134.-鎖と轍③ -ギリギリ予算外-
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全く乗り気ではなさそうに見えたのに眇目は陳列されている両手剣を片っ端から手に取り、ずっと何かを確かめている。目で追っていると、柄側から刃の筋を覗き込んで刃の形を眺めたり、それから構えて、握ったときの重心か何かを確認しているように思えた。
何か、持ち武器に強いこだわりでもあるのかもしれない。
一方の小柄は「自分は弓矢、弓矢欲しいッス!」と目を輝かせながら店主に話しかけている。
ここの店主は見るからに厳つくて粗野そうだったが、そんな男相手に良くあそこまで話を聞き出せるものだと彼女は感心する。ニカナグでは無理だ。
それから何張かの弓の剛性や素材について、急になにやら専門的な会話を交わし終えたあと、
「これにしても……良いっスか?」
と、彼は控えめに弓と矢筒を携えて戻ってきた。二つ合わせても予算より一エラ位は安い。
もちろん彼女はいいよと快諾する。
しかしもう一人の護衛の剣選びはまだ終わらない。声をかけるのはまだ少し怖いので、ニカナグはおとなしく待つことにする。その間に小柄はまた店を一回りし、
「――姐さん、自分、コレも買いやす! あ、この分のお金はあるッス! カナイナ姐さんにご負担はおかけしませんっ!」
と言いながら、今度は着弾すると衝撃で爆ぜる、特殊な鏃の入った小箱や、ただの鉄鏃の詰まった小瓶、何に使うのか、膠の塊や、赤くて細い糸ひと巻きぶんをカウンター越しの店主に出して貰っている。しかし、見れば細かい道具や鏃だけだ、番えるための矢軸や矢羽根はない。
お金については彼が自腹を切るというなら甘えるとして、何でこんなものを、とニカナグはつい気になってしまう。思わず尋ねた。
「自分、元は山で獣を追いかけてて……」
すると彼は、昨日ニカナグも聞いた自身の経歴を、もう少し詳しく教えてくれる。
小柄は元々、隣国スーラの山で「山人」と呼ばれる一団に生まれ、仲間たちと共に野山を移動して暮らしていた。彼いわく、時期ごとに決まった場所に枝葉や石で小屋を建て、そこを拠点にその季節を生きる。終われば次の地へ去る。そういう一族だったと。
ゆえに、弓の腕だけではなく獣追いの術に自信があるという。
「だから、矢羽根と篦に使う棒くらいは、外でも調達できるんで。出来たやつ買うよりお金使わないじゃないッスか!
昨日も言いましたけど自分、祝福持ちじゃないんで、獣人種とか力の強いのとの近接戦闘は無理なんスけど、こういう弓で、遠くからの狙撃なら得意なんスよ……」
「それ、は」
弓矢を作れる。狙撃が得意。初耳だ。そういって目を細める彼の瞳の奥には、故郷を懐かしむような色が浮かんでいる……気がした。何て声をかけていいのか、ニカナグにはまだ解らない。
しかし見た目に反して存外、
「思ってたより頼もしい、ね……」
すると、その瞳はまたパッと明かりの点るような表情で彼女を見つめた。
「わ?! 誉めてもらえて嬉しいッス! ……まー、おかげで"群れ"の仕事とは相性悪くて、ほとんど女子供の商品の世話か裏方の監視役ばっかりっしたけどね! それで、昨日話したみたいに役たたずって……」
言って彼はシュンとしながらも、すぐにふと微笑んだ。四角い爪が照れ臭そうに頬先を掻く。
「……ご主人サマさまは、妖獣は見つけるだけで良いって言ってましたけど、だからこそ自分は、きっちり狩って、あの核? ってヤツを献上したいんス……。ご主人サマの思うより成果を上げて、姐さんたちのお役に立てたらって」
……なんというか、いじらしい。
また撫で回したくなる衝動を抑えつつ、同時にニカナグは彼らの――そして自らの主人が、あの夕まぐれの部屋で異状体の妖獣について、
『できるなら狩ってきてくれた方が手間が省けて助かるがね』
などと口にしていたのをふと思いだす。小柄の胸には、それが深く食い込んでいるのかもしれない。
(嫌な言い方をするなら、『点数稼ぎ』とか『ゴマすり』とかになるのかも、しれないけど……)
けれど、この狗二人の追い詰められ度は、ニカナグ以上に尋常ではない。ニカナグは良くて手足一本だが、この二人はもし計画が頓挫すれば良くても悪くても死だ。
雑然として眩しい外通りを眺める、鼻先の丸いその横顔。
彼女はこの任務に、ハナトの解呪という自身の目的以上の重たさがあることを改めて確認してしまう。
「小柄、くん……」
あんな啖呵を切っておきながら、それでもなお、いまだにその手足一本の『ケジメ』にすら腹を決めきれない自分が情けなかった。
「それに自分、へへ、眇目センパイのことも嫌いになれないんスよ。あの人、性格クッソひん曲がってますけどウデは確かなんで、いつも仲間が死にそうになってると――、痛った!!」
「――ねえ、この暫定ご主人サマに勝手に僕の情報流すのやめてくれるー? 気色悪いんだわ」
「ス、スミマセン、センパイ……」
気付いたら眇目が、二人の後ろに立っていた。容赦なく小柄の脳天に拳をぶちこんでいる。
「……お赦し、ありがとうございます……」「んー、いいよー?」
(感謝と赦免の順番、逆じゃないのかな……?)
ニカナグは民俗魔法を調べる都合上、魔法ほどではなくとも土着の文化にも興味津々になってしまう。どういう謂われだろうか? 思わず傾げた首を突っ込もうとした。
しかしそれは、面倒そうな顔をした眇目に割り込まれて叶わない。片手で差し出されるのは、一振の剣。
「はい、暫定ご主人サマ。これ買ってー?」
「えっ、あっ、はひっ?!」
軽い気持ちで受け取ったのが良くなかった。ニカナグの膂力では、気構えないと取り落としそうになる程度にはずっしり重たかった。慌てて抱え込む。
「わー非力すぎない? カナイナチャン……」
性格の悪い笑みだ。絶対わざとやったに違いない。
「センパイ、カナイナ姐さんからかうの、やめた方が……」
すかさず小柄が介添えに入り、持つのを引き受けてくれる。良く見ると束の部分に、無骨な金属を彫り込んで蔦と花の意匠が一つ刻まれていた。
しかしニカナグが非力なのは間違いないので、「う、やっぱり耳長族って力持ちなんだな……」と驚きながらも呟くと、また一瞬、真顔に戻った片目の瞳に睨まれてしまう。
誉めただけなんだけども、もしかして分かりにくい照れ隠しか何かなんだろうか。
「――よーしっ、両手剣に中距離弓か。
……どっちも目利きだな、造りもいいし、無銘でも良い武器選ぶ。いいぞ、このさい矢筒も、さらに通常矢も三本、オマケでつけてやる!
ってことで、しめて十四エラと千ビニーだぞ、姉ちゃん!」
「はい、分かりま……うん?」
ただ、そのまま会計へ移ってもらったせいで、彼の持ってきた剣の値段を確認するのを忘れていたのは迂闊だった。
(小柄くんは、きっちり予算内に――というかむしろ少なかったから……)
バッと眇目を見る。途端、横目に流してこっちを眺めていた視線はとてもわざとらしく逸らされた。
「……おい、会計でいいんだよな?」
「はっ、はひ!?」
振り向くと、店主の大きい顔がめちゃくちゃ近くにあった。困って小柄に視線を送る。しかし、彼は彼で店主におまけを貰えたことや自身の買い物に興奮しているのか、彼女の困惑に気付く暇はないようだ。
「自分も! 自分もこれ買うっスよ!?」
妙に造りの良い革財布と品物を同じカウンターに置いてはしゃいでいる。
「これで払って欲しいっス!」「わーかったから、兄ちゃんは次だ!」
そう、店主に宥められる。そしてニカナグに向き直る店主が、
「……あん、なんだ? 買わねえんか? あんたずいぶん気前が良いみてぇだったが、二人の雇い主かなんかなんだろ? なら護衛には良い武器持たせた方がいいぞおー??
それに戦士にあんな真ッッ剣にモノ選ばせといて、今さらダメってのは……、士気に良くねえと思うがなあ?? どこ行くか知らんが、護ってもらうんだろうがよ、お嬢ちゃん?」
何も知らないからか、厳つい顔には似合わぬ商売トークと、厳つい顔ならではの圧で迫ってくる。人族にしても大きい身体と大きい顔で上から覗き込まれた。
「ひぇ……、か、買います……」
「まいど! 武装に金はケチんなよ!」
店の戸をくぐり、喧騒の中に戻る。
折れてしまった。
……いや、良くないとは、ちゃんと思っている。
しかしこれは、この片目の耳長族のずる賢さに負けたというよりは、どちらかというとあの店主の説得に普通に理があると、ニカナグが思ってしまったのだから仕方ない。
(それに結局、ふたり総額の予算は千ビニーしか超えていない、し……)
目をやった先で、先を歩いていた眇目もこちらを振り返ってきた。チラリと小柄を、それからニカナグに視線を寄越してくる。横顔へ僅かに彼女をおちょくるような笑みを刷き、すぐまた前を向く。
(う! 今の、チョロいって、笑ったのか? 馬鹿にされた? それとも)
いや、確かめる術なんてない。
とりあえず、武器については満足そうなので良しとする。
(…………まあ、照れ隠しでありがとうって、言われてるってコトにしとこう……)
ニカナグはそう思って、不安を隠すように目を細めた。




