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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
93/131

25 色々あり過ぎた五日間

「……1時間半経った。まだかしら。もしかして何か大変なことが……」


「大丈夫ですよ~アイリス~。サクたちが苦戦することなんてまずありませんから~」


「……そうよね。ああ、でも心配だわ」



 復元魔法によって既に元通りとなった公園で、サクたちが去って行った空を心配そうに見つめながらアイリスはそわそわし続けていた。それをなだめるかのようにカーラが付き添っているが、その心配を完全に拭うことは出来ていないようだった。

 愛する夫の帰りを今か今かと待つ妻の近くには、王国政府専用の仮設テントがいくつも立てられていた。多くの研究員や本気になった小さいおっさんたちが飛び交う中心には、やる気全開になっているカノンの姿があった。

 公園の外は異変に興味を抱いた人々でごった返しになっているが、騎士団が立ち入りを禁じているために入ってくることは出来ない。もう深夜だというのに街の南側は一種お祭りのような状態になっていた。

 そんな人々の上空を騎士団専用のワイバーンが通過していく。その背から飛び降りてきた研究員の1人が鮮やかに公園に着地すると、資料を片手に真っ直ぐにカノンの方へと向かっていった。



「カノンさん、予想通りです。過去に各国から提供された魔力変動地点の資料と今回の件が一致しました」


「資料くれ」


「これです」


「ん」



 いつものノートパソコンにデータを入力しながら資料を受け取ったカノンは一旦手を止め、それに目を通していく。読み進めて行くうちに、その眉間にしわがよりはじめていた。

 近づきがたい雰囲気を撒き散らすカノン。そんな彼女を見てたじろいでいる研究員たちを小さいおっさんたちは鬼の形相で一喝した。



「手を止めるな! 今は少しでも情報を集めなければならないんだぞ!」


「りょ、了解です!」



 小さくても怒気と熱意は凄まじいものだった。研究員たちが再び慌ただしく動き始めた中で、カノンはぶつぶつと独り言をつぶやく。



「一番初めはスモークの方の5年前。次がインスタントでの2年前。となればもう魔族はあの戦いからすぐに活動していた……、魔物を発生させたことから考えてもやはりこいつらが……。だが一体何のために――」


「叔母さん! サクが戻ってきた!」

 

「来たか!」



 アイリスの喜びに満ちた声を聞き、暗かった表情を活力に満ち溢れたものへと一変させたカノンは勢いよく立ち上がった。驚く研究員たちを押しのけ、ゆっくりと上空から降りてくるハクの下へと急ぐ。

 羽ばたきによる風を受けて髪がぐしゃぐしゃになることも気にせず、すぐに話しかけられるようにアイリスたちよりも前に立つ。様々なことが判明して興奮状態にあるカノンは誰にも止めることができなかった。

 降り立ったハクは屈み、その背からサクが白いタイルへと滑り降りる。ハクが美女へと戻ったところですぐさま今回のことに関して質問攻めをしようと詰め寄っていったカノンだが、目の前まで行ったところで何故か固まってしまう。

 カノンのその行動が理解できないアイリスとカーラはゆっくりと彼女の横へと移動する。そして、その目に映った衝撃的な光景を見てカノンと同じようにその場に硬直してしまった。

 小さな男の子が、サクの腕の中にいた。所々にくせ毛が目立つ黒髪。くりっとした大きな瞳はハクと同じ金色。少し色白の肌の男の子は愛らしくも見えるが、どこか神秘的なオーラを放っていた。

 状況が理解できずに固まり続ける3人をサクは想定通りといった感じの苦笑いをすることしかできない。一人だけ違っていたのはハクで、その場で浮くほどに嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

 男の子の目が自らを抱きかかえているサクの左手に向けられ、次にアイリスとカーラの左手に向けられる。それを何度か繰り返した後、男の子は輝かしい満面の笑みを浮かべてアイリスとカーラを指さした。



「ママが2人! こっちもママ! そっちもママ!」


「ま、ママ?」


「あら~、分かるなんてすごいですね~」


「指輪と腕輪。似てる! だからママ!」



 一片の邪念のない笑みでそんなことを言われ、少し恥ずかしそうに頬を染めるアイリスと嬉しそうに微笑むカーラ。一瞬にして緊迫した空気が崩壊し、公園の一角には和やかな雰囲気が形成されいた。

 とりあえず修羅場に近い物が形成されなかったことに安堵のため息をつくサク。疲れ切った様子の冴えない青年の腕の中で、男の子は無邪気に笑い続けていた。

 その笑い声を聞いて我に返ることのできたカノンは夢ではないことを確認するために何度もまばたきをする。それでも目の前の可愛らしい男の子が消えないことを理解すると、迷うことなく問いかけた。



「おいサク。この子、どうしたんだ?」


「……えっとですね、この子は――」


「僕、『コウ』! パパはサク!」


「……マジで?」


「……マジです。俺、パパになりました」







     ※※





「ふっかふかー!」


「こらこら。ベッドには飛び込んじゃだめだよ、コウ」


「うん。分かった。もうしない!」


「分かったならよし。コウは良い子だね~」


「いい子にすればママもパパも嬉しい?」


「うん。だから駄目なことはしちゃだめだよ?」


「分かった! 頑張る!」


「いい返事! 良い子良い子~」


「えへへ~」



 目の前のベッドで繰り広げられる母子の戯れを微笑ましく見守るサク。差し込んだ月明かりに照らされた時計は深夜を伝えてくれていた。

 公園において簡単な身体検査を行った結果コウは普通の人間であることが照明された。生まれ出た経緯を説明したが、あのカノンでさえ信じられないと驚愕していたのが強く印象に残っている。

 やることのなくなった絶対的な悪が、新たな道へと歩み始める。それも、自らの息子として。許されることなのかどうかは自分では判断できないが、割と息子ができたことに喜んでいた。特にできるはずのない子供ができたことで大はしゃぎのハクを見ていると、こちらも嬉しくなってしまう。

 『コウ』という名前は、冴えない自分とは違って輝く光のように明るい存在に成長してほしいことから考えて名付けた。元いた世界では珍しくても、今いる世界であれば特に変わった名前ではないはずだ。

 幸いにもアイリスとカーラは快くコウを受け入れてくれたし、叔母さんを通してバルトやクロノスにも了承が取れた。この屋敷の大切な一員として迎え入れることができた時には、かなりほっとした。

 近いうちに本格的な検査をすることにもなったが、それは当分先の話になる。ベッドでハクと遊ぶコウも、明日一緒にスモークへと旅立つことが決まったからだ。大事な息子を一人残すことなんて絶対にできないというハクの強い要望がかなったのである。



「ほら、パパもおいで。もう寝なくちゃ。明日早いんだからね」


「おいでおいでー!」


「分かった、分かった」



 簡易報告書の記入を終えたサクは笑顔で手招きしてくる母と子の下へと向かう。いつもであれば余裕のあるベッドだが、コウを間に挟んだ状態だと少し狭く感じた。だが、居心地悪い気は全くしない。むしろその逆で、ベッドの上には幸せな雰囲気で満ちていた。

 おしゃべりを止めたところで眠気が来たのか、コウは特大のあくびをした。自らとハクの印象を兼ね備えた小さな存在の行動の1つ1つが愛おしいと思えていることに、サクはここで気づくことができた。

 こうして世界が平穏へと近づいたかもしれないという守護騎士としての喜びよりも、突然ながらも息子ができたことが嬉しい一人の夫としての感情が勝っていた。これから絶対に色々と大変なことがあると分かっていても、コウのためであれば頑張れると思うほどの親ばかな思いが渦巻いている。

 目の前で静かに眠りにつき始めるコウの頭をハクが優しく撫でる。それによって嬉しそうに口元に笑みを浮かべるコウに向け、サクはつぶやいた。

 


「おやすみ、コウ」


「おやす……み、ぱ……、ぱ……」



 途切れ途切れの返答が終わるとコウは小さな寝息を立て始める。その姿をサクとハクは笑顔で見守りながら、疲れを癒すためにゆっくりとまぶたをとじていった。

 必ずいい子に育て、人として生きる楽しさを教えよう。2度と、あらゆる存在の悪になりたいなどと考えさせないように。そう心に決め、サクは深い眠りについていくのだった。






     ※※






『ふん、見ていろ守護騎士。次は必ず……!』



 何処までも何もない平原のようなところが続く異空間で、ウィーンは悔しそうに拳を地面と思われるところへと叩き付けた。その声がどこに届くこともなければ、誰に聞こえることもない。

 ウィーンがいるこの空間は、倒された魔族が再び現世に戻るまでの待機所のようなところだった。これまでに何度も来たことがあり、今回が初めてでない。しかしながら、こんなにも短期に連続してくることは今までなかった。

 圧倒的ともいえる力の差が歯がゆくて仕方のないウィーンはあらゆる方向に苛立ちを乗せた魔力の塊を放出し続ける。それぐらいしか、復活を待つ間のストレス発散方法がないからだ。



『まずは奴の大切な存在を八つ裂きにし、その残骸を周囲に撒き散らす。怒りと後悔で心をいたぶれば強靭なやつであっても――』


(そんなことが許されると思う?)


『はあぁ!! わ、我が君! 何故ここに!?』



 3日後における行動予定を口にしていたウィーンの背後に、真っ白な人間のような存在がどこからともなく現れた。それに対し、すぐさまウィーンは跪いく。

 苛立ちで荒れ狂っていた先ほどまでのウィーンの面影はどこにもない。そこにいるのは、主を畏れ、ひれ伏す従順な下僕だった。



『ここにいらっしゃったということは、目覚めたのですね。この第五将ウィーン。嬉しい限りで――』


(お世辞何てどうでもいい。お前はパパやママに酷いことをしようと考えたのか?)


『ぱ……? よくわかりませんが、あの守護騎士と竜のことですか?』


(そう。どうしようと思ったんだ?)


『無論、我々に敵対する存在には死、あるのみです。我が君に生み出された我ら魔族の使命であり、我が君の――』


(じゃあ消えろ)


『? 我が君、一体何をぉぉぉお!?』



 問いかけの途中で、ウィーンの体が足元から消滅を始めた。この空間で死んだり、消えることは、存在そのものが完全になくなることを意味するので、慌てて当然だった。



『な、何故です!? 我は貴方を思い、貴方に尽くしてきたのに!!』


(もう、必要ないんだ。パパやママたちに危害を加えるなら放ってはおけない)


『ああ、そんな! あ、あんまりすぎる! 勝手すぎる!』


(お前たちは私の勝手で生み出された。私が悪として確立するために。だから、勝手に消すだけだよ)


『……ふ、ふざけるな。だったらお前も消えればいいだろう! お前も人の勝手で生み出されたはずなのに!!』


(確かにそうだ。でも、新しい意義を見つけた。それを享受し、最終的に消えるかどうか判断する。そのためにも――)



 真っ白な人間のような存在、『コウ』と名を与えられた存在は、ゆっくりと顔の辺りまで消滅したウィーンへと近づいていった。 

 怒りで血走り、凄まじい怨念を周囲に放ち続ける。そんなウィーンに対して、コウははっきりと言い放った。



(お前は消えろ)








     ※※







「……ああ、駄目、駄目だ。そんな、そんなこと許されない。あってはいけない……!」



 空虚な目をしながらも、強い思いが込められた言葉を中年男性は吐き出す。抑えきれない怒りを表すかのように、そのばで地団太を踏んでいた。

 既に一部が腐り始めている木製の床板はなんとかそれを受け止めるが、今にも砕けてしまいそうな音を上げている。そこに男性のうなり声が混ざり、気色の悪い音を生み出していた。

 一通り動いて感情が治まってきたところで空を見上げる。許されるべきではない存在を乗せて消えていった竜が消えた方向。グリールがあるところだ。

 異臭を放つ口から大きなため息をついた後、男性は自らの収納方陣からそれなりに重量のある2冊の本を取り出した。その内の1つを開き、懐から抜いた万年筆で書き込んでいく。



「やるしか、やるしかない。したくなか、したくなかったけど、仕方ない。悪いのはあいつ。悪いのはあいつ!!」



 いつもであればでたらめなことを書くが、今回は本当のこと。これまでの間で積み重ねた物を全て開放するときがきた。

 全ては何もかもを奪ったあいつのため。何もかもを台無しにしたあいつのため。存在してはいけないあいつのため。

 怨嗟にまみれた思いを筆に込め、男は書き込みを終えた。その後、もう一冊の本の同じページを開いて待つ。



「……はは、ははは。悪い、悪いのはあいつ。あいつが悪い。俺は悪くない。俺は正義。俺は正義……!」



 気色の悪い笑い声を上げる男の目には、真っ白なページに新たな文字が付け加えられていくのが映っていた。全てがきちんと浮かび上がったところでそれを閉じ、子本とも呼べるそれを収納方陣へとしまう。

 男は残した原本である本を天に掲げて笑い続ける。それは、世界中に信者を持つ『破滅教』の聖書だった。

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