147.獣追う三人⑦ -獣の偽装-
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「すごいよ、小柄くん! 本当にお手柄だよ?! 素晴らしいな、尊敬しちゃうぞ!」
頭のゴミを取ってあげるついでに、興奮して思わずわしゃわしゃと柔らかい髪を撫でてしまう。
「そ、そそそ尊敬……、ってお、おわーー?! ね、姐さん?! こ、子供扱いはやめて欲しいッス?! じ、自分ッ――?!」「うんうん、十七歳だよね? でも、偉いものは偉いからね!?」
「おわーーッ??!」
……そうして昨晩のエニがしていたように一通り撫でくり回したあと、ニカナグは改めて、どうして足跡を見つけたのか彼に理由を尋ねてみる。
小柄は、またも両頬を手で挟んで、耳を真っ赤にして俯いていたが、(そして質問したあとも数秒、動作が止まっていたが)やがて動くのを思い出した人形のようにかくかくと顔を上げた。
「と、止め足ッスス……よよよ……?」
「とめあし……。ってなんだい?」
と訊き返したところでさすがにニカナグも気付く。
少し調子に乗って撫で過ぎたかもしれない。申し訳ないことをしたと彼女は耳を斜めにした。
「す、すまない小柄くん、大丈……」
「――おっとー? 大丈夫ですか、有能な助手くん?」
と、そこへ被せるように、小柄の肩へ横からポンと手が置かれる。
「――……あるじにたくさん誉められて、良かったですね?」
「びゃっ?!」
表面的はどこか同情的でさえある笑顔だが、確実に小柄をおちょくりに来ているのだろう。ビビる彼を、玩具をつつき回す猫のような気配が覗き込んだ。
「ほら、あるじが説明をご所望ですよ……」
「……そ、そうッスやるッスすいませんセンパイ!」
ただ、それで小柄も無理やり正気を取り戻したらしく、一瞬で背筋が伸びる。なんだか機械的な返答を返して、彼はニカナグとアネアに顔を向け直してきた。
「し、失礼したッス、姐さん、アネアさん……」
そうして改めて、『止め足』というものについて解説を始めてくれる。小柄はまずはしゃがんで足元の狭い範囲にある落ち葉をかき分けると、黒い腐葉土の面を剥き出させる。
「……っとッスね……、人間で言うとつまり……」
そこに、自分の右手の指を二本立てる彼。
「これを、追っ手がかかってる人だとして、この人がここを、こうして歩くッスよね?」
「うんうん……?」「はい」
指先が足を象って進んだ分、小さい楕円の跡が、土の表面に何歩分か付く。
かとおもうと、一度進んだその指の脚は、今度は彼の解説と共にゆっくり後ろに戻りだした。
「で、ちょっと進んだところでこの足を、こうして……、一歩ずつ、自分のつけた元の足跡に、きれいに戻り足を重ねて後ろに引き返すんス……。
――そしたら、ある程度戻ったところでおもいっきり横飛びするんすよ。できれば着地点が見破られないように、よく繁った茂みの中とかに、こう……」
言って、ぴょん、と跳ねる指人形。そのまま、逃げてきた道とは全く別の方向に去っていく。それで話は締め括られた。
「これで追いかける側には、足跡が急に消えてなくなったように見えるってわけッスね……。これを、〈虚棲ミ〉もやったんすよ」
ニカナグは、その指人形がただの手に戻っても、逃げていった先から目を外せないでいた。余りに意外すぎた。
「獣って、そんなことするん、だね……」「〈虚棲ミ〉って賢いのね……」
二人ぶんの声が上がる。
すると小柄は上目遣いに二人を見つめたまま、やはり少し戸惑う表情で静かに続けてくる。
「……でも、この獣が使う『止め足』って、全部の動物がやるわけじゃないんッス。決まった種類の、追い詰められた獣だけが、追っ手から逃げるときに本能で使う方法なんですよ……」
「うん? なら〈虚棲ミ〉も……」「でも、姐さん……」
小柄は、眉の間に皺を寄せた。
「この異状体って『エモノを仕留めた側』の生き物で、手負いでもないッスし、――……そもそも〈虚棲ミ〉に通常、止め足っていう習性はないハズなんスよ。」
「えっ……? ならどうして……」
「――それは……、自分にも、どうにも、ッス……」
真剣に頭を突き合わす二人とそれを聞くアネアの脇で、明後日の方向を向き出した眇目が、ヘッシュン! とくしゃみをした。
◆
とにかく、いまここで理由を考えても答えは出ない、ということになり、ひとまずは追跡を続けることになる。
森の切れ間からは、長閑に綿雲の浮かぶ青空が目に入るが、それを見上げた小柄が急に、「コレは夕方には一雨来るかもッス……急がないと足跡が……」と焦りだしたことも要因だった。
歩きながら、ニカナグは考える。
ソルスガから貰った情報と、今回集まった情報をまとめると、つまり、今回の異状体は、
『必ず二体一組で現れる』
『通常の妖獣の習性を逸脱し、獲物と見定めた人間だけを執拗に狙い、拐う』
また、果樹園の赤ん坊を襲った妖獣と今回の妖獣は別種なため、向こうがどうかは判らないが、少なくともこちらの異状体の〈虚棲ミ〉は、
『役割を分担して子供を拐う』
『追われているわけでもないのに『止め足』をつかう』
など、通常体の〈虚棲ミ〉にはないという習性も持つようだ。アネアの知り合いである猟師が止め足を見破れなかったのも、仕方なかったのかもしれない。
(……どうしてそんな行動を取るのか判らない、けれど……。なんだか高い知性があるようにも見えて気持ち悪い、んだよね……)
あれから小柄やアネアからもう少し話を聞いたが、〈虚棲ミ〉は元々は、兎サイズのイタチのような妖獣だ。エナタル山脈の周辺と、小柄の故郷があるという隣国のスーラの山林や森の中にしか棲み付いていないらしい。
ただ、本来は円環の河と繋がりをもつ普通の獣にも餌にされるくらい弱くて、寿命も短い。代わりに、その弱さを補うように狂暴で、年中、子を産んで群れる妖獣なので、いつでもエモノを探してまっすぐに襲いかかってくるのだという。
要は、本来は知能が低いようなのだ。
(巨大化すると、知能が上がる、のだろうか……? でも、なんで子供ばかり狙うのだろう……)
顎先に指の甲を当てて考える。
そして真剣な顔をした瞬間、ニカナグは落ち葉に隠れて小さく突き出る、尖った岩の先に足を引っかけて躓く。
「うひゃ――?!」
しかし、転ばなかった。
代わりに絞まった喉からは「グエッ」と変な声が出る。町を出てからずっと、彼女の後ろにぴったり付きつづける眇目に服の襟首を掴まれたのだ。
「……仕事、増やさないでくれない?」
力強く引き戻されながら、耳元に口を寄せてそう囁かれる。ただ直後、前を歩いていたアネアが何事かとこちらを向くと、服越しにもマメの硬さを感じる肉球がサッと肩先に置かれ、
「危なかったですねー! お怪我はありませんか、あるじ……?」
優しい笑顔でニカナグを覗き込んだ。詐欺師の仮面である。
二重の意味でぞわぞわが止まらないニカナグだったが、アネアの手前、
「だ、大丈夫だよ、ありがとう」
何とか答える。
……だが再び全員が前をみて歩きだす一瞬、二人を映したアネアの瞳に、どうみても憧れのようなものが煌めくのをニカナグは目のあたりにする。
どうやらアネアは、この耳長族の猫かぶりに、好印象を抱いているらしい。ついでにニカナグと眇目の、護り護られる表向きの関係性にも。
ニカナグは内心、更に頭を抱えた。
(ホン、トに、いけないぞこれは?!)
一応立場上、ニカナグは眇目の主人……というよりは厳密には『上司』にあたるが、今のところ、この男を制御できている自信は一ミリもなかった。
今も、ニカナグを助けてくれたように、彼はニカナグの身体面には一切傷を負わせない。
その点だけはずっと確実に保証できる。……が、それ以外は今のところやりたい放題だ。
ましてやハナトの――アネアともそう年齢も変わらないような少女の――喉に平気で『声封じ』の呪いをかけたことを認めるような男である。
診察時のハナトの、あの身体の状態を見る限りでも、あの子は群れの連中にひどい暴力も振るわれていた。
ただ、その犯人が眇目だとは限らないし、ニカナグもそうだとは思いたくない。
……が、この二つが事実なのは変わらなかった。
だから、この男の真意がひとかけらも見えない今、このまま放置はできないだろう。
眇目は内心、『お客さま』であるアネアのことを相当に邪魔に思っている。と、ニカナグは感じている。
この男なら、ニカナグの目の届かないところ、アネア本人にすら気付かない形で、何か高度な嫌がらせをし始めてもおかしくない。
(どどどどうする? どうすれば良いんだ……?)
前門の無垢。後門の毒。
絶対に混ざり合わせてはいけない二人を挟んで、ニカナグは真剣に悩み始めた。




