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165."狗"の言葉⑤ -鉄の掟-

読了目安→6~9分

 ◆ 


 肉飯は、美味しかったのだと思う。

 盛られた果物の中で一番甘かったのは、この農園で作られている赤い実だったのだと思う。


 でも、だってこのような状況で、味なんてわかるわけない。


 まさか眇目の皮を被った、得体の知れない何かの正体を、こんな大勢の前で暴きはじめるわけにもいかない。


 だからニカナグは農園主の老婆に車掌からの言伝を伝える間も、出された食事を口に運ぶ間も、果樹園側の聞き取り調査を始めた時も、やはり新しい実入りはなかったねと小柄と話し合う間にも、続く酒宴の中で素直にニカナグの隣に座る眇目に気づいた時も、飲兵衛の老爺からしつこく勧められる酒をどうにかこうにか断る間も、宴を中座して暇乞いをする時も、それに別れを惜しまれる時も、見てしまったものについてずっっっっと考えていた。


 ……そしてそれは今も、〈眼〉を開けばすぐ目前にある。


「ほわー、いっぱい食べちゃいやした!」

 満足げに腹をさする小柄の隣で、隻眼が彼に話しかけている。

「ふーん? ああいうの旨いっていうんだ? 小柄は」


 ニカナグはいつもより和やかなその会話ごと、背後からそれを凝視している。〈眼〉に映るこの耳長族の魔力の色は、昨日目にした時から明らかに色を変えていた。緑から灰色になった。

 目に映るかぎり、魂が歪んだかたちをしているのは、元からではある。

 なのに、そこから感じる波長だけが、昨日の観察時より全(まっと)うな人間の匂いを漂わせ続けている。


 正常……ゆえに異常なのだ。


 最初は全く意味がわからず、ただただ戸惑ってしまった。


 それに加えて、今の彼は言動もかなりおかしい。


 最も決定的だったのは、あのあと招かれた宴の輪に加わって、しばらく経った時。

 隣席にいた知らない老爺に『お嬢ちゃん酒は呑まねぇのか?』とニカナグが絡まれた瞬間だった。


 老爺はやや強引だった。彼女が手首を掴まれたとき、直ぐとなりに座っていた隻眼は――――あろうことか、その成り行きを面白そうに静観してきたのだ。


 ――つまりニカナグを、守らなかった。


 その行為は、この異常をどうにか正常の範囲に収めようとしてきた無意識の足掻きすら、簡単に打ち破ってくる決定的な違和だった。


 それは彼の役割が護衛だからおかしいのではない。行動を共にし始めてからずっと、眇目はニカナグの身体の安全に関しては病的なくらい固執していた。


 思えば昨夕、彼があそこまでひどい言葉を吐き付けてきたのも、結局はニカナグ自身がその法則に触れてしまったからなのだろう。


 それはどんなに頑張っても何の信頼関係も築ける気がしないニカナグが、あの悪逆うさぎとの間に唯一、しかし絶対に理解できる鉄の掟だった。


 ……だから『これ』は、やはり眇目ではない。


「――戻ったッス!」

「お帰りなさーい」


 ――それから更に、街道沿いに待機し続けていた死骸の荷車まで戻った時である。


 開いたままの〈眼〉で、御者二人の魂までを目に納めてしまったニカナグは、さすがに一瞬、自身の能力を疑った。


 どう目を擦っても、ニカナグの〈眼〉には隣に佇む隻眼の何かより、御者台に座るこの耳長族のほうが、よほど眇目らしい魂の色をしているように思えたのだ。


(いや、というか昨日、二人っきりのときに見て感じたのと同じ波長……、ということは、こっちが眇目くんだよね?!)


 ただ、怪訝さに眉をしかめても、目の前の『何か』は相変わらず眇目の姿で眇目として振る舞っており、本物らしき当の本人は顔を隠して黙ったまま。

 身振りだけで後ろに乗れと示してくる。 


 なぜ眇目は、得体のしれないものに成り代わられ、それを黙認しているのだろう。


 ……視えたところで、結局何が起こっているのか、ニカナグにはさっぱりわからない。


 そこへ、『残りの帰り道はこの輓獣車(ばんじゅうしゃ)で送っていく』という旨を、本物の眇目の隣からあの綺麗な少女……の姿をした何かかが話しかけてくる。

 彼女の魂も灰色をしていた。波長は偽眇目と同じく只人のそれだが、おそらく彼女も人間ではない。


 これに乗り込んだらどうなるか、少し怖い。


 押し寄せる不安に、ニカナグは唇へ人差し指の腹を押し当てる。


 数瞬思い悩むも、結局は足をかけて登ってしまった。一つだけ全員助かりそうな方法は思い付くも、この状況ではその方法ですら、眇目本人の力を借りねば打破できる気がしなかったのだ。


 ある程度走り、果樹園が遠く離れた辺りで、ニカナグは意を決して唐突に話し始める。


「――二人に、その、ほ報告が、あああります! 二つあります!!」


「……だ、大丈夫ッスか姐さん?」


 とたん、ずっと心配そうにニカナグを見ていた小柄の顔が、前抱きにした弓と弓弦《ゆづる》の間から覗き込んでくる。それくらいは挙動不審だった。


 自分でも口を開いてから、声が震えていることに気付いた。ニカナグは荷台後ろの角隅で、膝を抱えつつもコクコクと助手に頷き返し、


「なに? 暫定さま」


更に眇目のような何かに促されて、小さく唾を呑みながら前を向く。

 まず初めは、向こうの御者台に座っている本人が、まだニカナグたちに協力する気があるかを確認しなければならない。


 正直こんな訳のわからない状況に呑み込まれ、さらに、もし一番戦える護衛(かれ)がこの化け物たちとグルだとしたら、……そのときはもう絶望的だ。


「すすす眇目くんにものすごくキレられたから、昨日は言い出せなかったんだけど、実はワタシ、き、昨日、眇目くんを助けるときに脛に切り傷を作ってしまったんだよね……! こう、ばっさりおっきいやつ!」


 ニカナグは精一杯、嘘をついた。案の定 目まで白黒してしまって、分かりやすく挙動不審にはなってしまったものの、


「……そんな?! い、痛くないんスか、大丈夫ッスか姐さん??」


 けれど小柄とさえ出逢って二日、まだ付き合いも浅いせいか、下手くそな嘘を嘘をついても全然怪しまれなかった。そこに、隻眼の何かが怪訝そうに問いかけてくる。


「――ねえ、それって……、どうすんの??」


「だ、大丈夫、平気だよ? 自前では治せないけど、このくらいの傷なら大叔母さんに頼めば……」


「あっそう」


「――おわ……、で、でも魔法って傷は治せても病気は治せないんすよね?! せ、センパイも言ってたじゃないッスか、傷口が膿んだりしたら……。ねえ、センパイ?!」


「は? 治るならもう良くない? そんな怪我一つごときでさ、いちいちうるさいよ小柄」


 大丈夫だと答えたとたん興味をなくす、眇目と同じ顔の何か。対して、やはり小柄だけは本気で心配してくれる。


 彼の気遣いを罪悪感と共に「ほ、本当に大丈夫だから」とどうにか受け流しつつ、薄紫の瞳は揺れる御者台をずっと注視していた。


 御者台に寄りかかる偽の眼帯頭は、もうニカナグを見ていない。

 しかし彼の背後で背中合わせに手綱を握るその耳長族は、――いま一瞬、ニカナグを振り返った。


(あっ!)


 日除け布の細い隙間ごしに、目さえ合った気さえする。

 しかしもう逸らされている。ここから見える御者のしっぽが、何か思うところを示すようにゆらゆら動き出す。……それは、焦っているのか、あるいは怒っているのか。


(……これっ、は……、まだ『味方』って思って……いい、のかなっ?)


 ほんの些細な仕草だ。百パーセントの確証は持てない。


(だけど、正体を隠して黙っているってことは、眇目くんは何らかの事情でそうしなければならない状況になっているわけで……、その状態でワタシたちのこと心底どうでもいいって思ってるか敵意があったら、多分ガン無視してくるよね、この人は……) 


 結局は、そう結論付けた。なら、やはりまだ道はあるのかもしれない。


 一方、眇目ではない眇目にうるさいよとあしらわれ、訳もわからぬまま口をつぐむ小柄は、眉をハの字に下げながらまだ心配そうにニカナグを見つめる。


「それで姐さん? 二つ目のお知らせっていうのは……?」


「そ、それは昨日起こったことについて、こっちもお詫びで、ワタシの能力のことなんだけど……説明し忘れてたなって、思い出したから……」


 しどろもだが、ただこちらは嘘ではない。

 ニカナグは懐から汎用魔法石を取り出すと、目を向けるもの全員に見せた。


 石は、青灰色に濁っていた。とたん、しょんぼりしていた小柄が、違和感に気づいたのか目を細める。


「おわ……? 姐さん、その石って……」


 そうだ、元は浅い海を思わせる、透き通って綺麗な青色だった。エニからもらった魔力の色だ。


「〈虚棲(ウロズ)ミ〉を倒す時に使ったあの魔法.....、あれは本来なら、魔石具を作るとき使う魔石に、制作者の魔力を抽出・固着するときに使用される魔法なんだ。それをワタシがさらに自分用に改良して、ずっと使ってた。

 自分の魔法を使うために、……良く助手の魔力を、石に貰い受けてたから」


すると何を思ったか小柄が素直に自分を指差す。


「あっ、き、きみじゃなくて、以前一緒に行動してくれてた人」


「ふーん? それで?」


 眇目の形をした何かが、こちらを見つめてくる。どこか興味深げな表情をしていた。まだ『これ』は、自身がニカナグに正体を看破されていることに気付いていないのだろう。


 彼女は震える声を抑えつけたくて、石を持つ指先が白くなるほどには、強く握りしめながら続けた。


「その魔法であの異状体の魂を吸い込んだ結果、この石は魔力と妖力が混ざってしまったから……。このまま下手に治癒魔法を使うと、治される側も使った側もどうなるかちょっとわからないんだ。

 幼獣や妖魔の持ってる妖力って、私たち人間のものと波長から違う。攻撃魔法に使っても暴発するかもしれない。……つまり、私は今、安全を取ると普通の魔法は使えない」


 すると、『それ』は眇目の声で楽しそうに笑う。


「へーえ、そうなんだ? んじゃ暫定さま役立たずじゃん! まあぼくは、そっちの方が面白くていいけどー」「せ、センパイ……」


「――――そう、思うかい……?!」


 そのくすくすと意地の悪い返答を断ち切るように、彼女は唐突に、揺れる車上で立ち上がった。上ずった声で変に力んで、挙動不審ではあったと思う。


 そのまま一歩、布のかかる死骸の真横まで足を進めてまたしゃがんだ。


 眇目のような何かの足が、ニカナグのすぐ目前に来る。それは〈虚棲(ウロズ)ミ〉の死骸死骸から突き出る脚をまるで足置きのように使って、緩く足を伸ばしていた。


「なに? 急に」

 

「――でも、聴いてくれないかい!」


 そしてとても自然な仕草で、彼女は眇目を象る肉球の足先に触る。もう片手に、お守りのように魔法石を握りこむ。

 ……嫌がられも振り払われもしない。


 その触れ合いに、矢筒と弓を抱える小柄がえもいわれぬ表情で目を剝き、呑んだ息の音がニカナグの耳に触れる。


 ならば余計にこんなの、やはり眇目ではないのだろう。


 正直こわい。しかしこうしないと事態はきっと膠着したままだ。

 これの魔力の色を見てしまった瞬間から、長考の末、ニカナグも今はこうするのが一番いいと思った結果だった。


「さ、さっき言ってた魔法石に魔力を溜める、魔法! あれ、ほ、本来はかなり面倒な詠唱が必要なものなんだけど、ワタシが使う魔法の中では、おそらくほぼ最短の詠唱が可能なんだ。

 なんならこの魔法だけは、ワタシが発動のきっかけになると認識してれば、なんの単語でも詠唱文句にできちゃう!  普段は……、一応固定してるんだけど――」


「ね、姐さん? なんでそんな急にセンパイと仲良……」


「――例えばこんな風にね? ……――えっと、〈ところで君はだれ?〉」


 そして『彼』へと問うた言葉は、詠唱であった。


次の更新は 10月5日(月) 22:10~22:20の間くらい(手動更新)です。

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― 新着の感想 ―
あれぇ〜? ニカナグが有能だ〜? (´・ω・`) 完全に騙された。ミスリードに引っ掛かってしまったぁ〜! 。:゜(;´∩`;)゜:。 至近距離での詠唱……効くのか? どうなるのか楽しみですよ。 (…
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