167."狗"の言葉⑦ -つながる魂-
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「――おわっ、センパイ何してるんスかっ!?」
後ろから上がる声も意に介さず、ニカナグに向く満面の笑みはとにかく張り付けたようだった。
「ところでさ、ねえ? ナニ考えてこんなことしたの、暫定サマ……? あんた、要らんヤツを要らんタイミングで敵に回して、ついでに僕のコトも騙して命拾いしたんだよー? 良かったねー、スッッッゴイ成長だわ。これで満足? ねえ???」
よく見れば屈んだ尻の後ろで、尻尾が武骨な鈍い音を立てながら荷台の床を殴っている。瞳に宿る光は欠片もニカナグを許しているように見えない。
剣の持ち手にかかっていた手を含め、どこまでが冗談なのか分からなかった。
ニカナグは顔の片側をひきつらせる。
「は、はひっ! すまにゃかった! けっ、けど、だってあれしか、眇目くんが助けてくれるか、見極める方法を思い付けなかったんだ……それにこうしないと、君も私もどうなるか分からなくて焦って……」
しかし勢いづいて、思えばかなり向こう見ずなことをしてしまったのは確かだった。
「き、君が怒るのも無理はない、よね……」
その発言に眇目は一瞬、なぜかまるでさっきの妖魔がしてきたように、不快なものを見る目でニカナグを睨んできた。手がパッと離れる。
「やっぱ嫌いだわ、あんたみたいな激甘お花畑ちゃん」
「ええ……?」
会話に飽きたように嘆息しながら、眇目は立ち上がる。ガタガタゆれる荷台の端から、曲がりくねる後方の道と轍を静かに眺め始めた。
「……まぁ……もういいや。あんたのそのなんも分かってない感じは許さないけど。
どっちにしろ もう戻る気もなかったトコに戻れないのが確定しただけだし?」
「えっ、どういうことだい……?」
こんなこと、訊いたらまた睨まれそうだが、この男がまだ仲間だと信じてこうしたニカナグである。
なのにその言いぐさは決して『騙されていた』という雰囲気ではなく、何かしらの経緯と彼の意志であの妖魔に従っていた、と受け取る方が妥当に思えてならない。
「す、眇目くん、あのふたりと知り合いなのかい……?」
「……チッ」
問うと、彼は面倒臭いことを漏らしてしまったとばかりに舌打ちを返してくる。
何か知っていないかと思わず小柄に首を回しても、少年もまた彼女と全く同じ表情で眇目を振り返っていた。牢番ばかりしていたと言っていたから、彼も何も知らないのだろう。
返らない言葉に二人して戸惑っていると、本当にダルそうなため息が眇目の口を割った。
「……はー。アレはね、”群れ”にいた時の『良くないお客サマ』の連れ。その客が連れ回してる流れで、顔を知られてたくらい。あの妖魔と僕に関しては、それ以上でも以下でもなくまじでそれだけ。
まー、僕もアイツらがこの件に噛んでんの気付かなかったし、関わっちゃったことクソだるいと思ってんだわ。暫定サマが聞きたくて聞きたくてしょうがないって思ってそうなあのガキのことも……」
「そ、それってハナトくんの……?」
そこまで話してから、彼はふとしかめっ面になり片手で制してくる。
「――ていうか、詳しい話は時間ないから後にして? あの双子怒らせたからには、今はさっさと都市ニムドゥーラに入って人に紛れるのが一番安全だと思うねー」
「ほ、本当に後で話してくれるんだね?」
「……ま、僕は? 暫定サマが健やか~に無事でいてくれるほうが、立場的には得だからー」
冷めた目を流される。こんなに心が動かない労りの言葉があるだろうか。
それでもその言葉は、お前のことは嫌いだが敵対はしないという明確な宣言に聞こえた。本当に雑に扱われてはいるが、ニカナグも胸を撫で下ろしながらその言葉にボソリと返す。
「……じゃ、じゃあ早く街までいこう? 今回は追い払えたから安心しちゃったけど、――……次、またあの妖魔二人に出くわしたら、今度こそ殺されそうだしね」
途端である。
ひととき、間が開いてから、眇目が不可解な出来事にでも出くわしたように彼女を振り返った。
「は? 二人? そういう言い間違え、僕笑えないんだけど」
そこにおずおず、小柄までが言葉を差し込んでくる。
「その、自分……、片方倒したッスよね? 姐さん……??」
ニカナグはハッとして、苦い笑いを二人に向ける。自分以外には視えていないことを忘れていたのだ。
「あ、えっと……今の妖魔の女たち、核はそれぞれにあった……けど、正体が剥げた瞬間から二つで一つの命を共有してるのが見えたんだ。
だから小柄くんの矢が刺さった瞬間も、さっき探知範囲から外れるギリギリまでも、核からの波長は感じられてたんだ。ずっと二つぶん。……言いそびれててすまない」
小柄のポカンとした表情に、さらに困惑が追加されるのをニカナグは感じ取る。
「りっ、理屈はわからないよ?! けど、そのせいで他の妖獣や妖魔を倒すときには有効な、生物としての急所を傷付ける攻撃を受けても、死なないのかもしれない……」
「――――ああーー、長ったらし! つまり両方生きてる? 今も!?」
強引に締めくくろうとする問いかけに、ニカナグは慌てて何度も首肯する。
「はひ!! ……そう、あ、あれは単なる死んだふりだったんだと思う……」
するとさすがに眇目も動揺したのか、明らかな戸惑いを耳と尻尾に滲ませながら、静かに片手で顔を覆い始めた。
「うへぇー、なんなんだよ、デタラメじゃんあの女ども……。僕のほうがよっぽどまともだって」
まとも、かどうかはニカナグの中で審議入りだが、それ以外は全くその通りだと彼女も思う。
「……お、思えば、いくら小柄くんが射るの速かったとはいえ、目の前で弓を構えて射たれるまで、あの妖魔二人とも、ずっと小柄くんのことを見向きもしなかった……。怯えたり避けようとする仕草もなかった……。射たれて始めて、敵と認識する、みたいな……」
「ッス?! そういえば、そうでした……」
「それは、裏を返すと普通に攻撃されることなんて、驚異でもなんでもないと思ってるっていうことなのかもしれない」
見るからに互いの片割れを溺愛している一方、それ以外の人間は弱すぎてゴミだとでも思っているのかもしれない。ニカナグのこともゴミ女と呼んできた。眇目以上に何を考えているか、全く分からない。
だが、そもそも人の魂を糧に生きる化け物のやることを、常人の尺度に当てはめること自体が間違っている気がする。
なら余計に約束していた明日と言わず、今日中にでもソルスガに助力を乞わなくてはならないだろう。庇護を受けねば、最悪あの化け物に殺される。
ニカナグの返答に小柄が目に見えて絶句する様子に胸を痛めつつも、彼女が一人決意したときだった。
「う……ん? ……はへっ?」
閉じようとしていた彼女の〈魔法族の眼〉が、突如として不穏な妖力をとらえる。それは彼女の、すぐ左脇から巻き上がりだすのだ。
ニカナグは咄嗟にわけが分からず、身を竦めて固まってしまった。
◆◆◆◆
片側が森、もう片側に広い川が広がる昼下がりの道端に、双子は手を繋いで蹲っていた。初夏の昼下がり、日差しが森に作る影は濃い。梢の下へと落ちる緑陰の薄暗がりは、低木の影にうずくまるその二人をひっそりと隠して抱く。
ジョセの片手には、青い血に濡れて光る矢が一本握られていた。
「うふふ、大丈夫? ジョセ」
「ふふふ、大丈夫だわ。ハリ」
ジョセは片割れに微笑んだ。赤い瞳は二つ妖しく輝いて、もう何事もなかったかのようにハリの姿を捉えている。その瞳を同じ顔の、角の位置だけが違う赤い瞳が見つめ返した。
「ハリがいればジョセは死なない」
「そうよね、ジョセがいればハリも死なないわ」
「……でも、あの女の力、びっくりはしたわ……」
「そうね、びっくりはしたわ……」
「今はもう、近付かないでおきましょう」
「そうね、吸われるのは不快だわ。今は大事な時期ですもの、ジョセ」
「ええ、ハリ」
整った顔で無邪気に確かめ合い、組み直す手指の間に互いの指を挟む。肌の擦れ合う音を立てながら、妖艶な手付きで握り合った。
それからジョセはハリを覗き込んで、いたずらの種明かしをする子供のようにクスクスとはしゃぐ。
「ねえ、でもハリ。あの子供に刺されてる間にアタシは準備してきたのよ」
「ええ、知っているわ、ハリも見ていたもの。ハリに噛みついた、思いがりも甚だしいあのゴミ女は、何も気付いていなかったわ」
「本当ね、きっと今頃、アレに無様に殺されているのじゃないかしら」
「愛しいジョセに傷をつけた、あの子供もいまごろ死んでいるわよ」
応じるハリも、クスクスと楽しげだ。
「ならハリは、ジョセとここでアレが、おみやげを持って帰ってくるのを待とうかしら」
するとジョセは「そうね」と返事をしてから、自らの片割れに、甘えた声で抱きついた。
「その間に、ねえ、ハリ……。ジョセは置いてきた『アレ』に対になる、新しい仔を産んでもいいかしら?」
問うと、片割れの彼女は無邪気な笑みでジョセの耳元にクスクスと囁きかけてくる。
「まあ、いい考えだわジョセ! 片割れがいないのは、可哀想ですものね」
「うふふ、じゃあ、そうするわ」「そうしましょう、なら、いつもみたいに……」
クスクス笑って、額を寄せ合う。そこから先の二人には、もうお互いの存在しか見えてはいないようだった。
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