かになった。
「……ケッ、キチガイどもが、イチャ付きやがっふみゅ」
近付いてきた縞がわざわざ花登の肩によじ登ってまで悪態をつき出すので、さっとその口を抑える。そのまま猫を小脇に抱え直して、フィーの側に立った。
四日前、お師匠さまが森の家に現れたときから、花登は彼女が、イチヘイを守ろうとしていることだけにはなんとなく察しがついていた。
……もしかしたらそれが理由で、フィーはここまで壊れているのかもしれない。でもやっぱり決意なんて定まらない弱い花登が、本当の理由を直接フィーに問うことは、怖くて出来そうもない。
だから、口を開く。
「ふぃぜ、ごめ……」「んえ? ハナトちゃんも飴、食べるのよぅ?」
しかしその謝罪は、さらっと返ってきた笑顔に遮られてしまう。
……何だったのだろう。怖いくらい、もうケロリとしていた。
(え、え……?)
困って思わずイチヘイの方を振り向くも、やっぱり彼も細めた目でわずかに首を振り、『わからない』という意思を示してくる。
だから花登もよく飲み込めないまま惰性で頷いて、「たべる」と手を差し出すしかなかった。
フィーから、細い木の棒に刺さる、四角くて土の塊みたいにゴツゴツした塊を一本、渡される。一口大のそれを口に含むと、花登にも食べた覚えのある味がした。
(ぬ?? 黒糖だー? これ……)
端っこをかじると簡単に崩れて溶けて、とても甘い。
ニムドゥーラはいろんな場所からいろんなものが集まってくるから、この都市ではこういう甘いものも売っているのだと、さっきイチヘイが説明してくれた。
何か混ぜてあるのか、それとは別にちょっと香ばしいスパイスのような匂いもする。
「甘いの、美味しいねぇ、珍しいねぇ」「ぬ……」
フィーはもう、ニコニコ笑って満足そうだった。
巣蜜の話を聞いてから、この『甘さ』そのものが貴重なのはよくわかっている。フィーのことも、花登は好きだ。
だからこくこくと頷くも、…………なんだかとても気まずい。
青いリボンを握ったままの手をワンピースの右ポケットに重ねると、さっき絶対フィーに似合うと思って買った、アクセサリーの感触が返ってくる。
お月さまを象った、白い石のペンダント。見つけた露店でこれを選ぶとき、買うところを見られないようにこっそりイチヘイにも手伝ってもらったのだ。
花登にはあんなに楽しそうにリボンを選んでいたのに、彼女は女の子の飾りは苦手だという。喜んでくれると思って秘密にしていただけに、花登は渡す前からしょんぼりしてしまう。
フィーは花登のことをとても大事にしてくれるのに、やはり彼女は、花登が知っている普通の大人ではないのだ。
その事実が、土飴の風味と一緒に彼女の内側へ甘苦い波紋を広げる。
……なのに左腕からは空気なんて読まず、うねってくねって逃げ出そうとする縞の声が聞こえてくる。だらんと二つ折りに垂れ下がったまま威張っている。
「おい、そろそろ離せクソチビ! ニャア!」
そしてその、急に消沈して猫に横目を流す表情にだけはめざとく気付いて、フィーが反対側から話しかけてくるのだ。
「んええ、どうしたの……? やっぱり飴、美味しくなかった?」
(ぬ、え? ……どう答えればいいんだろ、これ……??)
花登は飴の棒をくわえたまま地味に混乱してしまった。
そうして迷った末に、ポシェットのようにずっと肩から下げている筆記板に手を伸ばす。出てきた文字をバッとイチヘイに見せた。
もうごまかすにはコレしかない。
「あ゛?」
急に板面を見せられた彼もだいたい花登と同じ表情をしていたが、目線で文字を追いはじめたイチヘイの顔に、意地の悪い笑いが混じりだしたのは、多分気のせいではない。
「嗚呼ー……?
……おい、フィー。花登が、『貰ったリボンでミミと自分をおそろいにしたいから、ミミにもあげても良いか?』って言ってるぞ」
拘束を逃れて床に着地したばかりの猫が、バネで弾かれたように顔を上げた。
「……ニャ!?!?!? おまっ、オイラはそんな、なよなよした女の飾りなんかお断りだニャ!? つーか! お前ホント! 手下のくせにオイラをなんだと思ってるんだニャ?! もっと敬えニャァァァ!!」
「…………。ふふ、《しま、サマ》」
「くっ、クソガキがっ……。な、何でこういうときだけちゃんと呼ぶんだニャ?! おちょくりやがってクソがニャ!! 殺すぞニャ!!」
するとそこに、電光石火のようにフィーの手が伸びてきて、縞が逃げ出すより早くその毛皮の背中を鷲掴みにしていた。
「ピミ゛ャッ!?」
言葉で再現するのはちょっと難しい、変な悲鳴が猫の口から上がった。
「――ミミちゃん、お口が悪いのよう????」
そうして彼の目前には斜めに傾げられた、杏色の首と耳。
にっこりねっとり、満面の笑顔である。
フィーは普段、縞が何をしていてもほぼ無関心なのに、この猫のお行儀が悪い時だけ、ニコニコしながらすごく怒るのだ。
もうしないと反省するまで耳長族の耳のよさと俊敏さで追いかけ回し、縞にだけはまったく優しくしない。
縞もここ数日でいろいろやらかしてそろそろ骨身にしみているらしく、
「……け、ケッ! お前みてぇクソアマなンぞぜんぜん怖かねェにゃ! いつか仕返ししてやるから覚えとけニャ?!」
と威張り散らしながら尻尾は後足の間にきっちり挟まれている。
「それにー、ボクの大事なハナトちゃんにそんな態度とる悪いヤツは、ご飯抜きの刑だもんねぇ??」
「なっ……ご、ご飯抜き……ニャ……??」
……それはこの猫の一番の弱点に、脅しとして美しいくらいにヒットした。とたん縞は、菜っ葉に塩を振られたみたいに大人しくなる。
「ほらハナトちゃん、今のうちよぅ?」
「ぬ? うん?!」
急に振られた花登もびくりと震えるが、チャンスなのは間違いなかった。
ちょっとやりすぎたかなぁとは思う反面、これはこれでなんだか楽しくもなってくる。
後ろでこちらを眺めているイチヘイは、片腕で口を抑えながら肩を震わせている。楽しそうだ。
それを目の端で新鮮にとらえながら、花登は手の中にあったリボンを、もう一本の細い赤色のリボンと髪留めのセットに持ち替えた。
怯える縞に、迫る。
「……お、おい?! やめるニャ?! やめ……、オイラはそんな、そんなカワイイものは……――!!」
――――ギニャァァァ?!?! と響いた、ダミ声の猫の悲鳴。
宿前で、骨をくわえた野良犬だけがピクリと顔を上げたが、そんな残響も夕刻前の日差しの明るさに溶け、すぐに街の一部と混ざった。
次の更新は 10月31日(土) 22:10~22:20の間くらい(手動更新)です。




