135.鎖と轍④ -"荷物は黙ってなよ"-
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「いいもん買えたッス!」
小柄も、ニカナグが買ってあげた弓と矢筒を嬉しそうに背負うと、腰に回したすりきれた物入れのなかへ、いそいそとさっきの立派な財布と、自分の細かな買い物を仕舞い込んでいく。
爆ぜる鏃は、正式名を烈鏃というらしいが、これが五つで一エラもしたのにはニカナグはちょっと驚きだった。その他、さっきの削り刀や、矢を作るのに必要だという小物も入れて、合計四エラと八千ビニー。
「どっかで野営することあったら、自分、〈鼻歩キ〉でも捕ってくるッス! 見た目はアレッスすけど、鼻の肉が締まってて美味しいんで!」
「こっ、小柄くーん……」
そんなことを言いながら屈託なく笑う少年は、いま前を歩く、激烈に性格の悪い三十前後の耳長族を抱えるニカナグにとって、今のところ光明である。
「とりあえず、この後は大鐘楼の中央広場にいかなきゃいけないんだ……」
「んじゃ、近道行きましょ姐さん! センパイも!」
そうやって彼が選んだ道は、あまり人通りのない、飲食店の裏とボロい集合住宅が並ぶようなせまい路地だった。良くわからない箱や、濁った水の溜まる樽、そんなものがときおり道を塞ぐ、雑然とした通りである。
街の喧騒が、急に遠くなった。一人だったら絶対通らない。
「この先、パッと見、塀があって行き止まりなんすけど、なんか古い梯子がかかりっばなしなんで、そこ登っちゃえば行けるんスよ……!」
「へ、へえー!」
ちゃんと説明してくれてから、「センパイ早いッスよー!」と言いながら先に進んでしまう彼を追う小柄。その声が、路地に静かに反響する。そのときだった。
「――おいちっちゃいガキ、ちょっといいか??」
最後尾を歩いていたニカナグに、背後から野太い声がかかる。
「はひ?!」
振り返ると、とても高いところからニカナグを見下ろす、台形顔で目付きの悪い獣人二人と目が合う。
(――で、でっ……か! 月輪族、だ……?)
月輪族。大きな手は細かい手仕事には向かず、傭兵とか人足とか水夫とか大工とか、肉体労働ありきの職種で良く見る力の強い獣人種だった。
ニカナグなどでは普段、道ですれ違う程度の縁しかない種族なため、思わずまじまじと観察してしまう。というか、さっきすれ違いざま、まさにこの内の一人とぶつかったような気もしないでもない。
彼女からみれば眇目だって十分大きいが、にしてもこの月輪族は、あの耳長族の長い立ち耳の先でも、この頭頂に並ぶかどうかというくらいの巨躯である。
耳は丸く、鼻先は緩やかに尖る。見た目は山の王といわれる王配熊に似ていると良く聞くが、なるほど首も腕も太いし筋肉質だった。
そんな、獣人種のなかでもトップクラスに身体の大きい種族の男がいま二人、狭い道を塞ぐようにニカナグの後ろに立っているのだ。
「な、なにかご用、でしょうか……?」
しかし日差し避けにフードを被っていたニカナグが顔を向けると、その二人はなぜか一瞬目を見開いた。
「おい、ガキでもないぞ、乳もある。というか、見たことない種族じゃねーか」「わーちっちぇーな! でもめちゃくちゃ美人じゃねーか」
フュー、と鳴る、下卑た口笛。
(えっ、な、なに……)
面の耳が、思わず斜めに下がる。しかも良く見ると、二人とも三日月刀を下げているし、片方の月輪族は目の下から口許にかけて大きい傷痕がある。格好も半裸だし、とかく見た目もガラは悪い。
「なあ嬢ちゃん、あんた見たとこ、前のチビと片目の連れか?」「名前は何てーんだ? ちょっと、そこの二人は置いといて話を……」
「あっ、えっ、あ……」
屈む大きな体躯は、まるで覆い被さってくるようである。そこから伸びて肩に触れようとする指は、捕まったら二度と離して貰えなさそうなくらいには太い。
「はーい、そこまでー?」
けれど同時にグッと、頭上に乗る手の重みがあった。そのありかを確かめると、黒い眼帯を巻いた長い耳の横顔が自分の右側にある。
しかし頭は触れるというより捕まれている。見上げた途端、こっちを見るなとばかりに視線ごと顔を前へ戻された。
「……おい、邪魔すんな片目野郎」「アンタは関係ねんだよ、俺達、この嬢ちゃんに確認してえことがあんだ!」
「なに? 確認……? 身体の相性とかの話?」
ニヤリと細まる弦月のような片目。相変わらず下卑たその揶揄に、なぜか気圧されたように月輪族二人は押し黙る。
その一瞬へ滑り込ませるように、彼は飄々と笑うのだ。
「……なんか良く分かんないけどさー、この人傷つけられると、困るんだよね、僕がー。一応このひと僕の暫定ご主人サマだし」
「ひゃっへ!?」
ニカナグはグイと、眇目の小脇へ荷物のように抱えられる。そのまま、耳長族の跳躍で二歩三歩。跳ねる度、身体が後ろにふわりと浮く。一気に五メートルくらい間が開いた。
――そうしてそこで彼の声は、急に一段、低くなる。
「……コレに触んな、チンカス野郎」
瞬間、右側に立つ月輪族の肩先を、ピュン、と細く鳴く風を連れて何かが掠めていった。
「――あわー、外したッスー。久しぶりすぎて感覚がまだ戻らないッスゥ……」
そうして呑気に「弓も矢も、他人の作ったのだとクセの調整が……」などと楽しそうな笑顔で二合目を番えだす小柄。
「次こそはど真ん中を~――」
しかし次の刹那、彼の頭頂には、おそらく一切の手加減のない拳が襲いかかっていた。
「――あがッ?!」
同時にニカナグはポイッと地面に下ろされ、腕の主は、隣の小柄に容赦なく人差し指を突き付け出す。
「馬鹿チビ、市民殺す気か?! 後でご主人サマの耳にでも入ってみなよ?! 意識だけ刈り取れる技量もないクセ、出しゃばってくんな! くそマヌケ!」
「あわ!」
すいませんすいません、お赦しを、と路地に響きだす、謝罪の声。
「『やるなら巧くやれ』って、いつも言ってんでしょーが!」
しかし背筋を起こしたニカナグが一人、路地の入り口に顔を向けると、そこでは月輪族二人がゆっくりと背後を振り返っているところだった。
彼らは、すぐ後ろの壁に刺さる矢を見て……、一人が布一枚だけ裂かれた自らの肩口を確認して――……明らかに憤怒の形相で、顔の真ん中にシワを寄せだしたのだ。
「――っ、この゛っ! 誰に喧嘩売ってるか解ってんだろーなぁこの、クソチビ犯罪者がぁーーーー!!」
響く、路地の咆哮。直後、二つの巨体は束になり、すがめが退いた分の距離を詰めにくる。速度はそうでもないが、ドスドスと鳴る足音の迫力がすごい。
「あっ、ちょっ、まっ、待って今はあっちあっち!!」
ニカナグは慌ててそばの二人の仲裁に入る。もう一発小柄にゲンコツをぶちこんだ直後の眇目からは、一瞬、射竦めるような怖い視線が飛んでくる。が、彼女の指差す先には気付いているらしく、盛大に舌打ちされた。
迫る月輪族が、再び彼らを見下ろして荒がる。
「こんのクソチビィ! 好き勝手した上に殺す気か!! 殺んなら殺られる覚悟もあんだろなぁオイ!!」
「おい嬢ちゃん、俺たち優しくするから、良いからちょっと話そうぜ!!」
意外にも、顔に傷のあるヤツの方はまだ冷静だ。でも、やっぱりニカナグをどこかに連れていこうとしている様子なのは変わらない。
「わ、わわわワタシ生憎そそそういうのは間に合ってるんで……」
「だっる。さっさと片付けよー……」
一方の眇目はものすごく不機嫌な表情をしていたが、急に口元をニコリと歪めて、目前の月輪族を見上げた。その声に潜むのは、明らかな嘲笑だ。
「いやー、悪いんだけど話しかけないで貰えないかなー? 僕さ、月輪族ってほんっと気持ち悪くて嫌いなんだわ。図体ばっかりでかくてノロマで、すーぐ頭に血ぃ昇るじゃん? ほーんと、君らって一族郎党、揃って間抜けだよねー! 他の獣人種とは大違い」
「あっ、あっ、それ、種族差別って絶対怒られるやつじゃ……?」
思わず小さく宥めに入るが、よく滑る口には綺麗に無視された。
ついに彼がケラケラ嗤いだすと、冷静だった傷ありも、目つきを一気に吊り上げる。
その瞬間、眇目は鞘ごと花蔦の剣を腰から抜き、
――ダン……!
と彼らの眼前に石畳へ向かっての〈鞘突き〉を見せつけた。
『分かり合う気はない』『これは譲らない』
場合によっては相手を煽り散らかすのにすら使える、お行儀の悪い、その動作言語。
「――ほーら、かかってきなよー、デカブツども……!」
「おっ、おのれー、大人しくしててやりゃぁ……! ぶち殺してやる……!!」「おうよ! 無礼なヤツには教え込んでやらにゃあなあ、舐め腐りやがって!!」
「はは、怒ったー」
刹那、ニカナグはひょいっと彼の肩まで持ち上げられ、またも二つ折りの荷物のように担がれていた。
「ひゃえ! きみ、ワタシが人間ってこと忘れてないかい?!」
「小柄も来てね」「了解ッス!」
「あと武器、禁止ねー、破ったら訓戒」「了解ッス! ……えっ?」
そのまま、彼はどんどん路地の奥へと駆けていく。性格は最悪だが、やはり耳長族である分の身体能力は伊達ではない。一足飛びで二メートルは駆け、
「あわー、待ってくださいッス!? 武器禁止って自分どうしたら……」
叫ぶ小柄と、それから路地の障害物で思うように走れない月輪族たちをみるみる引き離した。
そのまま眇目は、一本道の直角を曲がる。方向を変える瞬間、ついた勢いのまま壁を走りだし、ニカナグは急に内蔵にかった変な重力に、変な叫びが出た。
「ぐえぇ助けてー?! ……え、でも、この先って行き止まりだったよね?!」
そこでニカナグは、二つ折りで肩に引っかかりながらもパッと明るい顔をした。だん、と箱を踏み屋根の軒先を駆けだす眇目に問いかける……正確には、目の下でバランスを取って揺れる彼の尻尾にだが。
「も、もしかしてこのまま壁も越えて振り切る感じかい? 梯子、外してしまえば追ってはこれないだろうし……」
こんな男でも、そんな選択を取るのか。でもそれなら、とっても平和的――。
「――ははっ? 馬鹿でしょ」
けれど、ニカナグの視界の後ろでピクリと震える眇目の耳は、彼女の言葉を嘲笑う。
「アイツら、どうみてもこの辺 根城にしてるチンピラどもだよー? 土地勘はあるし、追っかけて来てる時点でしつこそうだし、それに――」
ねっとりとした笑いだった。ゆらゆら揺れる長いしっぽしか視界に収まらない彼女にも、眇目が今の状況を楽しんでいるのが伝わってくる。
「――こーんな面白いこと、逃がすわけないでしょー?」
「えっ、でもさっき『ダルい』って言ってなかったかい……?」
「……荷物は黙ってなよ。犯すよ?」
「ひっ!」
女と侮って返してくる言葉の毒はすさまじく、彼女は即座に口を閉ざす。何か言い返したかったが、口は最悪でも仕事はしてくれているこの男に対し、舌戦とは縁遠いニカナグが思い付く言葉など、ばーかばーか位しかない。
余計に事態がこじれそうだったため、ニカナグは大人しく荷物のままでいることにした。




