141.獣追う三人① -小さい椅子-(上)
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「おわー、きれいッスね、コレー……?」
青くいびつで、しかし硬く滑らかなその塊を日に透かし、小柄が天を仰いでいる。
乗るべき次の旅客便が出るまで、まだ一時間以上もあることが分かってから、三人は大広場の端にある屋台の、理不尽に小さな椅子三脚と食卓に身を押し込めていた。
少し離れた向こうでは、老いて白けた毛皮の背を丸め、鉄鍋と火の前で縞尾の店主がぼんやり店番をしている。三つしかない狭いテーブルに、他に客の座る様子はない。
ドツンドツンと石畳を打つのは、〈荒レ地ナラシ〉の蹄の響き。
鳴り騒ぐのは、人々の話し声。呼び声。通りすぎる、檻に積まれた〈青頭巾〉たちのけたたましさ。
客席の、割とすれすれを、巨獣に牽かれる荷車や客車がひっきりなしに通りすぎていく。
車輪と人波の向こうには、この都市名物である常設市場の幌屋根があり、その向こう、広場の中心で日射しに白く輝くのは、蔦と花の幾何学模様の彫刻がされた白亜の古代遺物、〈門〉だった。
ここからでは見えないが、今日もきっと足元には香炉と灯火が焚かれ、住人や訪問者たちの手で大切に守られているに違いなかった。
そうしてあまりに賑やかすぎるこの場所は、ソルスガが守秘義務とした任務の詳細を話すには逆にうってつけであった。
「そう、全部その石のおかげなんだよ小柄くん」
……ただ、その前に、魔法を使ったニカナグの体調を、小柄があまりにも心配するので、今は先にその説明をしていたのである。
「はー、うるさ。もう良いわ。要するにー、暫定サマが〈天賜〉持ちで、あのチビで要らんお節介してくるオバハンの魔力が、そのなんか良くわかんない石に籠ってるってワケ?」
図々しく脂身と香草を炒めた飯の大盛りを人の金で求め、提供された小さい匙でそれを啄みながら眇目が言う。
ニカナグが尊敬するエニに対しても、やはりそんな口振りの眇目である。おおざっぱすぎる纏めも含め、学者としてはちょっとやっぱり許せなかった。衝動的に口を挟んでしまう。
「よ、よくわかんない石じゃなくて、核を浄化、精製して、ワタシの魔力貯留式を刻んだ魔法使い用・汎用魔法石、なんだがっ……! そ、それに、この核の浄化にも、魔女、エニ叔母さんの『浄め手』としての信じられないくらいの高度な技量が……」
しかし黒い眼帯を巻く彼には、
「なに熱くなってんの……」
ドン引きしたような表情と共に一蹴されてしまう。……反論したいが相変わらず刺々しいし、やっぱりちょっとは怖い。
さらに、一通り眺め終わった魔法石をこちらに返す小柄とも目が合ったが、途端、
「あ、おわ、えっと……、自分には難しいッス……」
と、彼にまで苦笑いと共に目を逸らされてしまう。
拳大もある青く半透明な石の重みを手に受けながら、知らず、〈祭祀面〉の黒い尖り耳はしゅんと斜めになった。
陽に透かすと、魔法式と魔法を含んだ金と銀の光が、内側で細い針のように揺らいでは無数にちらちらときらめく。
見た目だけでなく、機能の美しさにも注目してほしいのに。
この汎用魔法石は昨日、会談の場でソルスガから手渡された妖獣の核そのものでもある。
彼女はソルスガから、金銭以外にもいくつかの権利や物品を報酬として与えられている。そうして、とても魅力的だったそれらの内訳のひとつに添えられていたのが、この、核の付与だった。
妖獣の核は、魔法使いにとっては良質な魔石の素材として縁が深い。
これ自体は研究資料と標本を兼ねてトロフィーのように送られたものだが、好きに使って良いと言われたのはとてもありがたかった。
元々使っていた物は、故郷から落ち延びる逃亡劇のなかで壊してしまったからだ。
『小柄くんの知るとおり、ワタシは、魔法使いを名乗るにはかなり魔力が少ないんだ』
と、これは先ほどまで彼女が小柄に向かって話していた言葉である。
『 生まれてすぐ、胞果熱にかかってからしばらくは〈魂の器〉にも成長過程はあるけど、それをすぎるとその魔力量で固定になってしまうんだ、よね……。
ワタシはそれをどうにか、落第ではなくて及第点くらいにまで引き上げたくて、その為に考えたのがコレで――』
その後、本来の説明そっちのけで、思わず、魔石具の魔石と、魔法を使うときの触媒に使う『提げ石』と、この汎用魔法石がどう違うのか。あるいは、この理論を思いつくまでに、どんな紆余曲折があったか。
夢中になって語りだしてしまったニカナグだった。
『それにこの石自体、普通の妖獣の核からできた魔石から考えるとあり得ない量の魔力を貯留できてね?! 満タンになれば、これ一つに瀕死の傷の一つや二つ塞げるくらいの魔力は溜めておける気がする……んだけど、でもそんな魔力を持つ魔法使い自体、そもそも非常に稀で……――!』
……が、眇目はつれなく口をもぐもぐと動かし、話しつづけるニカナグを概ね無視。小柄もやはりこの調子で、そんな語りもほぼ尻すぼみになってしまったところで今に至る。
ただ、ニカナグがソルスガに雇われたのも、結局はこの魔石に魔力を溜める彼女独自の研究を、どこかで嗅ぎつけてきたからには違いなかった。
だが彼の求める品は今のこの状態から、おそらく千倍程度の出力と貯留量を濃縮できるように改良しなければならず、一朝一夕にいくものではない。
ゆえに今は研究のことは一旦脇に起き、自分の天賜である〈魔法族の目〉の方を見込んで頼まれたこの仕事の方に集中するべきだった。
研究についてこれ以上考えてしまうと、楽しくて戻ってこれなくなりそうなので、そばを通り抜けていく車輪の数に意識を向け、何とか注意力を保つ。
止めてくれるあの助手はもういないのだから、いい加減一人立ちせねばならない。
すると、その無にも見える表情をどう受け取ったのか、小柄が空気を読んだ笑顔で話しかけてくる。
「おわ……その、カナイナ姐さん。とりあえず、そのはんよう? なんとか石の中に、トラ夫人が込めてくれた魔力が切れない内は、姐さんは魔法使い放題ってことッスね?!」
「そ、そこまで沢山は入ってない、けどね……? 今、ワタシに視えてる残量も半分くらいだし……。
でも、さっき言った通りこれがあったから、今回はワタシは魔力切れは起こしてないんだ。あんなにへろへろになるまでワタシのために動いてくれたエニ叔母さんには感謝しなければならないな。
……小柄くんも、心配してくれてありがとう。君は優しいな」
「へっ?! や、優しいだなんて、そそそそんな……!」
不意を突かれたように、小柄はまんざらでもなさそうな顔で口許を弛ませる。それからいそいそと、狭いテーブルに置かれて作業の途中になっていた、自分の矢作りの続きに取り掛かりだした。武器屋の店主からオマケに貰って、残り二本となった通常矢の先端だけを落として、器用に裂鏃に付け替えていたのだ。
数も少なく間に合わせだが、これでも十分使えるらしい。その合間に、すっかり冷めてしまった自分の分の飯を口に突っ込んだりしている。
「…………」
その様子を、ひたりと匙を止めた眇目が、路傍の〈荒レ地ナラシ〉の糞でも踏んづけたような顔で睨みつける。調査を円滑にするため、隠して良いとソルスガから許可が出ている『首輪』の徽章を、彼はわざわざ小柄の首もとから引っ張り出した。
「ぐえっ?」
「…………おいクソチビ、そういう馴れ合いやめてくんない? キモいんだわ」
「おわ。す、すいやせん……」
小柄は途端にシュンとする。さすがにその言い方はどうかと思った矢先、長い耳を生やす頭は次にニカナグの方を向いた。
「……で? 暫定サマ? あんたの過去とか趣味とかマジでどうでもいいからさー、そろそろ本題、話してくんない? そっち聞いてるほうがまだマシだわ。どこ行くか教えてよ」
カン! と空になりかけた素焼き皿の余白に、匙の先を打ち付けた眇目は瞳を細める。
まあ、彼女としてもちょっと暴走してしまった感は否めないので、その睨みには素直に申し訳なさを覚えた。
「ひえ、そ、そうだったね……? すまない」
「なんでそんな簡単に謝んの、ホント腹立つ」
(じゃ、じゃあどうしろとー……!)




