163."狗"の言葉③ -果樹園の赤ん坊-
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「えっ! てことは、噂にきく〈四ツ足禽〉を仕留めたのはお姉さんたち……」
「おうさ、私らだよ!」
それは、期待以上の巡り合わせだった。
せっかくなので集まってもらって証言をとる。
意気揚々と武勇伝を語ってくれる当事者全員からざっと話を聞き取ったあと ニカナグたちは彼らの厚意で、輓獣車の進路上にある、果樹園へと続く枝道の前で下ろして貰えることになった。そのまま進み、話に聞いていた場所の前で車は停まる。
「――ここの農園主の婆っさまは、年は離れちゃあいるが私の古い友人なんだ。ついでによろしく言っといて下さるとありがてえさね」
「お任せください、伝えておきますのでー」
降りてみると、拳大の赤い実をたわわにつけた緑が背の低い棚の下に繁り、街道沿いにも、細い道沿いにも長々と続いている。本当に大きな果樹園だった。
「じゃあ、特使さまがた。私らから話せることはこれ位しかないですが、頑張りなさって。
……今後とも御贔屓に!」
「またお会いできると良いですねー」
ところで、チャキチャキした車掌からのあいさつに、さっきから爽やかに手を振り返しているのは眇目だった。ニカナグは自身が返事をするのも忘れて、半開きの口のまま後ろからその様子に釘付けになってしまった。
去っていく一団を見送る彼からは、まだ甘い香水の残り香がしている。
思わず内心で首をかしげてしまう。
たとえ猫を被っているにしても、彼はこんなところで率先して返事を返すような人間だっただろうか?
変なものを食べていないなら、この香水の匂いに、あるいはその主に、毒気ごと抜かれてしまったのだろうか? それともまだ自分が、この片目の男に存在する別の片鱗を知らないだけなのだろうか。
「???」
ニカナグはどこかで違和感を覚えつつも、とりあえずは、
(まあ、昨日の続きを引きずって、ギスギス気まずいよりずっと平和だね……)
と前向きに自分を納得させることにする。
その間に、後続だった荷車に残された御者たちにむけて、小柄が先んじて事情を話しに行ってくれる。
耳長族の御者は相変わらず声をほぼ発さない。
それでも、特に変哲のないやりとりをする小柄の声を流し聞きつつぼんやり眺めていると、ふと会話とフードの隙間から、御者台の女がニカナグに向かって視線を上げた。
――その瞬間、どこか無機質な青の瞳が美しく蠱惑的な笑みを浮かべ、どこか艶っぽく手を振ってくる。
女というにもまだやや若い、十四、五歳程度の少女だ。なのにその美しさには、同性のニカナグでも少しドキリとしてしまう。
「姐さん、御者のお二人は、自分たちが戻るまで輓獣車ごとここで待ってるそうッス……」
そこに小柄が戻ってきて、そう教えてくれた。
「そうなのかい? ……じゃあ、三人だけで行こうか」
ニカナグは、二人を伴って後ろに伸びる草原の並木道を進み始めた。車掌からも『この先は果樹園まで一本道だよ』と教えられている。ほぼ真上からの太陽が落とす影は短い。すぐ向こうには果樹園と、隣に何軒か立つ小さな家々も確かに確認できた。
道々、隣を歩く小柄にニカナグはふと目を向ける。
彼が背負う矢筒には、昨夜遅くまで削り上げていたらしい、青頭巾の羽根矢の裂鏃と、それ以外の矢がみっちり収まっていた。
「そういえば小柄くんは、昨日は、どれくらいで寝たのかい――?」
何気ない会話は、ふとそんな切り口から始まった。案の定あまり睡眠をとっていない様子の彼にニカナグが心配の眼差しを向けたところで、本人には困ったように苦笑される。
「全部、姐さんとセンパイのお役に立つ為ッスから……」
「小柄くん……」
いじらしい反面、どこか痛々しくもなってしまう。しかしこの片目の居る場でこれ以上彼を気遣うのも、小柄本人が後から〆られそうで気が引ける。
ニカナグは眉を下げてしばし迷い、結局、話題を逸らすことを選択してしまう。
「じゃあ、きみに助手として意見を求めたいんだけど……。どうして、あの異状体たちは人間を浚って食べてると思う……?」
「ッス……?」
すると、小柄の眉付きは一瞬で大真面目なものに切り替わった。
ニカナグも、正直悩んでいた。
〈四ツ足禽〉を倒した当事者たちからの話は、きちんと聞けた。それは確かに期待以上の収穫なのだ。
ただし全員から話を聞いたところでも、初日にソルスガから『噂』として聞かされた話以上に、代わり映えのする話は聞くことができなかったのも事実なのである。
『赤子が浚われそうになり、通りかかった輓獣車の一団が救った』
〈妖獣は、〈四ツ足禽〉の幼体。翼を生やすため、危うく飛んで逃げられるかと思った』
『父親が囮になろうとしたのを車掌も目にしたが、〈四ツ足ノ禽〉は標的を変えなかった』
ちょっと英雄譚のような筋書きも、最初に聞いたものとほぼ一緒。
新しく仕入れられた情報といっても、事件現場がさっきの街道すぐ脇にあった畑で起こったために、すぐ助けに駆けつけられたこと。
幼獣の大きさが、荷車に積んである〈虚棲ミ〉の死骸より一回り小さいくらいと判ったたことぐらいだろうか。
それから、〈虚棲ミ〉の死骸に腰を抜かしていたあの御者は、妖獣との戦闘になると護衛隊より先陣きって間合いに切り込み、核を潰すまで死骸を滅多刺しにする戦闘狂であるらしかった。
妖獣が死ぬほど嫌いらしい。その話になると、ニカナグたちを置いてきぼりにしてみんな盛んに盛り上がっていた。
「……なんってか、あの御者の人だけ、なんかキャラ濃くてみんなの人気者だったッスね……」
「まあ、そこは同意見だよワタシも……」
一通り意見を擦り合わせてみたが、出る感想はそれだけである。
つまり、今度どこかですれ違っても、もう顔を覚えているかもわからないその御者の人柄が一番、話題としては濃かったのだ。……別の言い方をすれば、それくらい進展がない。
「出現数も、ウィミテーラに現れた〈虚棲ミ〉と同じく二頭だったし、出来たのは事実確認くらいだったな……」
この上、更にマーナの家族に会って、目新しい情報があるとも思えなかった。
思わず、前を歩く眇目の後ろ姿をまた見つめてしまう。視線に気付いたのか、彼がこちらを振り返る。
「なに? ぼくの意見が欲しいわけ?」
問いかけて来たかと思えば、すぐに毒のない笑顔でにっこり、微笑まれる。
「……あのさ、期待されても ぼくは答えないよー? 困ってるの見てるの面白いし、ああそれから、」
隻眼が一瞬、唇の端に人差し指を添え、虚空を見た。ニカナグには既視感のない仕草だった。
「昨日のぼく、確か暫定さまにこう言ってたよね? 『考えるのは助手の仕事』って」
それだけ吐いて眇目はニヤリと笑い、また興味を無くしたようにふいっと歩きだしてしまう。まあ、きっと答えてくれないのは最初から解っていた。しかし、
「その……、小柄くん、なんか……?」
思わず漏れた声で隣に呼び掛けてしまう。小柄もおさえた声で応えてくれた。さすがに彼も思うところはあるようだ。
「ッス。『なんか』ッスよね?? やっぱり姐さんも思うッスか……?」
『誰が』も、『何がどのように』も抜けているが、話す二人が見つめる先は同じ背中である。
――つまり、眇目の様子がなんだかおかしい。
ただ、やはり背格好も声も服装も、揺れる焦げ茶色の尻尾も、何かが変でもやっぱり意地の悪いところも含め、あの男が性格最悪、暴言暴力至上主義うさぎなのは間違いないはずなのだ。
「……と、とりあえず、マーナちゃんの家族にまずは会ってみようか……。話はそれからで……」
「そうッ、スね……?」
もしかしたら新手の嫌がらせなのかもしれない。それでなければ本当に何か悪いものを食べたのかもしれない。
緑の葉と、赤い果実に囲まれた並木道。
引きつった笑顔を見せ合って、ニカナグと小柄は彼の背を追い、果樹園の中に並ぶ小さな集落を尋ねた。




