142.獣追う三人② -期待の助手-
読了目安→4~6分
ゴトゴトと、輓獣車に揺られる。
あまり人の乗らない旅客便は川沿いの田園地帯、湿地と森とを抜けていく。〈綿毛角〉の放された牧草地の間を走り、目的の町ウィミテーラまでは片道で一時間半ほどの道のりだった。
「――ウィミテーラ、ウィミテーラに到着だー!」
町の中心部にある小さな停車場へ、降車客が降り立つ。そのまばらな列の中に、ニカナグたちもいた。
輓獣車は、焦げ茶をした〈荒レ地ナラシ〉の小山のような背中に鞭を打ち、やがて走り去っていく。
(うー、今度はお尻、痛くならないで済んだ……)
今回の客席の乗り心地が良かったことに、ニカナグは一人で胸を撫で下ろしている。客と一緒に地面へ下ろされた自分の肩掛け鞄を拾い上げ、後ろの二人を振り返る。
「じゃあ行こう、か」
「ッス! ……こんなに遠出したの、狗になってから初めてッス……!」
小柄が、意気揚々と背筋を伸ばして返してくれた。奴隷には、移動の自由など基本ない。知っていても、少し切なくなる。
「そうなのかい? えと……じゃあ眇目くんもって、こ、と……」
小柄に向けた笑顔のままチラリと彼を流し見た。だがやはり、鼻を鳴らす気まぐれな片目には嫌な顔をされる。
ニカナグは見なかったことにして小柄に視線を戻した。
「ま、まずはウルシンくんの家族を訪ねないと、だよね……?!」
「ッス! わかったッス! ――……すいませーん! ちょっとお尋ねてしても良いッスかー!」
すると小柄はさっそく降車客の一人を捕まえ、道を聞き出しはじめる。
「ああ、あの製紙工房のとこの……」
この町で、少年が一人 妖獣に拐われて行方が知れないという事件はよっぽどの噂になっているらしい。道を尋ねたその人も「ウルシン」という名前が出たとたん声を低めながら道を教えてくれる。
「あの子は勇敢でね、いじめっ子にも立ち向かうような良い子だったんだよ。あたしゃ少し挨拶する程度だったけど、狭い町だからね……。紙の工房なんてウィミテーラじゃ一つだけだし、みんなあの子のことは知っているよ……」
そんなこんなで、彼はすぐ戻ってきた。
「――ッス! 姐さん、センパイ、ウルシンさんの家族がやってる工房は、町外れの川沿いにあるらしいッス!」
(えっ、あっ……。……迅速……?!)
ニカナグと違ってこの小さい少年は、一切、こういう場面で物怖じはしないようだ。ついでにウルシンがどんな少年だったかまで聞き出して、広場から伸びる道の一本を歩き始める。
張り切った様子でふんふん鼻息を鳴らして、「こっちッスね!」と先導しだした。
「はは、あのクソチビ、暫定サマよりよっぽど使えるよねー? ……おだてるとすーぐ木に登ってチョロいし、笑えるよ」
「……ひゃえっ?!」
感心する一方で、気付けばすぐ横には眇目の顔があり、底意地の悪いコメントをニカナグの耳元に囁いてくる。驚きにビクリと身を震わせると、人を喰ったような笑顔が愉しそうにニカナグの反応を眺めていた。
◆
そのまま先に進んだ。三人は町並みの途切れた丘の端に建つ、平屋の建物の前に辿り着く。
歩いてきた石畳は細い川にかかるその橋を挟んでただの土の道になり、何かの木の苗が等間隔に植えられた、畑のような区画に通じていく。
畑には鋤をにぎり、作業向けの着物を着た人が――大人から子供まで――何人かいるのが見える。地面を掘っては何かを植えているようだ。
その奥は森だった。
「……さっきの町の人、『橋のすぐ手前の大きい家』って、言ってたッスよね、姐さん? 煙突がでっかくて、『時々、紙の材料を煮る煙が見える』って……」
「うん、そう、だね?」
小柄の言う通り、確実にここだ。建屋の奥から白い煙が上り、軒先には木の枝と四角い図形――おそらくは紙――の描かれた看板もぶら下がっている。
中にも人はいる様子だったが、先にニカナグの視線は、奥の畑で作業をしていた一団とかち合ってしまった。一人を除いて全員子供だ。
とたん、その大人が立ち上がって、地面を掘るのに使っていた鋤を手にゆらゆらと近づいてくる。
「あんたら何だ? うちに何か用なのか?」
やがて、どこかおぼつかない足取りで三人の前に立った男は、四十前後ほどだった。目元に隈を張り付け、まるで生気のない疲れた顔をしていたが、それでもニカナグたちを怪しむように、頭から爪先までを順番に眺め回してくる。
きっと狛晶族の顔を被るニカナグの見た目が、一番によろしくないのだろう。それに突然、余所者が訪ねてきたのだ。
この町はニムドゥーラに比べればずいぶん小さい。見慣れない者に多少、奇異の目を向けていてもおかしくなかった。
……さらに加えてニカナグの後ろで、その人族の男と黙って睨み合いだした眇目も、おそらく良くない。
「あっ? すっ、眇目くん?? ちょっと抑えて貰えると……?!」
気づいたニカナグはあわあわと彼に牽制をかけつつ、肩掛けカバンの外ポケットを漁った。すぐに中から一つ、銀色の四角いメダルが引き出される。
――そこには『特使の身分を保証するものだ』としてソルスガから預かった、アフェイーグ家の紋章――黒荊の冠を背景に、四枚の翼を広げた鷹が刻まれていた。
ニカナグとしては通じるかも分からないまま、とにかく紫のリボンにぶら下がるそれを男に見せ、どもりながらも口を開く。
「あの、その……、は、初めまして。
わ、ワタシは、カナイナ・ヒドリーという名前で、えっと、こういう者で、領主さまからのお使いで別に怪しい者ではなく――」
この調査に関してニカナグは、ソルスガからは表向き、『アフェイーグ家の特使』という肩書きを預けられていた。
もちろんソルスガが、取引のためにニカナグに結ばせた守秘義務も有効なままだが、それは魔石に関わる研究と、異状体の妖獣の『正確な出所』についてのみだ。
むしろ調査そのものに関しては、
『きちんと被害に遭った者の話を聞き、調査を進める様子を領民に見せて、我が父上の代わりに彼らを安心させて欲しい』
とも頼まれている。
これはそのための、身分証であるらしかった。
けれどニカナグが全部言い終える前に、その輝きを目にした男は全部察したように反応を変える。明らかに変える。
……しかしそれは、どうしてかあまり歓迎する雰囲気には見えなかった。視線も声も、冷たくて硬い。
「あなた方はウルシンの……うちの倅の行方を調べに来たんですか?」
「はっ、はひ?! そうです!? そ、その……」
「姐さん、姐さん!」
そこで隣の小柄が、意味ありげに彼女を呼び、チラチラと目線を送ってくる。ニカナグは、さっき大広場で教えてもらった彼の役割を思い出す。一つ頷き返し、弓矢を背負う彼の両肩に手を置いた。
「あ、の……。その、息子さんの……ウルシンくんの行方なんですが、彼ならどうにかできるかも知れないんです」
触った途端、小柄も彼女の信頼に答えるように、ふんふんと鼻息荒く背筋を伸ばしはじめる。
「……ッス! 自分、小柄って言うッス! カナイナ姐さん一番の舎弟……じゃなくて助手ッス! 期待の助手ッス! ウルシンさん、自分なら見つけられると思うッス!」
一瞬、男は目を見開き、じっと値踏みするように黙りこんで小柄を見つめる。
「こ、小柄くんは、獣追いの能力に長けてる、らしいんです!」
ニカナグは、後方から矢を射るような気持ちで説明を重ねていく。
「実は、ウルシンくんを襲ったのと同種の大きな〈虚棲ミ〉が、七日前には別の女の子を拐おうとしていまして! 彼はその時も……」
「ッス! 自分、その足跡も当日に追いかけたッス! だから足跡わかるッス――!」
と、この話は二時間ほど前、『なんだっけ?』となどと言い出した残念なニカナグに、小柄が教えてくれたものでもあった。少しその瞬間を思い出してしまう。
◆
――『え、ほんとなのかい……??』
聞いた瞬間には、彼の技能がにわかに信じがたく、ニカナグは前のめりに小柄を見つめ返してしまっていた。




