143.獣追う三人③ -性格さいあく暴力うさぎ-
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――『え、ほんとなのかい……??』
聞いた瞬間には、彼の技能がにわかに信じがたく、ニカナグは前のめりに小柄を見つめ返してしまっていた。
『ッス、追いかけたッス! 最初は、″群れ″で一番偉い五分さまに、『逃げた金の玉子を追え』って、命令されて駆り出されたんスけど』
『……金の、玉子?』
答える小柄の眉間に、一瞬皺が寄る。
『ッス。五分さまはあの子のことそう呼んでて、ものすごい御愁、傷? してたんすよ。
〈稀人〉の子だったからッスかね?』
『……うん? それってもしかして『ご執心』……』『ハッ、そうッス!』
間違いに照れ臭そうに鼻を掻きながら、小柄は続けた。
『……そ、それでですね、追いかけてる内に、途中であの子の足跡に、耳長族の女の人……フィーゼィさんの足跡、妙に大きな獣の足跡、人族の男の、イチヘイさんの足跡が順番に交じり出して……』
あの三人の名を、小柄が知った様子で口にし出すのは一瞬不思議だったが、よく考えたら、初対面のソルスガに三人が挨拶していたあの場に、この少年も月輪族の護衛や五分たちと一緒に控えていたのだった。
そうして斯々然々、小柄は彼自身の出来ることや、ハナトの痕跡を追いかけたことについて語ってくれる。
小柄は魔力も〈天賜〉も一切持たないが、ただ故郷の山で重ねた経験と山の仲間たちから教わった知恵だけで、土や、草の上に残る足跡や痕跡を見、その生き物が何か、そこで何をしていたのか、ある程度特定しながら後を追うことが出来るのだという。
魔法の論理に溺れて生きてきたニカナグから見れば、驚嘆に値するような能力だった。
『それで、ずっとハナトさんを追いかけてたんッスけど、足跡を辿ってたら途中ででっかい獣と戦闘したような後に出くわしたんッス。最初は何のイキモノかよく分からなかったんッスけど、終点に、見た感じイチヘイさん達が倒したっぽい〈虚棲ミ〉の死骸も転がってたんで、納得したっす。
だから自分、足跡だけじゃなく見た目も覚えてるッス!』
自信はあるのか、得意げに語る小柄。
実際にもこの少年の案内で、あの日の″群れ″はハナトの居場所を突き止め、イチヘイたちを襲いにきているのだ。能力の使われ方はどうあれ、すでに実績は十分だった。
◆
――――「だからわかるッス! やれるッス!」
ニカナグはその声に意識を引き戻され、自分の前で男を説得しようと必死になっている、褪せた茶色の後ろ頭を見つめた。
正直今でも、小柄が本当に十七歳なのかニカナグは怪しいと思っている。それくらい、彼は外見だけで言うなら行方不明のウルシンとそう変わらない年頃に見えた。
それでも確かに、この小さい少年が居なければそもそも調査なんて始められない程度に、ニカナグにとって彼は有能であった。
そうしてそんな小柄を眺めていた父は、やがてフッと肩から力を抜き、口を開くのだ。
「……領主さまのお心遣いは、大変にありがたいものだ」
「ッス! やるッス!」
「……だが、もういいんだ。帰ってくれないか……」
「ッス! ……えッ?!」「あっ、えっ……?」
予想だにしない拒絶だった。二人して戸惑うその合間に、疲れた声で彼は静かに続ける。
「……もう一度言うぞ。帰ってくれ。倅のことは、家族も知り合いの連中も、総出で探してくれたさ。……だが結局、あの子は見つからんかった。
騒ぎを聞き付けてわざわざ隣町の番所から警吏や兵士たちもきたが、『妖獣が人を拐うなど前代未聞だが、拐って行ったものが妖獣である以上、もう結末なんて解ってるだろう』と、たった三日で捜索も打ち切っていったんだ。
……それが、今さら……」
「あっ、あっ、でも……」
「なあ、オレが気付いたときにはもう、倅はあいつらに咥えられて、藪の奥に引きずり込まれる寸前だったんだぞ? オレにはな、その瞬間の倅の顔と叫びが――」
父は今度こそ悲痛な表情を手で隠し、三人から体を背ける。
「――今はもう、それだけが、ただただ胸に焼き付いて離れないんさ。思い出したってもう、結末は何も変わらねえってのに……。……頼むから……放っておいてくれ……」
追い討ちをかけるように父親の口から漏れる悲しみは、それ以上のニカナグたちからの追求を跳ねのける盾に見えた。ぎりりと、その両手が手にした鋤をかたく握り込んでいる。
妖獣は人の魂を――正確には、その魂が内包する〈円環の河〉の力を喰らい、啜る。喰らわれた者は肉体をこの世界に繋ぎ止められなくなり、消えてしまう。
これが普通の人攫いと思われる事件なら、まだ彼も望みを持っていたかもしれない。でも父は真の犯人を……異状体の妖獣の姿を見てしまったのだ。
こんなタイミングでこんなことを話して、ニカナグの判断は甘かったのかもしれない。
「う、ひぇ、その、す、すいません、そういう意図は全く……」
焦って話しかける。胸が痛い。一歩踏み出して謝る。しかし、
「帰ってくれと、言ってるだろう?!」
とたん父は苛立ちの混じる表情で奥歯を噛み、先端に泥の付いた鋤を、鋭く突きつけてきた。
恐怖に腹の底がスッと寒くなる。失敗した、と思った。
――その、次の瞬間だった。
ガラン! と鋤が落ちる乾いた音が、石畳の道に派手に響く。
「……いっ、痛った?! 何だアンタ!」
「すいませんね。僕、この方の護衛なので」
気付けば風のように、父の後ろに長い耳の立ち姿が滑り込んでいる。何が起きたのかニカナグが理解したときには、鋤は肉球の爪先に蹴り出され、脇の草地に重く転がり、父親は手首を背部に捻りあげられ、眇目に動きを封じていた。
……それも、そうなのだが今の、
(うっ、眇目くんが敬語……?!)
棘はなく丁寧で毅然とした口ぶりだ。
ニカナグは、いったんは絶句する。だが、次に飛び出すねっとりと穏やかな抑揚の言葉には、何がどうなろうと制止をかけざるを得ない。
「……領主さまの特使に、無礼だとは……思わないんですか? それ以上何かするつもりでしたら、その首、僕が飛ばしますよ?」
(あっダメだ暴力に訴えるのは変わらないな?!)
「す、眇目くんいや待って待って?!」
と、そこで、家の戸口が勢いよく開かれる。
「――何なんだ、ダン?! 家の前で何の騒ぎだ!?」
中から出てきたのは、染め付けの褪せた藍の前掛けを締め、二歳程度の女児をひとり背負った老爺だった。一瞬、全員の視線がそちらを向く。ニカナグとも目が合う。
そこへ更に、後ろから様子を見ていたのだろう。畑で作業をしていた子供たち三人も駆けてきて、その中の小さな男の子と中くらいの男の子がそれぞれ、
「お父ちゃんを苛めるな!」
「いじめるなー!」
と叫び出し、事態は混迷を極めだした。
ニカナグは更に慌てて、あわあわと眇目に呼び掛ける。
「わ、私は大丈夫だから! 一旦離れて! ね?! ほら!」
「……ですが、あるじに対して度が過ぎた者には相応の罰を与え――」
「わーやめて?! ワタシはそんなこと思ってない思ってないからね?!」
すると眇目は表向きは慇懃な態度のまま、スっと父親から身を離した。
子供たちがめいめいに駆け寄って父を心配しだすさなか、初対面の人間には絶対わからない、含みのある笑顔がこちらを向く。その目の奥には、路地裏の戦いで目にしてしまったあの攻撃性が、確かに暗く滲んでいた。
「……カナイナさまは……、僕らのご主人さまと同様に、お優しいですね??」
そうしてその一瞬だけ、口端に浮かぶ笑みは歪んだ色を覗かせ、熾火の光のようにニカナグの前にだけチラつくのだ。
(ワ、ワタシの反応みて楽しんでるのか、この人……!)
呆れの中に確かな緊張を含ませ、ニカナグの〈祭祀面〉の耳がピンと立つ。
そのまま性格さいあく暴力うさぎから目を外し、思わず助けを求めるように、隣の小柄と目を合わせてしまった。……ただ、小柄は彼のこの態度に遭遇するのは初めてではないのか、『ですよね……?』とばかりに僅かな苦笑と共に無言で首を傾げてくるのだ。
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ありがとうございましたm(_ _)m




