160.ニムドゥーラ②/4 -居心地のわるい店-
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「おら、金だ。好きなもん買えよ」
無造作に渡した硬貨は三枚。一枚の額面が千ビニー、大きさは赤子の手のひらで掴めるくらいである。両手で受け取った花登はその赤みがかった赤銀色の硬貨を物珍しげに眺めたあと、
【ありがとう!】
と浮かぶ文字で答えて笑った。そこにフィーがきて、
「ハナトちゃん、なに買うのー?」
と尋ねるも、彼女ははにかんだ笑みで唇に指を当て、身振りで『秘密だ』と示してくる。逆に言えば、買いたいものは思い浮かんでいるようだ。
とりあえず、荷物を置いた宿を出て歩きだす。
この通りには白い漆喰の壁に、灰色や赤灰色の石を基礎に敷き、めいめいに店や宿が立ち並ぶ。レンガ積みの家もある。
人も獣も店も車も、所狭しと犇めきあっていたあの中央広場に比べればかなり大人しいが、ここもそれなりに人が歩いている。
その中ではぐれないよう固まりながら、イチヘイは思い出したように口を開いた。
「……俺は剣が見てえな」
「んえ、剣?」
「嗚呼。やっぱ短刀だけだと心許ない。新しいのが欲しい。ほら、眇目とか言う片目の耳長と戦った時に折られただろ?」
「んん、ボク、見てないけどそうだったねぇ」
『ンニャー!?』
と、その名を出したとたん、縞がどこかそわついた様子でこちらを見上げてくる。そういえばこの猫は、他人の命を玩具にしてくるような、フィーとは全く別の意味でイカれたあの耳長を、優しくてイイ人などと評していた。
よほど崇拝しているらしい。
しかし興味もない話を聞いてやる義理もないのでそのまま猫のことは放置して、彼は二人に話し続ける。
「……まあ、ニムドゥーラには明日 明後日と居るし、今のとこは武器屋見つけたらちょっと見るくらいだ。店があったら付き合ってくれ」
そして数分後、早速その通り沿いに一軒だけ、ひなびた雰囲気の武器屋を見かけた。イチヘイは店に入る。初めはフィーと花登と、彼女に背負われた縞も一緒に付いてきていた。
ただ花登が、入ってすぐに槍や短剣の鞘袋の売り場で立ち止まると、花登と手を繋いでいたフィーも歩みを止めてしまう。彼女が見つめる品は、刃身を納める革袋にビーズや刺繍で装飾が施されている……、つまり、武骨で面白味のない店内で、そこだけが浮いたように華があった。
「綺麗だねぇ」《ぬ!》
武器に興味がないなら他に面白いものもないゆえ自然な帰結だ。イチヘイは動く様子のない二人をカウンター脇に残して、薄暗くて小さな店をぐるっと一周する。
……所感を言うならモノは悪くなかった。だが少し売っている中古のものも含めて存外、値が張る。
″群れ″の連中の襲撃に対するソルスガからの詫び金と、ノナウ婆さんに妖獣の核を売った金。いくらか懐は潤ったが、それでも出せる金額は今は十エラが限度なのだ。
フィーが金を貸してくれるとも言ってはいたが、それはイチヘイとしては本当に退っ引きならない状態に陥った末の、最後の手段にしたかった。
「駄目だった。出るぞ」
それはもちろん、二人へ向けた言葉だ。
……返事は返ってこない。それどころか、振り返るとそっくりそのまま二人の姿は消えていた。
「あ゛!?」
イチヘイは思わず素っ頓狂な声をあげた。目を見開いて店内を見渡すが、もちろん居ない。滞在時間なんて、まだ三分も超しているかわからない。目を離したのもほんの一瞬だ。
「おいおいどこ行った……?!」
昼間のフィーは、振る舞いは幼いものの行動そのものは常に常識の範疇に収まる。たまに縞のあまりの行儀の悪さに怒り出すほどゆえ、そこだけは信頼できた。
だからこそ心配もせず、何より本人が来たいと譲らなかった為、こんな所まで連れて来たのだが......、花登まで同時に居なくなるとなると、嫌な想像が頭を過っていく。
「は……? フィー?! 花登!」
彼は焦って外に飛び出していった。だが行き交うまばらな人波の中にも、二人の姿を見つけることはできない。
改めて名を呼びながら、左右によく目を凝らした時だ。
「ニャーン……!」
イチヘイは隣店の入り口前に、〈刷毛尾猫〉が一匹、ポツリと立っていることに気付いた。
元々森に住む生き物であるため、往来の人間の何人かが、『変わった柄の猫だ』と珍しそうな視線を送って通りすぎて行く様子が目につく。
明らかに縞だ。しかしなぜか白と水色に塗られたその店の壁を見上げ、店の前でそわそわクルクル、所在なげに鳴いている。
「……おい、何してんだミミチャン」
訳もわからないまま硬い声で話しかけた。途端、足下でピクリと髭が震える。
しかし振り返ってイチヘイを見上げた彼は、
『――ミャー!』
明らかに困った様子で尻尾の先だけを揺らし、すぐにその視線を、覗き込んでいた店の奥へと向ける。
本来のダミ声もきっちり隠して、高くて細い〈刷毛尾猫〉そのものの鳴き声で何事か伝えようとしてくる。
『ニャー……』
「……二人ともこの中ってことか」
『ニャー!』
一瞬で理解し、そして彼は地味に顔をしかめた。
外壁の色でイチヘイもなんとなく察していたが、そこは女ものの帽子や髪飾りを専門に扱う頭飾品店であった。
吊るされた看板にも、それ系統の品々が絵としてズラリと彫り込まれている。そのデザインもなんとなく華やかだ。
両開きの店戸が開いているため、中も窺い知れる。
奥には、リボンに絹紗。赤に白にピンクにオレンジ。売られているものの華やかさも目に入った。
『――イチ、ボクねぇ、あっちに着いたら花登ちゃんに髪飾り買ってあげるのよぅ! 髪の毛編んであげるのー!』
昨日、ウサギ肉のシチューを囲みながら、フィーが鼻息も荒くそんなことを言っていた記憶がフッと思い起こされた。
だからか。
しかし、正直イチヘイはここには入りたくない。女子の使う物品のみを扱う店は……、なんと言うか、空気が独特だ。
(――……ぁ゛? もしやこのクズ猫が花登に付いていかなかったのってそう言うことか?)
思わず見下ろすと、金色の瞳と目が合った。
『ニャア……』
それは『察したか……』と言わんばかりの一鳴きである。不愉快だ。こんなことでコイツと通じ合いたくなかった。
「おい」
それに、こんな理由で今の縞が入店を躊躇する理由もイチヘイにはわけが分からない。周囲の視線が気になるので、小声で小言を垂れる。
「お前今……、猫だろ?? 今さら男ぶんな」
それから靴の甲で、その輪銭模様の尻を押し出すように蹴った。
『ミャッ!?』
猫の前足が無理やり数歩、前に出される。縞は不機嫌な目で彼を見上げてきたが、深紅の瞳は意にも介さずそれを睨み返した。視線と表情だけで『行け』『呼んでこい』と命令する。
猫は、やはり不機嫌そうに店の中に踏み込んで行く。
......とそこに、大人の若い女性客が二人やって来た。浮き足だったように微笑みながらイチヘイの脇を過ぎ、店の中に入ろうとする。そうして同じく入店しようとしている足元の縞に気づいて、どこか色めき立ったような声を上げた。
「やだ、ねえ見て姉さん、猫ちゃん!」「きゃー! ホントだー!」
美醜の基準で言うなら美人の部類に入るだろう。縞の耳が一瞬ピクリと動いた。
「こんにちはー猫ちゃん! あなた可愛いわねー」「やーん、ウチも猫飼えたら良いのに!」
二人組は人間が小動物を愛でるときに見せる蕩けた笑顔を島に向けて、キャイキャイとはしゃぎながら縞の両脇をすり抜けて行く。過ぎ去りざまに、足元へ手まで振っていった。
縞はいったんそのまま、何事も無かったかのように店内に踏み込んで行ったが、すぐさま店内からも、やにわに黄色い悲鳴のような歓声が上がり始める。全部女の声だった。
「まあ、ねこちゃんよ!」「どこから迷い来んできたのかしら!」
「見てー! フワフワなのに、凛々しい顔立ちしてて……、好きだわ!」
「アレ〈刷毛尾猫〉じゃない?」「ほんと?! 珍しい! 誰かのペットかしら? かわいい!」
イチヘイは、その後ろ姿をずっと目で追っていた。
……初めは確かに、その尻尾は先端だけがくねくねと不機嫌そうに揺れていたのだ。
しかし縞を見て微笑む二人組が横をすり抜けた一瞬でそのうねりは止み、歓声に囲まれた今や、その歩きはだんだん堂々たるものになり始めた。
「――やーん、ちっちゃいけど歩き姿がイケてないー?!」
そうしてそんな声が響いた直後、その尻尾は確実にピン! と天に向かって立ち上がる。あれは上機嫌の猫がやる仕草だ。
そのまま、猫の身体は入り口から入って最初の突き当たりを折れ、消えた。
イチヘイは呆気に取られ、しかめた顔で小さく呟いてしまう。
「薄々……、気付いてはいたがアイツ……。ホントにまじで単純バカなんだな……?」
まあ御しやすくはあるが、知りたくもない一面を押し付けられた気分だ。
そうして思わず耳の上の髪を触り出した直後だった。縞とは入れ違いに店の扉の脇から、
「んえ! イチだー?!」
相変わらず男物の服に身を包む、彼の相棒がひょっこり顔を覗かせる。
「いや『イチだ』じゃねえぞ、探したんだからな……?!」
良かった。やはりここにいたようだ。
イチヘイは今目にしてしまったものなど一瞬でどうでもよくなり、相棒へ小言を垂れながらそっと胸を撫で下ろしていた。




