128.掬いの手④ -"置いておきたくない"-
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「ご主人さまは、自分も含めて"群れ"の狗、全員に怒ってたっス……。だから眇目センパイは、きっとご主人さまに殺されかけたんだと思うッス……」
彼の言葉は、一同に衝撃を与えた。
それと共に語られた群れの内情は、それ以上に――、眇目が花登に残した痕跡、森の家でソルスガが語った事から、ニカナグが推察していた以上にひどいものだった。
見目の良い領民を見つけたら、行動範囲をよく観察する。この辺りなら春と秋、妖獣のいる森によく立ち入る人間が狙い目だ。
その範囲に立ち入ったら、ひとつ残らず身ぐるみを剥ぐ。衣服は、本人から死なない程度に抜いた血と共にその場に並べ、妖獣に殺されたよう偽装し、奴隷に堕とす。旧市街の貧民窟の住人なら、そんな細工すら必要なかったりする。
彼ら・彼女らは正規ルートで仕入れた"商品"ではないから、在庫管理の表にも載らない。もう今は行方不明になってしまって連絡がつかないが、アナイが据えられる前にいた商会の番頭は、そういった商品を横流しするルートを持っていたという。
番頭は、上前をハネつつその報酬のいくらかを"群れ"にも流したし、"群れ"のリーダーである五分は、そういうルートで商品を流すうちに独自の人脈を築いていた。
――――そんな話を"群れ"の大人たちが笑いながら話す断片を、小柄はずっと見ていた。聞いていた。堕とされた者たちが、群れの者たちからひどい目に遭うのも。
しかし小柄は獣人でも祝福持ちでもなかったため、正規の奴隷、非正規の奴隷問わず、拠点や隠れ家に連れ回されてはその世話と見張りだけを任されていたという。近接で役立つ腕っぷしがないので、そういう役割だったのだと。代わりに奴隷が逃げ出した時だけ、その捜索に駆り出される。
「――だから、役立たずって、そのお金は貰ってなくて……。それに自分、センパイたちの言うことは絶対っすけど、隠れ家での仕事だけは嫌だったんスよ。そのこと、警護長さまは半信半疑っしたけど、ご主人さまは一応信じてくれたッス……」
ダカントラもエニも、絶句していた。ある程度は理解しているつもりになっていたニカナグですら驚いているのだから当たり前だ。
しかもそれに追い討ちをかけるように、小柄は震える声で付け足すのだ。
「あ、あとコレ……本当は自分、ソルスガさまに口止めを誓わされてるっス……。おとうさまのコケン?? にかかわる? とかで。よく解んなかったスけど、話したのバレたら殺されるっス……」
コケン。沽券に関わる。体裁とか外聞が悪くなる、のような意味だ。
どちらにせよそれを聞いた途端、ダカントラが豪快に頭を抱え、隣の大叔母の頭にゴツリと顎を寄せた。
「……くっそ、聞かなくてもいい事情に首を突っ込んじまった……、すまんエニ」
「あらあら大丈夫よあなた」
大叔母がそのもじゃもじゃの白髪頭を撫で回しだす。
そしてそれを目にした途端に小柄がハッと目を見開き、青ざめ出した。その声は震えている。気付いたようだ。
「もし、かして、自分、間違えたっすか……?」
刹那、バッと起立し、かと思えば跪き、その場に恭順の礼を取りはじめようとする小柄。
沽券の意味が理解できないなら、聞かされた側がどうなるのかまでは頭が回らなかったのかもしれない。それとも、そんなことも忘れるほど追い詰められていたのか。
「おい、やめろ」しかしそれ以上は、いつの間にかエニから離れたダカントラがに制止されていた。
「でっ、ですが旦那さま、自分は失敗したッス! 『お許し』を……」
「だーっ、今のは失言だがそもそも謝罪が必要になるほどおれたちは怒ってねえ! それに『休め』をやめろとは言ってないだろうが、もっかい言うぞ、『休め』だ、お前がニカナグに付いてる間はな!?」
腕を掴まれ渋々、元の席へ引っ張り戻される。
「……うッス……」
「そうですわ。小柄ちゃん、ほら、大丈夫ですよ。こんなことで怒ったりしませんわ」
言って小柄に歩み寄ったエニは、彼をギュッと抱きしめだす。
魔法族の女性としても小柄なエニと並べて多少大きいくらい、ニカナグとすらそう大差のない体格の彼は、「びゃっ?!」と変な声をあげたあと、
「じっ、自分、子供じゃないッス! 十七歳ッス!?」
「あらあらよしよし、自称十七歳もわたくしには十分子供でしてよ、いいこいいこ」
「おわーー!」
焦って抵抗しているが、傍目にも天真爛漫な彼女に敵う未来は見えてこない。こんな時でもエニは相変わらずだ。
ニカナグだって、頭を抱えていたダカントラとは全く同じ思いだが、目の前にこの夫妻が立つ限りは、全部何とかなるような気もニカナグにはしてしまう。
(というか、え、十七才? 全然見えないな……自称だよね、ちっちゃいし……)
少し平常心を取り戻して、彼女はもう一つ、彼に質問することにした。
「……で、経緯は分かったけど、そうする理由はなんだい?」
すると大叔母の抱きしめ攻撃から離れた小柄は、居住まいを正してニカナグに向き直った。
「じ、自分は今は、カナイナ姐さんの助手としてここにいるッス……。それはご主人さまが自分に目をかけてくれてるからで、まだチャンスはあるッス。でも眇目センパイは……違うッス」
その最後の一言を発する時、彼の声は確実に沈む。あの耳長族のどこに、そこまで慕える要素があるのかやはりニカナグにはわからない。
だが、あの男にだけ解けるハナトへの呪いの件が絡んでくると、小柄と自分で利害が一致していることだけは確実だった。……当の眇目の罪状や人格は、今はいったん脇に置いておくとしても、だ。
そこに、思わぬ横入りがされる。
「……俺は反対だ」
「ダカントラ叔父さん……」
ダカントラは、元の席に戻っていた。いつの間にかエニを膝の上に乗せながら、真剣な顔で小柄とニカナグを凝視していた。
「小柄、は……、まあな十歩譲って歓迎するとしてもだ。眇目っていったか? アレは万歩譲っても駄目だ。
それに、ニカナグちゃんはただでさえソルスガさまと因縁作ってきてんだろうがよ。これ以上、いざこざを増やしてどうする? 見つかる前に放逐すべきだ。悪いが、目が覚めたらアレには出てって貰うぞ」
「あらあらあなた、それでは小柄ちゃんがかわいそうよ」と、もじゃもじゃ顎の下から大叔母が見上げても、大叔父には珍しく「駄目だ」と揺るがない。
「エニ、話を聞く限りはな、ああいう手合いは自分より立場の弱い人間にはどこまでも残忍になれるぞ。判ってるだろ、お前だって。おれは、アレをお前たちと同じ屋根の下に置いておきたくない」
「そん、な……、眇目センパイは、優しくて気高い人ッス……」
「優しい? すまんが、理解できんな」
しかし、やはりそうやって首を横に振られれば、曲がりなりにもこの家の主人の言い分である。小柄は逆らえない。
ニカナグも慌てて考える。確かに小柄の気持ちは分からないが、彼の味方にはつきたい。どう説明すればわかってくれるのだろうか。
切れるカードは一枚くらいしかない。
ニカナグはまだ、眇目に路地裏で脅されたことも、彼が、ニカナグが必死で助けようとしている女の子に呪いをかけた張本人であることも伝えていないのだ。大叔父は、ニカナグがハナトを助けようとしていることは全力で応援してくれている、が、
(……う、ん? これ、このタイミングでこの話を出しても、叔父さんがこの考え方なら、余計に心証を悪くする未来しかないんじゃないだろうか……?)
結局、交渉下手なニカナグには詰んでいる気しかしない。
と、その時だった。
コンコンと扉がノックされた。次の瞬間、開いた戸の隙間から下男が顔を覗かせる。
「旦那さま? お客様なんですが……」
「うん? なんだ、夕飯に呼んだんじゃないのか……」
時刻は午後七時手前だ。確かにいつもなら、そろそろ夕食が出来たと食堂に呼ばれる。
「奥との飯の時間に、客との約束なんて入れないんだがな……」
そうぼやきながら立ち上がり、部屋をでていく大叔父。しかし扉が閉められる正にその間際、
「――で、トーラス、どなたなんだ、そのお客様ってのは」
「……それが、兆嘴商会のアナイ・ハリバ様が――」
……バタン。
「「え?」」
下男と大叔父の残していった会話の残響が、部屋に残された三人それぞれの表情を石のように固めた。




