162."狗"の言葉② -にせもの-
読了目安→3~5分
ジョセが問いかけても、隻眼の耳長族はそっけなかった。
ゆえに触れあわない距離でしなを作りつつ、手綱を持つ彼を覗きこむ。
「……あなた、つまらないわ。ジョセもハリも、今は人間のこと、観察してるのよ? だから教えてほしいのに」
「うるさい」
「もう悪い魔女捕まって、あんな狭いところに押し込められるのはこりごり。ジョセもハリも、今度こそ王様を見つけなきゃだもの」
「……だからー、意味分かんないし、興味もないって言ってるんだけど」
しまいに返ってきたのは、面倒臭そうなため息ひとつだった。
「……それより、約束は守ってもらうからね? あの〈稀人〉のガキのこと含めて、別に僕はもうそっちが何してくれても知ったこっちゃないけどさ。こっちの邪魔だけはしないでくれる?」
まるで忌むべきものに話しかけるような声で、布の下の隻眼が彼女を睨む。
「僕はさ、もう降りたの。そういう成り行きだったし?
なんなら今もあんたらの足に使われてるの、死ぬほど不本意なんだけど? ニムドゥーラ着いたらさっさとどっか行ってくれない? あんたらには無関係でしょ」
「そんな風に言われても、急にあなたがどこかに行ってしまうから、やざへが気にしていたわよ」
ジョセは唇を尖らせる。その言葉に、引き攣ったような声が「はっ」とせせら笑いを返した。
面白くない。ジョセがこうしてこの『遊び』をしているのは、ぜんぶ彼女の愛しい片割れの思いつきだった。
昨日、雨の降る午後に、急に〈虚棲ミ〉のカタチに産んだ一匹に呼ばれた二人だった。
呼ばれたといっても正確には音ではなく、眷属としての魂の繋がりのような、紐づたいに伝わる信号のようなものだ。
そこに仔がいる以上、移動するのも一瞬しかかからないが、どんなに呼ばれても普段ならほぼ無視してきた。単純に面倒だからだ。
それでも今回に限ってその声に応えたのは、我が仔が戦っている相手の気配が、この片目の奴隷だったからである。
この片目耳長とジョセたちは単なる顔見知りだったが、数日前に姿を消した。彼の世話係に、コレは仲間だから今は食うなと言われていたはずなのに消えた。
それがどうして昨日、ジョセが片割れと作った可愛い仔と殺し合うことになっていたのか、面白くてついつい見物しに来てしまったのだ。
……かごの中で共食いする虫を眺めるのは、いつだって面白い。
ただ、楽しい退屈しのぎを見つけたところまでは良かったが、今は拠点にも孵化した仔がいない。戻りに苦労する事が頭から抜け落ちていたのは失敗だった。
騎獣になるような仔の卵を新しく産むのも、頑張りすぎた今は興が乗らない。
『……ねえ、だけど、大人しく角を隠して、魔力の波長もこのまま只人の振りを続けていれば、アタシたちが妖魔だって、あの〈魔法族の目〉を使う女にもバレないのではないかと思うのよ』
そんななか、そう笑って提案してきたのはジョセの片割れだ。昨日だって〈魔法族の眼〉を持つ女の探知範囲に入り込んでしまった二人だったが、うまく波長を装った結果、気取られた様子はなかった。
それにジョセたちも何もなければ〈眼〉を開きはしない。あの女だって目の前に敵さえ現れなければ、絶対にその〈天賜〉を使いはしないだろう。
つまり直接『中身』を目にして、ジョセたちの魂の色が妖獣と同じだと気付かれなければ、絶対バレはしない。
その気になれば一捻りな者ばかりに囲まれて、それを壊して遊べない今は、少し刺激が足りない。だから面白い『かくれんぼ』だと、ジョセも思ったのだ。
そうして、片目の奴隷はたまたまジョセたちの正体を知っていたから――――、だから片目の前に姿を見せて、大人しくいうことをいてほしい、と、借りた姿で残りの二人を人質に取ることを認めて貰いつつ、丁寧にお願いしたのである。
聞けば彼も都合よく、仔の死骸をニムドゥーラまで運ぶ用事があるのだという。
ニムドゥーラへ戻る。
なら余計に、塒のある旧市街という場所まで帰るのには好都合だった。
人間の基準で言うなら『ついで』という部類に入るはずだから迷惑もかからない。
……なのになぜかとても嫌がられている。
その上で自分が怒られているのも、二人で思い付いた楽しい遊びをこの片目耳長に迷惑がられているのも、ジョセはあまり面白くない。
「やっぱりハリがいないと、ジョセはつまらないわ……。あなたのコト、ご飯じゃないから食べちゃダメってヤザヘは言ってたし……。それにハリってば、知らない人間にも積極的なんだから……」
知らず、前面を走る客車へとジョセの目は向く。そこへまた、耳長族の念押しのようなため息がきこえてきた。
「……これが終わったら二度と関わらないからね。アンタにも、アンタの片割れにも、――あとアンタらが金魚のフンみたいに付いて回ってる、あの魔法族の軍人にも」
「つまらないわ……」
その言葉に、ジョセもため息で返した。
―▪❈●❈◆❈●❈▪―
それから、そんなに時間は経たない。ニカナグが車窓から外を眺める間にも、乗り合い輓獣車は変わらずニムドゥーラを目指していた。
その途中で、車二台と護衛たちの隊列は街道の本筋から川べりの脇道へと逸れ、輓獣たちの為に休息をとり始めた。ちなみに、行きに乗った便とは違う経路だ。
ニカナグたちの他に客車に乗っている人間はそう多くなかったが、獣たちが休むのに合わせて、客たちもめいめいに休憩をしはじめる。その間にニカナグとお供二人は、水辺で〈荒レ地ナラシ〉に水を飲ませている職員のそばへ寄っていった。
「あ、あの……車掌さんちょっと尋ねてもいいですか?」
車掌の女は竜凛族だった。
龍凛族は、どことなく蜥蜴に似た姿の獣人種である。尻尾も太い。身体じゅうはほとんどの箇所を鱗に覆われており、喉元などの白い部分は、光に当たると淡く虹色を帯びる。
彼女に声をかけたのは、ソルスガ本人からも言及のあった、『異状体による竜凛族の赤ん坊、マーナの拉致未遂事件』の調査が、まだ残っているからだった。
「どうしましたかいね? 特使さまが下々の私なんかに、なにかご用ですかいね?」
もじゃもじゃ毛むくじゃらの巨体で、水面に鼻を差す〈荒レ地ナラシ〉の手綱を握りながら、鱗の車掌がこちらを振り返る。
「あの、この辺に、車掌さんと同じ種族の方たちが、一家で果樹園をしてるって聞いたんですが……、場所を知ってたりしません、か?」
「んっ……? ありゃ? ああ!? もしかしなくても、あすこの果樹園のことですかいな――!?」
――……そうしてよくよく話をきいた結果、異常体の妖獣からマーナを救い、拉致事件を未遂で留めた立役者こそが偶然出会ったこの輓獣車の職員たちだったことが判明した。




