127.掬いの手③ -"休め"-
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ちなみにエニはニカナグたちの説明が始まってすぐ、息急ききって下男が連れてきた医者を案内し、一階奥の部屋に消えてしまった。眇目の治療に協力を始めたのだ。
残されたニカナグたちもそのタイミングで移動し、今は玄関から一番近い、普段は使っていない客用の寝室に集まっていた。使用人たちも『カナイナ』の正体を知らないため、話を聞かれるわけにはいかない。
「おじ、さん?」
視線の先、ダカントラは壁際の長椅子へ腰かけていた。
ニカナグは一人用の寝台に横たわったまま、説明を聞いた末に頭を抱えて固まる大叔父の、次の挙動を窺う。
彼は不意にバッと顔を上げると、自身の傍らへ佇む少年を見上げた。
小柄は、やはり直立不動の姿勢で立ち続けている。
「……んなら、小柄よ。お前はうちの姪孫の正体を知ってる、……と」
「っス! カナイナ姐さんは綺麗ですけど、中身の姐さんは美人って言うよりかわいいっす!」
「……そんでもって、少なくともソルスガさまとアナイさんも、カナイナ・ヒドリーの正体を知ってる、と」
「そうっス」
そこで、ダカントラの顔がこちらに向く。
「その上で、ニカナグは目の前に甘い汁と刃を両方ぶら下げられて、ソルスガさまに脅されてんだな……?」
「え、えっと、叔父さん……?」
大叔父と話すうち、ニカナグは彼の声が徐々に怒気を孕みだしていることに気付く。ニカナグは慌てて、ほんの少し動けるようになってきた身体を起こした。
「ごめんなさい、叔父さん達が関わってることも全部バレていて、その事でも遠回しに脅されて、ワタシは結局、二人に迷惑をかけてしまいました……」
「い、いや……、おれぁ確かに腸が煮えくり返る程には怒ってはいる。怒っているが、ニカナグにじゃないんだ正確には……」
しかし謝意を示したとたん、岩のようにがっしりした雰囲気をもつダカントラは、まるで言葉の継ぎ目を探すかのように言い淀む。
その時だった。扉の前でエニと医者の話す声がして、それからコンコンと扉がノックされる。医者の帰宅を見送った様子の大叔母が、ドアの隙間から顔を覗かせた。
「カナイナちゃん、調子はどう? ……あちらの残りの世話は、メムニにお任せしてきましたのよ」
女中の一人の名を上げながら入室してきた彼女は、大叔父の手網でもあった。ニカナグはやや安心する。
一方、エニの姿を目にした途端、逆に小柄はどこかソワソワし始めた。息をする自然さで、大叔父のすぐ隣にピッタリ座ったエニは、不思議そうに少年の様子を目に入れた。
「あら、小柄ちゃんは座らないの」
「はい、任務中ッスから!」
「えっ、小柄くんも座ればいいのに……」
そういえば叔父と話している間もずっとその姿勢だった。ニカナグには、小柄のその反応が理解できない。
するとそれを見たダカントラが、また「ああな?」と、なにかに気付いたようなため息をつく。どこか面倒臭そうだった。
「恐ろしいほどよく躾けられてるな……。……おい、小柄少年、『休め』」
「……ッス!?」
とたん小柄は、意表をつかれたようにダカントラを見上げる。
「おれの家にいる間は気を張らんでいい、おれは、この通り顔はイカついがな、うちのもんに危害を加えねえ限りはお前の行儀は気にしねえぞ。
……ほれ、とりあえずそこら辺に好きに座れ、そこの丸椅子でもいいぞ。うちでは自由にしてろ」
「ほわっ……」
すると、腕を後ろで組んで仁王立ちを続けていた彼はそこでやっと腕組みをといた。彼はダカントラに向けた瞳を、今にも拝みだしそうなくらいには恍惚と輝かせている。
「旦那さま優しいッス! じゃあ好きにするっス! ありがとうございやす!!」
呆気にとられて見つめていると、ダカントラが厄介そうに目を細め、一段抑えた声でニカナグに話しかけてくる。
「……ニカナグちゃんよ、こういうのは初めてか?」
「え……?」
「奴隷私兵てえのはなあ、少なからずこういうヤツらだ。……というか、この様子だと商会の"群れ"はそん中でも相当厳しく躾けられてるぞ……。
もしおれが言わんかったら、コイツはこの後もずっと棒立ちだったろうな。こういう奴らはな、こっちの思いやりが通じねえ、分かり合えねえこともよくある。――うちに置くのは構わんが、それなりに気遣ってやれよ?」
「え、え……?」
「ところで、その……トラ夫人……」
しかしその会話をよそに、寝台の足側にあった椅子に座った彼は、またソワソワとエニを見つめだしていた。
控えめに片手を上げる。その眉は、思い詰めたようにハの字に下がっていた。
「質問しても、許して貰えるっスか……?」
「あらあら……、怒らないわよ? 何かしら?」
「……その、せ、センパイは……、カナイナの姐さんと自分が運んできた耳長族の人は、どうなったんスか?!」
問う声も、とても心細そうだった。
あんな男のどこにそこまで懐ける要素があるのか、ニカナグにはさっぱりわからない。しかし、彼はたしかにあの卑屈な片目を心配しており、
「ああ、ちゃんと治療は終えましたよ。大丈夫、なにも問題はないわねえ」
エニがそう答えると、心底安堵したように胸を撫で下ろしていた。大叔母は、自身の左腕をトントンとつついて示しながら続ける。
「刺し傷もそうでしたけれど、腕も折れていたから、お医者さまと協力してついでに継いでおきましたよ。……でも、アレは今日折れたものじゃないわねえ。大変なお仕事をしているのね。
今はまだ気を失っていますけれど……、目が覚めたらなにも問題なく動けますからね。ご安心なさい?」
すると小柄は、放心したように呟いた。
「ここの家の人は、みんな……神様っす……」
「あらあら、うふふ、普通のことなのですけれどねえ……。ところで、ねえ、ダカントラ……」
困って笑いながら、片手を頬に添える彼女。
……しかしふと、その微笑みは剥げる。真顔だった。
そしてその眼差しを急に向けられたダカントラは、まっすぐその表情と見つめ合ったくせに二度見している。それくらいには珍しいものらしかった。
「な、なんだ」
「ちょっと聞いてくださる? アレ、誰かに刺された傷だったのよ? しかも普通の、お料理に使うような刃物じゃないのだわ。こう、刺突面がひし形で、投擲にも使える暗器のような……――」
作った手刀の先で、もう片手の掌を突く身振りをしながら話すエニ。
その言葉を横で聞いている小柄が、なぜか目を丸くしだしている。
ニカナグは起き上がると小柄の側までベッド端を滑り寄って、小声で解説し始めた。
「ああ見えても、エニ叔母さんの魔力って結構強くて、昔はダカントラ叔父さんと一緒にかなり好き放題、暴れてたらしいんだ。攻撃したり、守ったり治したり、とか。
……だからあの傷口の知識も、その時の経験ってヤツだと思う」
「…………」
ただ、それを耳にさせた横顔から、ニカナグの思うような反応は返ってこない。
代わりに少年がギュッと唇を引き結ぶのを、彼女は目にする。
小柄は、この一件を街の警吏に報告するべきか、それとも直接ソルスガに伝えるべきかを話し合っている二人に向かって声を張り上げた。
「……あ、あの! トラ夫人、旦那さま……!」
唐突に呼ばれ、二人がやや不思議そうに振り向く。
「自分なら、いくらでも罰を受けるっス! だ、だから、これをどこかに知らせるのは、やめて欲しいんス……」
意味を解りかね、首をかしげだす夫妻。彼はそこからもパッと目を反らし、その視線を勢いよくニカナグに向ける。
「それから、その。カナイナの姐さんにもお願いがあるっス……!」
「う、え?」
「――――眇目センパイも自分と同じように、姐さんの助手にして貰うこと、できない……っスか……?!」
「ふぇっ?!」
ニカナグは、そんな突飛な願いに一瞬思考を止める。
いや、花登の声封じの解除という点から見れば、その願いを聞いてあげる、という選択肢は悪いものではなかった。
あの男に手元へ残ってもらって、宥めてすかして解呪をお願いする機会をはかる。
しかし、それはまるで解決の糸口と混沌を、同時に喉の奥に突っ込まれたような気持ちにもなる。どう考えても棘の道。
それでも、なんだか弟のように懐いてくれている小柄の頼みごとでもあった。
この少年となら、間に眇目が挟まってもうまくやっていける、気が、しないでもない?
「こ、小柄くん? お、落ち着いて――――」
だからじっとその目を覗き込んだ。柄にもなくカッコつけて、彼を安心させるつもりだった。
「――――な、ななななんでそう思ったのか、ま、ままじゅは趣旨をしゅしをきき聞かせてもらもらもらおうかな、ししゅしゅ趣旨を……」
しかし思いのほかニカナグの恐怖と動揺を映し、その声は輓獣車でガタガタ道を揺られているのではと錯覚するほどに震えている。
「いっ、今なんて言ったっスか……?」
ポカンと半開きの口で返される。
ちょっと背伸びしてカッコいいお姉さんのようにキメたかったが、盛大に空振りしてしまった。
ニカナグは気恥ずかしさを誤魔化すように、唇をへの字に引き結んだ。




