↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/189

124.渦⑨ -血の色、鴇色-

読了目安→5~7分


 どうしようもない。ニカナグは、やはり魔法が好きなのだ。


 あの男がニカナグに求めてきた研究分野は、切り口こそ違えど、正直なところ彼女が指名手配犯に堕ちた理由と、確実に地続きだった。


 エニたちの暮らしを脅かさないこと。ニカナグの正体をばらさないこと。これらを餌に、脅されてもいるはずだ。


 それでも、魔法に寄せる情熱が、ソルスガのあの壮大な夢に反応してしまったことは否めない。彼という男に、明日を拓(ひら)く研究者としての矜持(きょうじ)すら感じてしまい、同じ畑に生きてきた者としてひどく共鳴してしまった。


 金銭以外に受け取れる報酬も、正直とても魅力的に思えている。


 それに最初に任された妖獣調査の仕事だって、さらに詳細を聞けば、


『……大丈夫、見つけても倒せとは言わないぞ。人には適材適所がある。

 ニカナグ女史には、その探知能力で居場所を突き止め、異常体の行動範囲を探って欲しいのだ。この狗も、元より大きな妖獣と近接で戦う仕様ではない。貴女(きじょ)はあくまで調査担当――……まあ、倒して核を回収してきてくれるならば、話は早くて助かるがね。

 とにかくは塒(ねぐら)でも分かれば、あとは私のほうで、貴女の大叔父どのづたいに『レギオン』へ討伐依頼を出すつもりだ』


そう話すのだから、要は研究者としてのフィールドワークに近い。これまで、ニカナグが土着の民族やその土地に伝わる民俗魔法、古い魔石具を求め、助手と各地を回っていた頃とそう変わらないのだ。


 ……だから、一瞬でも『良い』と思ってしまった。後ろの少年共々、人生の岐路をかけて脅されているはずなのに……。


 その、制御もきかない身勝手さは、やはり何一つ変わらない。


 我ながら嫌悪混じりに呆れつつも、ニカナグはチラリと背後を振り返った。


 ……すると思いのほか、じっと彼女を見ている吊目の少年と目が合う。ビクリと震えた。


(ひいっ?! めっちゃこっち見てる?!)


 慌てて前に向き直る。

 

 ニカナグとは、恐らく十近くは歳が離れている。絶妙な歳の差で、どう接して言いかわからない。


 ……ちなみにニカナグは、いまだ〈祭祀面〉を被る機会を逸したままである。

 先ほど名前を呼ばれたのがそんなに不思議だったのか、まだ、どこか興味深そうな表情でニカナグを見ている……気がした。


「あの、」


「はっ、はいっ!?」


 と、そこで急に話しかけられてビビるニカナグに、彼はおずおずと問いかけてくる。だがその瞳は、なぜか興味深そうな色を帯びていた。


「人払いしてる中庭(ここ)も、そろそろ抜けちゃうっスよ……? その、変装するやつ、つけなくて良いんっスか……?」


「えっ、ひぇ、なんで知って……」


「そりゃー、廊下で控えてましたからっ」


 なんだか少し得意そうに返される。

 ……言われてみれば、笛で呼んですぐ来る、というのはそういうことに違いないのだ。ニカナグの家にも奴隷はいたが、そんなもので呼びつけたりはしなかった。あの部屋を出るまでに目にした、彼に対するずいぶんな扱いとの違いには少し複雑な気分にはなる。

 それでも、それならニカナグの正体を分かっていても順当だ。


 しかし〈祭祀面〉を懐から出した途端、彼の目はなぜかいや増して輝いた。


 そのまま指摘された通りに首へ通すと、即座にふわりと変わる目と髪の色、各部から生えてくる、亜人種にはないパーツ。


 「おわー、どんなふうに変身すんのかなって、見たかったんスよ! すごいッスねソレ!?」


とたんに場違いだが、無邪気な歓声が上がった。魔石具を――好きなものを誉められて、悪い気はしない。


(あれ? もしかしてこの少年、すごく良い子じゃないか……??)


そう思ったときだった。


「――ハリバ警護長さま」


突然、誰もいなかった筈の中庭から低い声が耳を打つ。ニカナグが「ひえっ?」と息を呑みながら振り返ると、そこには人族の女が一人と、身体は小さいが筋肉質な体型の縞尾族が一人。――人払いされている筈の夕まぐれの庭に、影のように並んで跪いていた。


 顔を垂れ布で隠しているので、大まかな種族と性別しかわからない。

「お前たち……」

 二人を目に留めたアナイは峻厳な瞳を見開き、それから一瞬、明らかに邪魔者を見る目付きをニカナグに流す。


(あれ、もしかしてワタシって、コレ本来は見ちゃいけない場面……?)


「……どうした、今はお客様を案内している。後にしろ」


「それが……」


縞尾の野太い声が歯切れも悪そうに言い淀み、横の女と顔を見合わせる。承けた彼女がスッと起立し、アナイのそばで耳打ちを始めた。


 夕闇が迫りくるいま、この場所は斜陽も射さず薄暗い。同時に、初夏の風がさわさわとタイル張りの渡り廊下を抜けるが、それでもニカナグの耳には微かに、しかし、はっきり聞こえてしまった。


 同時に、一瞬だけ鼻をついた、鉄錆を思わせるその生臭さ。ニカナグは気付いて息を呑む。


 ――風になびく彼女の、ほつれ一つない紺地の巻きスカートには、赤黒いような……――絶対にただの水濡れではない何かがベッタリと付着していた。


「ご命じ頂いた一匹目の駆除を、仕損じまし――」


 途端だ。アナイの峻厳な顔に陰が落ち、女を制止する。


「待て。それ以上はやはり後でだ」


その睨むような視線はそのままニカナグまで流れてきて、


(い、いっぴきめ?? 駆除……??)


うっかり耳に届いてしまった物騒さに怯える青い瞳を貫いた。こんな状況に置かれて、世渡りには疎いニカナグもさすがに何を言わなければならないかは察してしまう。


「なっ、何もみてないです! 聞いてないです!」


「ふっ、懸命な心がけだ。我が主さまのためにも、そのまま他言無用で頼もう」


その視線は、ついでにニカナグの斜め後ろにいた小柄にも滑る。とたん、彼もまた喉の奥のどこかで声を濁らせながらも胸の前に手を置き、びしりと敬礼を決める。


「も、ちろん右に同じくッス! "狗よ、その従順さを美徳とせり"……っス!」


 小柄のその表情を見て、ニカナグはふと、会談の終わり際に目にしてしまったものを思い出す。


 あの時ソルスガは小柄の前にしゃがみこんで、萎縮する彼に向かい、話しかけていた。


『――以上。

 ……良いな。私が今回お前に命じるのは、このご婦人……ニカナグ女史の仕事を手伝うことだ』


『頑張るッス……』


『……うんうん、良いぞ。

 私とて、お前にこんな扱いをするのは不本意なのだ、これが上手に出来るならお前の処(・)分(・)は撤回だ。前もって話したように新しい立場も与えるし、もう少し待遇も改善しよう。

 それから、何か願いがあるなら、報酬として特別に叶えてやるぞ。それはお前が奴隷とて、嘘偽りなく私が約束する。


 ――……ただし結果として失敗したり、ニカナグ女史から働きが悪いと苦情の報告が上がったら、その瞬間にお前は、』


 そこで彼の主は、明るく朗らかな笑みを浮かべる。右手の親指が小柄の喉元に伸び、ぴっ、と横に掻ききる仕草――しかしその瞬きの一瞬だけ、銀鼠色の目元は笑っていなかった。


『……いいな? ニカナグ女史を通じて、私に忠誠心を見せることだ――』



「――では、お前たちはいつもの場所で待て」


アナイの硬い声が、影のように滑る二人を下がらせるのを目撃しながら、彼女の頭にはもう一つソルスガの言葉がめぐる。



 "――私は、表向きは商会主が主な仕事だが、正式な務めは、父が王から任されている情報収集の任を補佐することでね?"



 あのときは、よくわからないまま彼の実力として受け入れてしまった言葉だ。

 それが今はこの側近を通じて、もっと具体的な形をして、この少年の運命として突きつけられている。


 呑気なニカナグは、今さら気付いた。

 

(――え、あれって、あの『処分』て、解雇とかじゃなくて、もしかして処刑って、意味で……?!)


 この小柄という少年が奴隷身分なのは間違いない。しかし、だからといってまさか殺してしまうとは思わない。彼女の実家にも、使用人に混じって家政を担う奴隷はいたが、貴重な財産でもあるため、もっと大事に扱っていた。


 ……けれど、ならば、その切っ先の届く範囲は、下手をするとニカナグの立ち位置にも被っているのかもしれない。


 考えてしまって、ニカナグは片手で静かに口を覆った。だって聖宣の契約違反は、命をもって贖(あがな)うこともできるからだ。


 本来、商人たちが大切な契約に己の矜持(プライド)を込めて結ぶこの聖宣は、確かに形式上は魔法に則(のっと)って命を懸ける。

 が、通常は本当に殺したりはしない。その前に、大抵の場合は法が裁く。


 けれど、ニカナグの場合は違う……のかもしれない。法で守られるような立場にはいない以上、処し方なんていくらでもある。……と、そんな簡単なことに、彼女は今更ながら気付いた。


 命が惜しいのであれば、ここでの役目を遂げるまで、きっと絶対にソルスガ・アフェイーグからは逃げられないのかもしれない。


 夜が刻々と迫り、空から失われる光が、暗い紫と鮮やかな鴇色(ときいろ)のグラデーションを描いている。やはりニカナグは、世間知らずで、あのときから何も変わらない。


「あ、あはは……」


 目の覚めるような綺麗な夕焼けを瞳に焼き付けながら、毛皮の表面からサッと血の気が失せていくのをニカナグは感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うわぁ……。 諸々成立した後にソルスガの闇の部分が見えてくる展開。 ニカナグとしては「もう逃げられない」と思考が限定されてゆく流れですか……。 (。ŏ﹏ŏ) 奴隷は高価だから、価値を示している間は大…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。